第18話わいせつ古代都市の宇宙

「……でっかいまーら、かなまらー!」


少し遠くから祭り囃子が聞こえる。


私は公園のベンチで、一人の老人と話していた。いや、老人というにはまだ若々しい。矍鑠、という言葉がふさわしいのであろうか、白髪をたたえたその男の眼光は鋭い。


「マラは……カネでなくてはならんのだよ」。


男はそう言った。


 


私は、わいせつ石膏の村の人間だ。わいせつ石膏を代々作り続けていた村の人間である。そのような村は、日本各地の僻地に、そしてときには街のど真ん中に存在している。代々受け継いできたわいせつ石膏……女陰の石膏を作りつづける。そう宿命づけられた村、なのである。


しかし、私は村から出た。祖父の、父の跡を継ぎ、型職人になる道を選びたくはなかった。広い世界に出て、見聞を広めたい、そう思った。だれも引き止めるものはいなかった。去る者は追わず、それがわいせつ石膏の村の、昔からの気風だった。


そして、私はジャーナリストの端くれのようなものになった。なった挙げ句、また私が引き寄せられたのは、皮肉にもわいせつ石膏の村のことであった。


「なぜ、わいせつ石膏の村は女陰の石膏を作りつづけ、男のそれをつくらないのか?」


ある日とつぜん、湧いて出た疑問であった。私は本業の、そして出身の村のコネを使い、そのことを探求し始めた。だれに求められるでもなく、また発表するあても意志もない。ただ、自分のなかに澎湃として湧き出た衝動によって。


そして、一人の人物にたどり着いた。それが、その男であった。国立創造主大学文学部表象文化科教授、鉄坊真芯(てつのぼう・ましん)教授、その人であった。


表向きには、現代の表現の自由について、という題目でインタビューの約束を取り付けた。もちろん、本当の目的は違う。本棚に囲まれた教授の研究室に入るなり、私は言った。


「先生、私は〈めのもの〉の一族の出です。そして、あなたは〈おのもの〉の人ではありませんか?」


教授は私の目を見据えた。そして、指である形を示した。文献でしか見たことはなかった。しかし、それは紛れもなく〈おのもの〉の一族の印であった。


私は即座に、我が一族に伝わる印を指で示した。鋭い眼光はそのままに、教授はわずかに口元を緩めたようだった。


「……回りくどい説明はいらん。わしに何を聞きたいのかね?」。


「わたしたち〈めのもの〉の一族は、世間に知られることがなくとも、その命脈をひそやかに、しかし確かに保ち続けています。しかし、対になるべき〈おのもの〉の一族は村をなすこともなく、ほとんど滅んだように思えます。なぜ、そうなったのでしょうか……?」。


「ふん、君はパスポートを持っているかね? 外国に行く暇はあるかね?」。


教授はすぐにそう返した。一も二もなく、私は首肯した。


 


教授に連れられて来たのは、イタリアの古代都市遺跡ポンペイであった。


「あそこにも、ここにもある」。


教授が指し示したのは男性自身をかたどった「息子スティック」の像であった。たしかにそれは、この遺跡都市の各所に見られる。とはいえ、私とてわいせつ石膏の村の出である。めずらしいものとも思えない。


「これが、ルーツなのですか?」。


教授は言った。


「なぜ、ポンペイは滅んだと思うかね?」。


唐突な質問に、私は戸惑った。


「まさか、このシンボルが不謹慎で、神の怒りを買ったとでも?」。


教授は「ふん」と鼻を鳴らすとこう言った。


「半分は正解だ。しかし、古代の神が現代の良識的市民のような倫理観を持つと考えるべきではないな。怒りを買ったのは正解だ。ただ、その理由は違う。不十分だから、怒りを買ったのだよ。それにより、我々の一族は歴史の陰の陰に隠れることになったのだ」。


 


それから数カ月後、私はまた教授とともに異国の地にあった。トルコ、アナトリア地方である。


「我々の一族はほとんど滅んだ。しかし、君らの一族と同じように、命脈が絶えたわけではない。そして、ある程度の力を有している。だから君にこれを見せよう」。


発掘の現場の日陰で、教授が私に見せたのは、鉄でできた棒、まさに男のそれをかたどった棒であった。


「我々の棒、鉄の棒はヒッタイトのそれより古い。それよりも古く、隕石鉄でもなく、それをつくった。それが我々の本来の棒なのだ。それを軟弱なものに堕したのだから、ポンペイの民は神の怒りを買ったのだ」。


そう吐き捨てると、教授はオマーンから出稼ぎで来た女たちから買った、特産品の豆をかじった。


「ヒッタイトは人工鉄の起源ではない。まあ、いずれ一般人どもにも知れ渡ることだろうがな」。


「〈おのもの〉の一族は、鉄とともにあったのですか? ヒッタイトより昔より……」。


私の問いを遮って教授は言った。


「そうだ、昔だ。大昔だ。聞け、わいせつ石膏の民よ、我々は人類の歴史よりも深いところから来た。それだけを覚えておけ。調べられるなら調べるがいい。もっとも、わしがいま示唆できるのはここまでだ。もっと遠いところまで行く。見上げ、思いをはせるがいい、わいせつ石膏の民よ」。


そう言うと、にやりと笑って背を向けて、白髪の男は砂漠の中に消えていった。


 


日本に帰ってしばらくして、私は次のような記事を新聞で見かけた。人類が初めて観測した恒星間天体の話題である。太陽系に訪れた、オウムアムアと名付けられたその小天体は、棒のような形状であった。そして、二度とは太陽系に戻っては来ないという。教授の消息も、あの日以来不明のままである。

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