第6話スク水漁の村

スク水漁の村

 ぼくはスク水漁の村に生まれた。村の男たちのほとんどはスク水漁師で、女たちはその加工をして暮らしていた。毎年、ノウゼンカズラの花が咲き始める季節になると、男たちは早朝から喜び勇んで船を出し、たくさんのスク水をとって帰ってきた。夕方、女たちは自分の亭主や父親の船を見つけると、急いで駆けつけてスク水を加工小屋に持ちはこんだ。スク水は天然の生ものがいいという人もいるけれども、村人たちはあまり生を好まなかった。新鮮なスク水を伝統的なやり方で仕上げてこそだという誇りがあった。ぼくが生まれ、育ったのはそんな村だった。


スク水漁の歴史

 この村で何時頃からスク水漁が行われているか、正しく知っているものは一人もいなかった。ただ、親のその親の、そのまた親の……ずっと昔からこの村はスク水とともにあったのだと、だれもが信じていた。豊かな海と、太陽の光をあびてキラキラとかがやくスク水が、すなわちこの村そのものだった。小さな幸せも不幸せも巻き込みながら、ただ人々は生まれ、スク水をとり、加工し、老いて、死んでいった。

 それでも古老が語るには、この村はかつて天領で、とてもえらい人に毎年最高のスク水を献上していたという話だ。そのスク水をとった男は、翌年の初漁の日の一番船を出す権利が与えられたという。そんな風習も、話に聞くだけの、過去の話になってしまったけれど。


スク水漁の隆盛

 こんな小さな村だけれど、一時はとても有名になったことがあるらしい。都会のえらい博士が、スク水についての著書を出して、たいへんな評判になったことがあったのだ。古くは柳田国男が視察に来たという話はあるけれど、最近ではめずらしいことだった。それを読んだ若い学生さんなどが、大挙として村を訪れたこともあったという。ただ、村人はといえば、泊まるところもないのにたくさんの旅人が来てたいへん困ったそうだ。結局、使っていない加工小屋などにござを敷いて寝てもらったという話で、村人たちは恐縮したけれど、旅人たちはかえって満足したというから変な話だ。ぼくが生まれるか生まれないかのころの話だったという。やがて村を訪れる人はあまりいなくなってしまった。


スク水漁と女たち

 スク水漁に出るのは決まって男たちで、加工をするのは決まって女たちだった。ただ、加工にとってみんなが想像するであろう一番大切な部分については、山をいくつか越えてやってくる「おまん」と呼ばれる女たちの仕事だった。夏になると若い「おまん」さんたちが村を訪れ、ただでさえ活気づく村がいっそう華やかになったものだった。若いスク水漁師と「おまん」の姉さんがいい仲になることも少なくなかったし、そのまま夫婦になって村にいつくことも珍しくはなかった。ぼくはといえば、「おまん」のお姉さんがおみやげに持ってくる、故郷の特産物だという小豆をいつも楽しみにしていたのだった。


スク水漁の今、未来

 正直にいうと、今はスク水漁にとって厳しい時代だ。世の中のみなが豊かになり、わりと高級だったスク水を気軽に買い求めるようになった。その結果、大規模な漁団がたくさんのスク水を見境なくとるようになってしまった。スク水の村の漁師たちは、小さすぎるスク水が網にかかってしまうと、「もすこし大きぃなって帰ってきなんせ」といって放すのが流儀だったけれど、そんなものはお構いなしだ。おまけに、小さいスク水を好む人たちもいて、かえって市場で値がつくなんていう話まである。ようするに、スク水はとられすぎてしまった。

 そして、しわ寄せはこんな小さな村にまで来た。季節になってもろくにスク水はとれないし、生業にならないとわかると、若者たちはもっと稼げる仕事を求めて村を出て行ってしまった。中には「おまん」の女と村を出て、なにかのせっこう職人になったものもいるという。残った村人も、スク水の加工技術をなにかべつのものに活かせないかいろいろと試してみたけれど、どれもうまくいきはしなかった。同じようなことを別の形に活かそうなんていうのは、結局あまり求めていないのだし、むだなことなのだ。それでも、かつてこんな村があったと、ぼくはこうして語らずにはいられなかったのだ。

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