第3話わいせつ魚拓の村

 あまり人に話したことはないけれど、ぼくは小さな島の生まれだ。高校に上がるまで、そこで暮らしてきた。今日は少し、思い出話をしてみようと思う。

 正直いって、柄のいい島ではなかった。街の半分が釣り人用の民宿で、あとは売春宿を中心とした小さな歓楽街で占められていた。ぼくが育ったのは、歓楽街の中でもさらに小さな界隈、わいせつ魚拓屋の界隈に生まれ、育った。

 あなたは、わいせつ魚拓というものを知っているだろうか。まったく文字通りのもので、女性の秘所に墨を塗りつけ、半紙に写しとるのだ。あるいは最近のわいせつ物の企画などで見ることがあるかもしれない。けれど、ぼくの島のわいせつ魚拓には歴史があった。少なくとも村の古老たちはそう言う。島が今のような形になるずっと前、ふざけた釣り人たちが女を買ってふざけて魚拓をとるずっと前からあったのだと。

 その証拠か、村の作った観光案内にも載っていないけれど、わいせつ魚拓の神事というものがあった。はっきり言って、それが村人たちにとっての一番の行事だった。わいせつ魚拓職人たちが、その祭りのために刷った一番自慢のわいせつ魚拓を主さまに差し出す。主さまは村の古老でも一番の見識を持った人間が代々受け継ぐ、ちょっと尊敬される存在だった。

 そして、ずらりとならんだわいせつ魚拓の前を、釣り竿を持った主さまが行ったり来たりする。わいせつ魚拓職人たちは「やあこい! さあこい!」、「わぁがこんしょ!」と威勢のいい声を出す。いくぶんもったいぶった末に、一枚のわいせつ魚拓が選ばれる。それがその年の一番魚拓だ。

 その後、せっかく選ばれた魚拓は焼かれることになる。しかも、海の上、一艘の小舟とともにだ。小舟に建てられた棒のてっぺんに一番のわいせつ魚拓が掲げられる。小舟には島の女たちが摘んできた花々や、ぼくたち子供が集めたきれいな貝殻で飾られる。おまんという流れ者の女たちが、故郷の特産物だという小豆を供えたりもする。

 やがて夕刻、日の沈む方向に、火の放たれたわいせつ魚拓の小舟が出航する。潮の流れで自然と沖に向かって進んでいく。それを見ながら、男たちも女たちも「ホトホト、ホダラク、ホーイホイ」と唱える。皆で唱える。唱え続ける。小舟も夕日も西の海も真っ赤に染まる。詠唱は小舟がすっかり沈んでしまうまで続く。

 ぼくはときどき、あの不思議な詠唱を思い出す。今では売春宿も姿を消し、島はわずかな釣り人相手にほそぼそと生計を立てているという。わいせつ魚拓職人もたぶん跡継ぎがおらず居なくなってしまったに違いない。実を言えば、ぼくもわいせつ魚拓職人の息子だった。男だったら一度は一番魚拓に選ばれたかったと、そんなことを思わないでもない。

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