わいせつ石こうの村
黄金頭
第1話わいせつ石こうの村
わいせつ石こうの村
ぼくの産まれ育った村は、わいせつ石こうの村だった。ぼくの父さんも、おじいさんもわいせつ石こう職人だったし、村中でわいせつ石こうに関わらない人なんていないくらいだった。型どり師から行商人、いろいろな人がいたけれども、それぞれにわいせつ石こうの村の人間だという自負を持って生きていた。とうぜん、ぼくも将来は立派な石こう職人になるものだと思っていた。
わいせつ石こうの歴史
この村がいつごろできたのかははっきりしない。あるものは、豊臣秀吉が朝鮮に出兵した際に連れ帰ってきた職人が作ったといい、あるものは、仏教伝来のさいに渡来した仏像師たちの中から、わいせつ石こう造りに目ざめた一派が作ったという。日本に漂着したポルトガル人の末裔だと信じる一家もいたし、また、スウィフトの『ガリバー旅行記』の中に記述があるだとか、マルコ・ポーロが言及しているとか、いろいろなことを言う人がいた。父さんはイザベラ・バードの旅行記に記述があるとよく言っていた。ぼくは、どの本も読んでいないので、はっきりしたことは知らない。ただ、村人は村の歴史に、なにかしら長く、伝統のあるものであるということを求めていたのはたしかだと思う。
わいせつ石こうの隆盛
この村の最盛期は、今の村の古老が子どもだったころの古老が子どもだったころだったらしい。山ひとつ向こうに大きな炭鉱ができて、それなりの街ができたときのことだった。炭鉱の男たちはすすんでわいせつ石こうを買い求めたし、値段もうなぎ登りだった。なかには、炭鉱の街に店を開いて成功したものもいたという。
そんな中で、あらたに得た資金から新しいわいせつ石こうを作り始める職人たちも出てきた。ウツギだとかハシドイだとかの花模様をあしらった「花政」だとか、成金の注文で金粉を練り込んだ「キラ繁」だとか。なかでも一番の職人といえば、あえて隠れて見えない豆の部分にルビーをあしらった「ルビイ小吉」で、その逸品は炭鉱主が直々に買い求めたと、いまでも語りぐさになっている。
いよいよ石こうから別の素材に進むような者も出てきたが、そういったものはやがて村に留まっていては新しい技術を学べぬと、次々と出ていってしまった。中には海外に遊学したものもいるという。また、いま存在する大きなオナホール企業の創始者が村の出であるとかたくなに信じられたりしている。本当かどうかはよくしらない。
わいせつ石こうと女
わいせつ石こうに詳しくない人には意外なことに思われるかもしれないが、型を提供してくれる女性は、村の女ではない。どういういきさつか知らないけれども、そういうことになっている。そのため、毎年梅雨のころになると、「おまん」と呼ばれるお姉さんたちが集団で村を訪れて、型を取られて小銭を稼いで行くのだった。「おまん」の女性たちは、ぼくたち子どもの姿を見つけると遊び相手になってくれたり、地元の名産だという小豆をくれたりしたのだった。
型どり職人の中には、いつも決まり切った女性から型を取るのではマンネリだということで、全国行脚するような人もいた。ただ、わいせつ石こうの文化というのもそもそも日陰のものだし、よく知られていない地方などもあって、不審者と思われて巡査につきまとわれたりと、なかなかたいへんなようだった。
最近では「おまん」たちもいなくなり、型どり職人たちもいろいろと苦労しているようだ。それでも、村の女から型を取らないという掟だけはかたくなに守られている。そうなった由来のようなものが伝えられてもよさそうなものだと思うけれど、あいにくぼくは聞いたことがない。
わいせつ石こうの今、未来
正直いうと、わいせつ石こうの村はもう廃れ気味になってしまった。廃れてしまった、といった方がいいかもしれない。原因はいろいろだ。一つにはやはり都会に若者が出て行ってしまう後継者不足の問題もあるし、わいせつ文化の多様化で、世の男たちがもっとべつのわいせつを求めるようになってしまったこともあるかもしれない。わいせつ石こうの村としても、スマートフォンに対応したわいせつ石こうを開発してみたり、アニメの素材や舞台に採用してもらえないかと働きかけたりしてみたけれど、なかなかうまくいかないようだ。そんななかで、わいせつ石こうへの風当たりも強くなってきたし、ぼくとしては残念だけれども、わいせつ石こうも終わりのときを迎えているんじゃないかと思っている。いずれはわいせつ石こうについて語る人もいなくなってしまうだろうし、本当にマルコ・ポーロやイザベラ・バードが書き残したとも思えない。歴史の表舞台にも立たず、裏舞台からも消えてしまう幻のような村のことを、せめてぼくがいくらか書き残しておこうと、そう思ったのだ。
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