タルト・タタンの天秤
吉永動機
1 通りすがりのキャットファイト
ある寒い冬の日だった。
僕はコンビニでおでんを買って帰ろうとしている途中だった。
「うう、さぶいさぶい……」
と、そう言っていないことは凍えて口が固まってしまいそうな気温の中——僕は白い息を吐きながら家路を急いだ。
早くしないとおでんが冷めてしまう。冷めたおでんというものは、世界一悲惨な食べ物じゃないか。
冷めたピザと良い勝負だが、個人的にはおでんに軍配を上げたい。なぜなら、僕はおでんが好きだから。
家まではあと数分だ。今歩いている大通りを少し歩き、左手の細い路地に入って、十字路を右に曲がった突き当たりが、僕が暮らす
これまでも、おでんを冷やさずに家に帰るというミッションは幾度となく経験してきた。しかし、過去それに失敗したことは一度もない。
って、そりゃ帰るだけだし。当然か。
これを失敗する方がどうかしている。
「ふふんふふ〜ん♪」
気分よく鼻歌などを口遊みながら、大通りから細い路地に入る。
すると目の前に、二人の女の子が現れた。
——いや、現れたと言っても、別に僕目がけてやってきたというわけじゃない。
中学生くらいに見えるその二人の女子は、その細い路地で互いに向かい合って取っ組み合いのケンカをしていたのだった。
「守るったら守るの! このっわからずやっ!」
「いーや、あたいがぶち壊すね、なにもかも」
「ううう、ふええ! ばかばかばかー!」
「泣いたって守れやしないよ」
「死ねーーー! この小悪魔タタンめぇえぇぇえ!」
「へえ? タルトは正義の味方でしょ? 死ねとか言っていいんだあ」
「ふっぐううううううう……」
「きゃっはははは!」
互いに髪を引っぱり合いながら、身体をガツガツとぶつけあっている。
パッと見たところ力は拮抗しているが、口喧嘩を聞けばどちらが優勢かは歴然としていた。
誰がどう見ても、タタンと呼ばれていた切れ長の目が印象的な緑色の髪の女の子に分があった。
一方、白髪でおっとりした雰囲気の女の子——タルトと呼ばれていた子は、口喧嘩にめっぽう弱そうだった。
というか、これって——いわゆるキャットファイトというやつだろうか。
不意に出くわしてしまったが、明らかに関わらない方が良さそうだ。
僕にはおでんを冷やさずに持ち帰るという重要なミッションがあるし、キャットファイトに関わって僕が得することなんか絶対に皆無だ。
僕は瞬時に計算する。このキャットファイトを避けつつ、おでんを冷やさずに最速で帰宅する方法。
「…………」
——仕方ない。少し遠回りになるが別ルートで帰ろう。
となると、まず初めに僕がすべきことは、Uターンだ。
そうと決めたら速やかに。僕は踵を返し、ミッションの遂行に向けて歩き始めた。
「あの、お兄さん」
「!」
その瞬間、背後から声が掛かった。
思わず急ブレーキのように立ち止まる。
「…………」
何だ? 僕に何の用だ……? キャットファイトを見てしまったから口止めでもされるのか? しかし女の子にすごまれても怖くないぞ……。
声から察するに、僕に話し掛けてきたのは、さっきの女子二人組の悪そうな方——タタンだ。どことなく名前も『サタン』に似ているし、悪魔っぽい。
「な、何かな? 僕は先を急い——」
僕は振り向かず訊ねた。
すると、刺々しい声音でタタンが言う——
「お兄さんもそう思うでしょ? こんな地球、一回滅ぼしていいよね?」
「はい!?」
思わず振り返ってしまった。
この瞬間——おでんミッション失敗が確定した。
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