第8話~伊織の修行~
「うわぁ…。ひっどい有様やなぁ…」
——家がボロボロやないか。
もうとっくのとうにいなくなっているであろう伊織を探しに五月雨町に来た俊介は、深く溜め息を吐いた。伊織と大尉が戦ったという情報を得たJMは、俊介の率いる部隊に出撃命令が出たのだ。
——戦うのは勝手やけど、あんま一般人を巻き込まんでほしいわ。
五月雨町の家のいくつかは全壊してしまっている。家が無くなることで、困るのは町民だ。
——被害状況を確認せんと…。どうせ伊織君はもう、おらんやろうし。
もう夜のため、町民は家に籠ってしまっている。健在の家には明かりがついており、話し声も聞こえる。
部隊の部下に、明かりがついている家に入り、情報を取るように指示をする。俊介もある家に入ろうとノックをする。
「はーい?」
中から二つ結びの少女が出てくる。
「こんばんは。俺はJMの…」
俊介が言葉を発すると同時に、少女の顔は、目は、怒りのものに変わる。
「何しに来たの!?」
怒声が俊介に向けられる。俊介は、少女が何に怒っているのか理解できず、困惑する。
「もしかして、救援に遅れたことに怒ってはりますか?リベルテの者に家を破壊されたんですもんね。謝り…」
「救援?何言ってんの!?救援に来てくれたのはむしろリベルテの伊織君よ!あんた達が私達の暮らしを壊そうとしたんじゃない!私の命だって!」
「は、はぁ?」
状況を飲み込めない俊介は、少女の言葉を頭の中で繰り返す。
「暮らしを…壊す?」
——今、そう言わんかったか、この子。
俊介が辺りを見渡すと、部下達もどうやら町民に怒声を浴びせられているようだ。慌てている様子がみられる。
「暮らしを壊すとか、そんな、滅相もない。皆さんの安全を守るのが我々JMの役目でして、そのためにお金を少しもらっているだけで、命までは」
「取ろうとしてたわよ!これ以上出せないお金を出せとか、食べ物を出せとか!出せないなら殺すって言われた!実際、殺されそうになったわ!あんた達のやり方は間違ってる!」
「……」
「君、名前は?」
俊介は急に、少女の名前を問うた。
「何よ、JMに報告する気?いいわ、それでも動じないから。桜木奈菜よ」
奈菜は睨むように俊介を見る。すると俊介は、外にいる部下に向かい、叫ぶ。
「全員、JMに戻れ!そして、被害状況と九条伊織はいなかったという事を報告や!」
「「はっ!」」
俊介の言葉に部下は敬礼し、五月雨町を去る。
「な、何よ。あんたは帰らないわけ?」
奈菜はこの男の行動が理解できず、警戒する。
俊介は、ふぅと息を吐くと、宝石の付いた腕輪を外す。
「?」
「これ、君達が預かってくれはりませんか?」
「え?」
腕輪を奈菜に向ける俊介に、奈菜はキョトンとしてしまった。
「宝石は、どんくらいかは分からへんけど、遠くにあったら発動できんようになってるみたいで。せやから遠くにこれ、置いててほしいんです」
「なんで、そんなことを?」
宝石が無かったら、相手はただの武器を持たない人間だ。町民全員でかかれば、簡単に倒せるだろう。特に五月雨町は狩猟をしている。銃を持っていることくらい、承知のはずだ。なのにこの男は、宝石を渡してきたのだ。
「これで俺に、話をしてくれますか?」
「話?」
「はい。部下もおらへん。だから心置きなく、話をして欲しい」
「何を…?」
「ここで、何が起こっていたのか。JMの者が五月雨町の皆さんに、何をしたのか」
💎
「誰が、俊介クンを五月雨町に向かわせたのかなぁ?」
真人は、JMにある、ある男の自室にいた。飴を口の中でコロコロさせながら、机の上に座り、足をパタパタと揺らしている。その子供のような動作は、三十七歳とは思えない。そんな真人の動作を気にも留めず、自室に来られたある男はソファーで書類に目を通したまま返事をする。
「さぁ?誰だろうな」
その返事に真人はピタリと揺らしていた足を止め、男をニコリと見る。
「まったまたぁ~。君でしょぉ?忍クン?」
ある男——忍は、見ていた書類を横に置き、真人に視線を移す。
「知ってるから俺のとこに来たんだろ?誰が、とかいう下らない質問してんじゃねーよ」
忍はニヤリと笑いながら真人を見た。
「俊介クンが五月雨町に行ったってことは、JMの闇を知ってしまうかもしれないよぉ?彼、真っ直ぐだから、今までJMは国民のための組織っていう認識だったじゃない。それ、見事に崩されちゃうかもよぉ?」
「ここまでJMが“善”だと信じてたあいつってすっげぇよな。だから好きなんだよ!」
忍は嬉しそうにケタケタと笑う。
「好きなのに、何故こんなことを?」
「誰だって闇はあるってぇ事を教えてやってんのさ。一種の教育だよ、軍師様?」
「彼の心が壊れないかい?」
「壊れたらそこまでぇ~ってことさ」
忍は胸の前でクロスしていた腕を横に広げる。その動作はどうやら、“そこまで”という意味の様だ。
「意地悪だねぇ。君から伝えればいいのにわざわざ町民の元に行かせるなんて」
「好きだからこそ、いじめたくなるんだよ」
「忍クン、ドS?」
「お前にだけは言われたくね~よ軍師様」
💎
「これが、成瀬って男なんだよ」
伊織は、ただ黙って話を聞いていた。キヨの話を聞くと、心が痛んだ。とても、とても痛んだ。苦しくなった。
「あいつは、成瀬は家族同然の博士やロマン達を殺した。ただうざかったからという理由だけで」
「……」
「そんなあいつを…許せるわけねぇだろ!」
キヨは叫ぶ。握り拳が震えている。
「キヨ君……」
伊織はやっと口を開く。キヨも怒りを抑え、伊織の方を向く。
「確かに、キヨ君の話を聞いたら成瀬さんはとっても悪い人だ」
「……」
「でも、なんか引っかかるんだよ。そもそも、うざかったって理由にならないよ。うざいと思うには何か訳があるはずでしょう?もしかしたら、成瀬さんは博士さんをしょうがなく殺さなくてはならないことがあったかもしれない。他に何か事情があったのかもしれない。いや、逆にただ殺したかっただけかもしれない…。とにかく、情報が少なすぎるよ。ねえ、キヨ君。僕をキヨ君のいた研究所に連れて行ってよ!」
「!?」
伊織の反応が予想外であったのか、キヨは目を見開いていた。
「伊織。お前もあの男に殺されかけたんだぞ。なのに……なんでっ…!」
そう、伊織は殺されそうになっていた。なのに、伊織の言葉は成瀬を知ろうとしている。心なしか、悪い人ではないと信じようとしている様にも聞こえる。
「そうだけど…。でも、急に殺すなんておかしくない?ちょっと前まで研究所の皆に優しかったんでしょう?何かあったとしか…!」
「優しかったのが演技かもしれねぇだろ!」
「だからそれは全部想像にすぎないでしょう!?」
「!!」
キヨはビクッとなる。伊織の気迫に押された。
——こいつ…。一体なんなんだよ!?
「知らなきゃ…。全部わかってから戦おうよ。もし、本当に成瀬さんが悪い人だったら倒せばいい。でも、何か殺さなきゃいけない理由があったのなら…」
「んなもん…あるかよ。信じれるかよ。理由があるなら何故あの時…俺が聞いた時に言わない?さっきもそうだ!理由を聞いたらうざかった、だ!それがあいつ、成瀬なんだよ!」
——キヨ君……。
「わかった」
「?」
「僕が勝手に調べる!」
「な…っ?」
「キヨ君が何と言おうと、僕は勝手に調べるからね!」
「ふざけんな!お前には関係…」
「関係?あるよね?だって僕は成瀬さんに殺されそうになっているんだよ?関係ありありだよねぇ?」
「うっ!」
伊織はニヤリと笑う。キヨもやられた、という表情になる。
「伊織…」
「なに?」
「俺、お前がわかんねぇよ」
「……」
「俺らは知り合ってまだ二日だぞ?」
「うん」
「なんで、お前はそこまで…」
「言ったでしょ?友達だからって」
「じゃあ、成瀬は?あいつは友達でもなんでもねぇ。しかもお前を殺そうとしたやつだぞ?」
「それに関しては、本当に知りたいってだけだよ。腑に落ちないっていうのかな」
「腑に落ちない?」
「うん。少し気になることもあるしね」
伊織は外を見つめていた。外はもう夜だ。月明りが伊織達を照らしていた。
💎
「佐野?どうして笑っているの?」
佐野の自室に来ていた種村は、口元を緩ませる佐野を見て、首をかしげる。今まで静かに頬杖をついて目をつむっていたし、会話もしていない。なのに急に笑うという事は思い出し笑いをしたか、または——能力か。
「何を聞いたの?」
「いや。他愛もない話だよ」
「あのさぁ。それって盗み聞きだよね?」
「はぁ!?」
「前々から思ってたけどいやらしい能力だよね。うわぁ…何聞いたのぉ?なんで笑ってんのぉ?変態だなぁ」
種村は怪しげに佐野を見る。佐野は顔を真っ赤にし、否定する。
「ちっげぇよ!ちゃんと聞いていいことと悪いことは見極めてるっての!今のは普通の会話だっての!」
「え~本当かな?」
「てっめぇ…」
ニヤニヤと佐野をみる種村を睨みながらも、溜め息をつくと佐野は椅子に寄りかかる。
「じゃあ、僕はもう自室に戻るよ。佐野も早く寝なよ」
「ああ。お疲れさん」
種村が扉を閉め、部屋を出たのを確認すると、佐野は窓のある方まで歩き、夜空を見上げる。
「友達だから…。知りたいから…か」
ボソリと呟く。
「伊織はただ真っ直ぐな男なのか…それとも…わかるのか」
ふぅっと息を吐くと、佐野は片方の手で自身の顔を覆い隠す。
「どちらにせよ…。伊織の存在が俺たちにとって吉となるといいが…」
その言葉の意味は、その言葉を発した時の感情は、表情は…。彼の手で顔が隠されているため知り得ない。
💎
「ふぁぁ…。もう朝か」
伊織は気が付いたら寝てしまっていた。戦闘による疲労と怪我のせいだろう。怪我は宝石の力のおかげで大分回復していた。動くとやはり痛いが、あの傷で動けるだけマシだ。なにせ、腹部や肩を銃弾で撃ち抜かれたりしているのだから。本来ならば生きていたとしても当分は安静といったところだろう。そもそも痛みのせいで動けないはずだ。
——普通なら手術もんだったよなぁ。そんなことしなくても傷が回復してきているなんて…。宝石ってスゴイな。
この状態なら、あと二日で完治するだろう。宝石の有り難さを感じながら、伊織は食堂まで移動した。
「おっはよ~伊織!」
どすっと後ろから肩を叩かれる。
「ぎゃあああああああああ!」
あまりに突然であったこと、そして完治していない傷の痛みで、伊織はその場に膝をつき、叫んだ。
「あれ、まだ傷治ってねーの?五大貴石だから俺らより治るの早いのかと思ってたぜ」
「さ、佐助君…」
伊織は傷の痛さに涙目になりながら叩いてきた佐助を睨む。
「んな怒んなよ!でも、やっぱ俺らより治りは早いみたいだな!腹撃たれて、次の日難なく歩けるなんてさすがはダイヤモンドだな!」
「難なくじゃないけどね…。やっぱ痛いもん。ズキズキするもん。佐助君の場合だったらどうなの?」
「次の日は痛くて動けねぇだろ。痛み止め使ってやっと動けるくらいだぜ?お前、痛み止め使ってないだろ?」
「そっか、痛み止め貰えばよかったな。後で佳代子さんに貰おう…」
伊織は佳代子がいない間に勝手に抜け出して来てしまったため、痛み止めを貰わずに食堂まで来てしまった。キヨはまだ眠っていたため、そのままにしておいたのだ。
——あ、そうだ。キヨ君といえば…。
「ねえ、佐助君」
「んー?」
「佐助君は、キヨ君の過去を知ってるんだよね?」
「!」
伊織の言葉に、佐助は驚く。
「お前…」
「キヨ君に直接聞いたんだ」
「そう…か」
佐助は少し考えた後、ゆっくりと頷いた。
「話を聞いたってことは俺がキヨと会うまでの話を聞いたってことだよな。そこまでなら俺も聞いた」
——伊織に話すのは早いな…。俺に話をしてくれるまで一年はかかったぞ。
佐助は、キヨがそんなにも早く伊織に過去を話したことに驚いていた。
——ま、俺ん時は心の傷が深かったってのもあるか。いや、それにしても早すぎる…。キヨに何言ったんだ伊織は…。
「で、俺がキヨの過去知ってるなら、なんだってんだ?」
「あ、うん。佐助君にお願いがあって」
「お願い?」
「キヨ君のいた研究所の場所を教えて欲しいんだ」
「は、はあああ?なんで?」
「成瀬さんがどうして博士さんを殺したのか…。その理由が知りたいんだ」
「成瀬の…?なんでお前がそんなこと…」
「気になるからじゃ…ダメなの?」
不思議そうに聞いてくる伊織に、佐助は溜め息をついた。
「ダメじゃねぇけど…。いや、それ以前に俺は詳しい場所までは知らねぇぞ。あいつと会った森の場所しか分かんねぇ」
「充分!教えてよ!」
「いいけどよ…」
伊織の熱気に押される佐助。
「ちょっと待って」
不意に、声がかけられる。声の方に目を向けると、汐音が立っていた。
「それ、後回しにしてもらうよ」
「し、汐音さん…?」
「お前に、戦い方を教えなくちゃならない」
「戦い方…?」
「そう。お前はまだ弱すぎる」
「うう!」
グサリと見えない言葉の矢が刺さる。
——ごもっともだ…。僕は弱いから…。
大尉を倒したと言っても、奈菜達の助けがなければ勝てなかった。伊織一人では大尉以上は倒せないのだ。JMでは大尉など下位の階級だ。元帥を倒すなど、夢のまた夢になってしまっている。
「不本意だけど、風花と約束しちゃったから…。ご飯食べ終わったら前に佐野と話した地下室に向かって。そこで、戦い方教えるから」
くるりと無表情のまま食堂に入ろうとする。
「汐音さん!」
「何?」
佐助に声を掛けられるが、汐音は振り向かないまま答えた。
「見学してもいいか?」
「勝手にすれば」
そう答えると、スタスタと進んでしまった。
「ちょ~い冷て~んだよな、汐音さんは」
不満そうに、されど笑顔で佐助はぼやいた。
「どうして佐助君も?」
「汐音さんがどんな風に教えるか興味があってな」
「汐音さんってキヨ君にも教えてたんだよね」
「ああ、そういやそうだったな」
忘れてたと佐助は笑う。
——戦い方の指導ってどんな感じなんだろう…。僕も強くなれるかなぁ…。
伊織は期待と不安でいっぱいであった。
💎
「来たね、伊織」
「はい。お願いします、汐音さん」
食事後、伊織はすぐに地下室に向かった。汐音は既に来ており、床に座り読書をしていた。
佐助は壁に寄りかかって見学をする。
「正直に言って、教え方はよく分からない。それぞれの戦い方があるし、宝石の戦い方なんて適合者じゃないからさらに分からない。だから、俺なりに教えるから、それがお前に合っていないこともあるかもしれない。取り敢えず、いくつか段階に分けて課題出すから、お前なりの方法でクリアしてって」
「は、はい」
「で、スポーツは何かしてた?」
「へっ?」
唐突な質問に伊織はキョトンとした。
「中学の時に野球を少々…。といっても下手くそでしたけど」
苦笑いをする伊織に対し、汐音は表情を変えずに呟く。
「ならちょうどいい」
「え?」
「刀を出して」
「刀?」
「そう、宝石で。早く」
「は、はい!」
ダイヤモンドの力を発動し、双剣を出現させる。
それと同時に—————
「!?」
ビュンッと伊織の横に、何かが通り過ぎる。
「???」
あまりにも一瞬であったため、伊織は目をぱちくりさせるしかなかった。
後ろをゆっくり振り向くと、野球ボールが床で跳ねていた。
「ボール?」
「今からボールを投げるから、それを剣で弾いて」
「今からって…、もう投げてるじゃないですか!」
「御託はいいから行くよ」
「ええ!?ちょっと待っ…!」
伊織の言葉はお構いなしにボールを投げてくる。距離は十メートル程のところから投げてくるため、スピードは速い。伊織は中々目で追えず、身体にボールがぶつかったりしている。
「いたたたた!」
適当に剣を振るが、たまに当たるくらいで、ほとんど空振りだ。
「ほら、ちゃんと見なきゃ当たんないよ」
「は、はい!」
「なんでこんなことを?」
見学していた佐助が口を開く。汐音はボールを投げ続けながら答える。
「動体視力を鍛えているのもある。敵は常に動いているんだし、こいつを殺しに来てる成瀬は拳銃が武器なんだ。こんなもの全部剣で当てられなきゃ話にならない」
「ふ~ん」
「それに———」
汐音は後ろにいる佐助に向かい、見もせずボールを投げつける。
「え!?」
伊織は驚いて声をあげる。
伊織が声をあげた時には、ボールは佐助の手に収まっていた。
「こういう不意打ちにも瞬時に対応できるようになってもらわなきゃ困る」
佐助はニヤリと笑いながら汐音にボールを返す。
「す、すごい…」
——あんな速いボールを…しかも不意打ちだったのに佐助君はいとも簡単に掴んじゃった。
伊織は改めて佐助の戦闘能力の高さと自分の未熟さを痛感した。
「不意打ち…ねぇ。俺に対しちゃ不意打ちって言葉は存在しねぇよ。俺は常に神経とがらせてるからな。目の前の、味方と思っている奴がいつ敵になるか分かんねぇし」
「仲間まで疑うの?」
「忍びってのはそういうもんなんだよ」
「でもさ、佐助君…」
「なんだよ」
「不意打ち云々言ってたけど、JMの少将さんに後ろからブッスリいかれてなかったっけ?」
「うるせーよ!ツッコむ元気あんなら修行に集中しろ!」
「そうだよ。佐助のボケに突っ込んでる暇はないはずでしょ」
「汐音さん、俺ボケてねーし」
佐助の言葉を華麗にスルーし、汐音はボールを構えた。
「味方だ、敵だ、不意打ちだなんだいう前に、これを弾けなきゃ話になんないから。いくよ」
「は、はい!」
——でも、ただ振り回しててもなぁ…。
だんだん慣れてきたのか、弾ける回数は増えてきた。しかし、それでも全部は程遠い。こんなことをしていては日が暮れてしまう。
——効率が悪すぎる…。
佐助もこの方法には疑問を感じていた。動体視力なんて、日々の努力で上がるものだ。これを何日も続けるつもりなのか。
——いつ敵と遭遇するかもわかんねぇのに、こんなことチマチマしてていいのか?こんなことするよりも、伊織はめっちゃいい宝石持ってんだから、能力を駆使すればいくらでも戦いようが…。
「!」
佐助はそこまで考えると、ある可能性を見出した。
——まさか…!
佐助はボールを投げ続ける汐音を驚いた表情で見る。
——おいおい…。紛らわしいっていうか…、まどろっこしいやり方すんなぁ。
「十分間休憩にしよう」
「はぁ…はぁ…はい…」
二時間集中してボールを弾いたため伊織は疲労していた。汐音は飲み物を取ってくると言って地下室から出て行った。
「お疲れ、伊織。苦戦してんな」
「うん…。なかなか、全部は無理だよ…」
佐助は伊織の横に腰を掛けると、伊織の頭にタオルをかけた。
「ありがと」
「なあ、伊織。思ったんだけどよ、お前の能力って面白いよな」
「え?硬化作用の事?」
「ああ」
急に何を言い出すのかと、伊織は疑問に思った。
「水と氷ってあんじゃん?あれってさ、氷になると硬さは変わるけど重さは変わんねえじゃん?糸もさ、くるくる~って丸めると硬くなるけど重さは変わらない」
「?」
伊織は佐助が何を言っているのか分からなかった。
「でもよ、形状は変わってるだろ?」
「う、うん…」
「じゃあさ、お前が硬化させてる物って、何で形状変わんねぇんだろうな?」
「さ、さぁ?わかんない…」
「形状が変わんなくて硬くなるなんてすげぇよな。あの毛利元就の有名な三本の矢みたいに、同じものが多くなんなきゃ普通は硬くなんないよな」
——形状が変わってないのに硬くなる…?圧縮されてないのに硬くなる…。
「それって…まさか…」
ある可能性に気付いた伊織は同時に、汐音の言葉を思い出した。
『取り敢えず、いくつか段階に分けて課題出すから、お前なりの方法でクリアしてって』
『動体視力を鍛えているのもある』
「まさか…!この課題って!」
伊織が佐助の方を驚いた表情で向くと、佐助はニヤリと笑った。
「はい。飲み物」
地下室に戻って来た汐音が、立って準備運動をしていた伊織にペットボトルを差し出す。
「ありがとうございま…わ!」
ペットボトルを受け取ろうとした伊織はふらりとよろけてしまった。それを汐音が伊織の腕を掴んで支える。
「す、すみません」
「大丈夫?」
「はい。大丈夫です!」
伊織は笑顔で飲み物を飲む。
「……」
その様子を、無表情のまま汐音は見つめていた。
「じゃ、続きをするよ」
「はい、お願いします!」
伊織は再び双剣を出現させる。
「あ、そうだ。汐音さん」
「何?」
「何個ボールを弾いたら終了ですか?」
「……。そうだね、三十かな。お前、まだ連続で十くらいしか弾けてないよね」
「はい。三十ですね。じゃあ、何があっても三十投げてくださいね」
「?」
伊織の言葉に違和感を感じた汐音は訝しげな表情を伊織に向けた。
汐音はボールを持ち、構える。伊織も刀を構える。
ブンッと汐音はボールを投げる。
伊織は今度はいとも簡単にボールを弾く。
「!」
汐音は驚く。伊織がボールを弾いた事ではない。
——これは…。
『じゃあ、何があっても三十投げてくださいね』
——そういうことね…。
汐音は僅かに口元を緩ませ、三十球投げ切った。
「三十…。全部弾きました」
伊織はにこりと笑い、汐音を見た。三十球すべてを弾いたのだ。
「やっぱりダイヤモンドは硬化だけじゃなかったんだね」
汐音はふぅと息を吐く。
「俺にかけた能力、解除してもらえる?服が重くてかなわない」
汐音は疲れたように伊織に言う。
「わかりました」
伊織はダイヤモンドに触れると、光がダイヤモンドから放たれる。
同時に、汐音は腕をグルグル回し、再び息を吐く。
「で、一応何したか聞こうか」
「はい」
汐音に促され、床に座ると伊織は気付いたことを話し始めた。
「さっき、佐助君に言われたことで、気付いたことがあるんです」
伊織は先ほど佐助に言われたことを話した。
「何ヒント出してんの、佐助」
ジロリと汐音に睨まれ、佐助はテヘッと舌を出した。
「それで、考えたんです。本来、形状の変化なしに硬化するなら“厚さ”が変わります。それと同時に、厚さが変わるなら、“重さも変わる。でも、ダイヤモンドはそれを無視して硬化している。なら、あえて無視しているのなら?僕が知らないうちに無視させているのなら?…って思ったんです。硬化の変化そしてそれに伴う厚さと重さの変化…。それが全てダイヤモンドの能力によってコントロールできるものだとしたら…。」
「それで、試しに俺の服を重くさせたってことか…」
「はい」
「成功だよ。すごく重たかったから。だから、球速がすごく遅くなった」
「それが、狙いでした」
伊織は二時間で多少上げた動体視力と大きく遅くなった球速で、三十球落とすことが出来た。
「汐音さん、言ってましたよね。僕なりの方法でクリアしろって。つまり、能力を使ってもいいってことです」
「……」
「能力の理解や能力による戦い方。そして同時に動体視力を上げる。それが、今回の目的だった…。違いますか?」
「そうだよ」
汐音は飲み物を飲みながら伊織の話を聞いていた。
「さっきふらついたのは演技だったんだ」
「え!」
ギクッと伊織は反応する。
「やっぱりね…。なんかおかしいと思ってたんだ」
「実は、さっき休憩中に佐助君に協力してもらったんですけど…。どうやらダイヤモンドの力は、触れたものにしか作用しないみたいで…」
「それで俺の腕…っていうか服に触れたんだね」
「は、はい」
えへへと伊織は苦笑する。
「さすが五大貴石の力。世の理に大きく外れる能力だね。触れなきゃいけないっていうデメリットはあるけど」
汐音は溜め息をつく。
「おっそろしいな。同じ五大貴石が敵に三人もいるのかよ…」
佐助も冷や汗をかく。
「ま、そんなこと言っても変わらないから、次に行こうか」
「はい!」
「じゃあ、佐助と戦って」
「へ?」
「は?」
伊織と佐助は同時に声をあげる。
「佐助はリベルテ
「え?剣術とかじゃなくて、また速さ的なやつなんですか?」
「そうだよ。相手の動きについて行けなきゃ、剣術もくそもないから」
「は、はぁ…」
「見学って言ったのに…」
「文句言わない。ほら、準備して」
「へ~い…」
渋々佐助はスピネルを発動させる。クナイと手裏剣が出現した。
「佐助の速さは、何て言うかな…。さっきのボールの三倍はあるかも。新幹線くらいじゃない?」
「いや、汐音さん、それはただの化け物だろ。さすがに俺でもボールの速さには勝てねーよ」
「知ってるよ」
「は?じゃあ何で俺なんだよ?」
「だから言ったじゃん、リベルテ一の速さだって。それに、いつもの俺が投げるボールだったらボールの方が速いと思うけど、さっきのボールはかなり球速落ちてたから佐助の方が速いと思うよ。佐助はその宝石の力で、常人には手に出来ない速さを手に入れたんだから」
「そこまで言われたんなら、本気出すっきゃねぇな」
佐助はニヤリと笑い伊織の前に立つ。
「そんじゃ、始めるか伊織」
「よ、よろしくお願いします」
伊織は自分がボコボコにされるイメージしか湧かなく、冷や汗が止まらなかった。
💎
~JMの戦闘訓練場~
「よし、一時休憩!」
「「はっ!」」
JMの戦闘訓練場では、数十名のJMの兵士が訓練に励んでいた。無石の者だけでなく、数名少尉から大尉の者まで混ざっていた。
今は休憩の時間となったため、それぞれが飲み物を飲みながら談話していた。
「なあ、JMには二人五大貴石がいるんだよな?」
ある兵士がボソリと呟く。
「そうみたいだな。一人は元帥様だろ?」
「じゃあ、もう一人は誰か知ってるか?」
「知らねぇな。もう一人…アレキサンドライトの適合者については不明みたいだぜ」
「何でなんだろうな?」
「見てみたいな」
「ああ、どんな力か見てみてぇ!」
それぞれが思った事を口にする。
その時だった—————
「なら、見せてあげよっか?」
「「え—————?」」
💎
「何、してるんですか?」
野崎は黒縁の眼鏡を指で直し、目の前にいる人間に声を掛ける。
「何って?」
嬉しそうな声で、人間——少年は答える。
「なぜJMの兵士たちがこんなにも死んでるんです?」
そこには、先程訓練に励んでいた兵士全員が、無惨にも血を大量に流し息絶えている光景があった。
「少し、お遊びが過ぎますよ」
「ふふっ。お遊びって言っちゃうあんたもあんただよ」
睨む野崎に対し、少年は笑いながら話す。
「なぜって言われれば、答えはシンプルだよ。こいつらが、僕の能力が見たいって言ったんだ」
「……」
「僕の、このアレキサンドライトの能力を…ね」
少年の指輪には、緑色に輝く宝石が埋め込まれていた。
少年は楽しそうに、愉快そうに、死んでいる兵士の上に座って笑い続けていた。
野崎はその様子を、ただ黙って見つめていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます