一章 04:服部という女
車はトンネルを抜けた後、大きな広間で停車した。
どうやら目的地に到着したようで、俺達は車から降りて運転手と別れた。辺りは蛍光灯が天井に付いているだけで薄暗く、どこにでもある地下駐車場のような場所に見える。
辺りを見回して基地内部へと繋がる入り口を探していると、女と男二人がこちらへ歩いてくるのが目に留まった。三人は俺の目の前で立ち止まると、先頭を歩いていた女がずいとこちらへ踏み寄った。
「私はここの管理を任されている
女は値踏みするかのように、俺の頭からつま先まで視線を滑らせ、そう名乗った。
女の年齢はおそらく三十代といったところだろう。見た目は若そうだが、雰囲気からしても後ろの男達に比べて堂々としている。この情調は並の士官では出せないものだ。更に珍しいことに、女は軍服ではなく白衣を着ていた。細身そうな体からすらりと白衣の衣が真っ直ぐ地面へ落ちて、胸には燕と星が描かれた階級章が付いている。
階級章からみるに相手は大佐。この見た目で大佐とは、よほど有能なんだろう。准尉である俺よりも階級が上だった。女の後ろにいる男達は、階級が低いのか直立した状態でピクリとも動いていない。
「ただいま出頭致しました。アイン第三特殊部隊所属准尉、長谷部信哉です」
俺は背筋を伸ばし、敬礼を行って名乗った。軍人らしく真面目な態度を持って名乗ったものの、服部は眉をひそめ、露骨にいやそうな顔をした。
「敬語は使わなくていい。特にキミはね」
「おっしゃる意味がわかりかねます」
「堅苦しいのは結構と言っているんだ。軍人かぶれは相手をしていて疲れる」
「それは助かる」
後ろの男達のように立っていた俺だったが、女の言葉通りに楽な体勢へと崩すと、先程まで身じろぎ一つしていなかった男の一人が、慌てて近づいてきた。
「長谷部准尉、失礼ながら服部様はここの幹部でして……」
口に手を当て、耳打ちのように男は小声で囁いた。
アホか。階級章も判らぬ軍人がどこに居ようか。
それとも、長い物には巻かれろとでも言いたいのだろうか? だが、何と言われようが、昨日からの不満が溜まっていた俺には、自分がどう思われようが関係なくなっていた。
「知ったことか」
素っ気なく男へ返すと、服部は大笑いした。
「久々に気骨がある面白そうな奴が来たじゃないか。なぁ?」
その言葉は俺へと向けられたものではなく、先程まで服部の後ろにいた男へと向けられたものだった。
「は、はぁ」
男はよくわからないといった様子で、酷く間抜けた顔を晒していた。
『なんじゃ、この女は』
どうやら、静もこの女が気に食わないらしい。とんだ上官に当たってしまったものだと、俺は心の内で嘆いた。
「少壮で良いことだ。どいつも決まり文句しか言わないから、私は酷く退屈していたのだよ。協調性とは、互いに違うアイデンティティを持つ者が、協力し合うことを指す言葉だ。和国人は自己を押しつぶして型に嵌ることを利だと勘違いをしている。そんなものは価値もない三流だ」
ご高説を聞きに、わざわざ和国まで出向いた訳ではない。
早く任務の内容を聞き出して、次の行動に移したいところだ。
「御託は結構だ。さっさと案内してくれ」
あくまで強気でいると、服部は我が意を得たりという表情で、口元の端をつり上げた。
「まぁ、待て。説明が先だ。任務は
病棟? 俺は小さく首を傾げた。
「病棟とは何だ?」
「ここの真上には病院も建っているのさ。表向きには一般公開とされている本物のね。ここでは殺人や傷害など、罪を犯したPASS患者が治療に当たっている」
「それで何故、病院が?」
「なに、その方が都合が良いからさ。薬や医療器具の入手が比較的容易になる。それに、負傷した兵達を治療することだってできる」
「さっき乗ってきた車の運転手からは、第なんとか基地と聞いたんだが」
「ここは特別で、基地内に研究所、訓練所、病棟、ドック、住居区などが合わさっている。滑走路を含めた基地面積は大体五千万平方フィート。基地面積の大半は地下があり、区域によっては何層かに別れているから、床面積は倍以上だな」
『五千万平方ふいーとってのは、坪換算するといくつなのか?』
ここになって、退屈そうに聞いていた静が口を切った。
坪に換算する簡単な方法は、換算元の平方メートルに〇・三を掛ければ算出できる。今回の場合、一度平方フィートを平方メートルに直してからということになる。補足だが、フィートをメートルに直す場合も〇・三を掛けると良い。平方なら〇・三の二乗だ。
『……百五十万坪ぐらいか?』
坪換算したら余計わかりづらくなってしまった。
『ひゃ、ひゃくごじゅうまん!? そ、そんなに広いのか……』
俺の答えに静が吃驚の声を上げる。
まぁ、静が驚くのも無理はない。五千万平方フィートを平方キロメートルに換算すると大体四・六平方キロメートルなのだ。もっとわかりやすくすると直線で縦四・六キロ・横一キロ程の面積になる。地上にある基地だと四・六平方キロメートルでは普通よりも小さい方だが、主が地下となると広大な方に当たるだろう。
「ここに赴任しに来てすぐの者はよく迷う。早めに慣れておけ」
服部から、A4サイズの用紙ほどの大きさがある封筒を手渡される。
「必要資料だ。ここの見取り図や鍵がこの封筒に全て入っている。質問はあるか?」
「監視ってのは何だ? 歩哨に立てば良いのか?」
「悪く言い変えればそうなるが、准尉で歩哨は役不足だろう? これは普通の兵には任せられない仕事なのさ。患者の護送や、問題が起こった時の対処も含まれる」
確かに、誰でも代わりが務まるのならば、わざわざ余所から呼びつけるなんて面倒なまねはしないだろう。
「ただ、普段は自由にやって貰って構わんさ。見回り程度で良い」
説明にはなっているものの、判然としない任務内容に、腑に落ちない気持ちになった。
「大方は分かった。だが、もう少し具体的な説明が欲しい」
「妥当な質問だ」
服部は白衣の内側に手を差し込み、
「これも、ついでという奴だ」
直後、銃音が鳴り響いた。
遅れて、ドウ、と崩れ落ちる音が耳に届く。
……おい。
イカれているのか?
服部が白衣の内側から銃を引き抜き、なんの躊躇もなく引き金を絞ったのだ。そして、その銃口は俺の方ではなく横へと向いていた。服部の横――先程、俺に耳打ちをした男が頭から血を流して倒れていた。
「と、まぁ、時たまこういうこともある」
「……何のまねだ」
「彼は我々とは相容れない存在だったのだよ。気まぐれで泳がせておいたが、いずれ処分するつもりだった。もののついでというやつさ」
言葉から察するに、どこかの諜報機関、あるいはそれに近しい何かだったのだろう。
撃たれた男はぴくりともせず、もう一人の男にラインカーのようにずるずると引きずられて、駐車場に新しい線を地面に残しながら暗がりに消えていった。
「他に何をしているか知りたくば、自分の目で見て貰った方が早い。何か質問は?」
「結構だ」
俺はむっとして答えた。聞きたいことは山ほどあったが、それよりもここから一刻も早く離れたかった。
「改めて、アイン直属第二十六番基地へようこそ。長谷部信哉君」
そう言って、服部は腹の内を探るかのように俺をじっと見た。
その深く底の知れない瞳からの眼差しは、俺を捉えて放さなかった。
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