反則

蜜缶(みかん)

反則(完)

昼休みを終えた午後一番の授業。

今日は天気がよく窓際なオレの席はぽっかぽかで、寝不足な訳でもないのに自然にまぶたが落ちてくる。

先生の授業をする声さえまるで子守唄のようだ。


微睡んでいく意識のなかで遠くに先生の声を聞いていると、突然耳ではなく直接頭に響いてくるような声が聞こえた。


「思ひつつ寝ればや人の見えつらむ…」


はっと意識が覚醒し、その声の主を探す。

朗読に当てられたのだろう。

オレの席から3つ右横の席の白石が、座ったまま教科書を読み上げていた。


(白石ってこんな声してたっけ…?)

白石とは特別仲がいいわけじゃないが、かといって全く話したことがないわけでもないはずなのに。

朗読をするその声は男らしい訳ではないが中性的でもなく、透き通るような感じがして、ただただ綺麗だった。


さっきまでの眠気を忘れてすっかり聞き入っていたのに、あっという間に読み終わって隣の人に移ってしまった。

次に読み始めた女子の声は、今読まれた古文の現代訳を読んでいる筈なのに全く頭に入ってこず、未だに白石の声が耳に残っている。


(なんだろなぁ、この感覚…)

初めてのことに首を捻っていると、いつの間にか朗読の順番がオレにまわってきていて、先生に「さっき寝てたろー。寝ぼけてんなよー」と注意されてしまった。




「なぁ、今の古典の時思ったんだけど、白石の声って綺麗だよな」

授業が終わると同時に、後ろの席の親友に声をかけるも、「え?お前寝てたんじゃなかったの?」と茶化される。

「寝てねーし。寝そうになってただけだし。寝そーになってたら白石の声がボーン!て耳に入ってきて目ぇ覚めたんだよ」

「へー?まぁ綺麗ちゃあ綺麗だけど、普通っちゃぁ普通じゃねえの?オレあんま気になったことねーし」

「えー?そうかー?」

「そうだよ」


友人に軽くあしらわれ、まぁ今までオレも全く気にしたことなかったし気のせいなのかなと思っていたのだが…それからやけに白石の声が耳に着くようになってしまった。

授業の朗読はもちろんそうなのだが、教室内で白石がオレじゃないヤツと喋っていてもなんでか白石の声だけが耳に飛び込んでくる。

その度に綺麗だなぁ…とか思ってしまうんだが、元々そんなに親しくなかったし、用がないのに話しかける勇気もなければ声を間近で聞く勇気もなく、オレと白石は相変わらずただのクラスメイトのままだ。





「今日の体育バスケだってよー」

「へー。ラッキー」

教室でジャージに着替えながらそんな会話をする白石の声がまた耳に飛び込んできて、思わずチラっと目を向けてしまう。

白石は髪の毛質が太めなのか、ちょともさもさした黒髪に、黒縁のメガネでパッと見は少しだけオタクっぽい。

こんな白石からあんな綺麗な声が発せられるのは一見意外に感じるが、だが眼鏡の奥はよく見ると綺麗な瞳をしてたりする。

…そしてガバっとYシャツを脱いだその上半身は意外にも細マッチョだった。


そこまで観察したところでようやくチラ見じゃなくてガン見してしまってた自分に気づく。

(…男の着替えガン見するとか…)

誤魔化すように慌てて自分も上着を着替えるも、なんでか白石の体が頭を離れずにドキドキしてしまった。



ジャージに着替え体育館へと向かい、挨拶と軽い準備運動を終えると、今日はチームに分かれてバスケの対抗戦をすることになった。


ピッ


笛が鳴ると同時にセンターラインで背の高い2人がジャンプしてボールを取り合い、ゼッケンをつけたチームにボールが渡った。

オレのチームだ。

ボールを持つ仲間を目で追いながら、たったとゴールの方へと走っていく。

ドリブルが止まり、パスが回りそうになった時にふっとオレの視線を遮るように人影が現れた。

敵チームにマークにつかれたらしい。

「………っ」

その相手へ視線を向けると、なんと白石だった。


初めて間近で見る白石の顔に固まっていると、

「……?何?動かないの?」

「………っ」

触れあいそうな距離で声をかけられ、体が不自然な程にびくっと跳ねた。

間近で聞く白石の声は、なんつーか、すごいやばい。威力が半端ない。


オレはボールを取りに行くというよりも白石から逃げようと体を動かすが、見た目はややオタクなくせに流石細マッチョな白石。

しっかりオレをマークして一向に離れてくれない。

キュキュっと靴の音が激しく聞こえるなかで、やけくそで動き回ってやっと白石を振り切れる!と思ったその時、ボールを持っていたヤツとしっかり目があった。


(あ………!)


オレに向かって勢いよく放たれるボール。

だがしかし、全く持ってボールを捕る準備ができていなかったオレは、ベシっと横腹にボールを受けて、そのまま倒れ込んだ。


ピピーッ


先生が笛を鳴らし、試合を止める。

一番近くにいた白石が、真っ先にオレの元へと駆け寄った。

「大丈夫か?」

「………っ」

オレの耳元で声をかけながら肩にぽんと手を置かれたが、オレはとても立ち上がれそうになかった。


「山野だせー!」

「ごめん、山野!まさか腹に当たるとは思わなくて…」

「どうした、立てないのか?」

「足ひねったのか?」

わらわらと人が集まってくるが、そうじゃない。

床やボールにぶつけたとこは確かに痛いがそんな大した怪我じゃない。

だけどどうしても立つことができずにその場に座っていると、

「山野、立てないのか?」

もう一度白石に声をかけられ、オレは思わず片耳を塞いで叫んだ。


「~~っ白石!!!」

「……え?オレ?」

眼鏡の奥にある綺麗な瞳が見開かれた。


「…もしかしてディフェンスしてた時オレぶつかっちゃってた??ごめん…」

「なんだーファールかー?」

「すげー倒れ方してたもんなー」

みんながざわざわする中で白石は責任を感じたのか「保健室連れてきます」と言って、オレの腕を肩にかけて立ち上がらせて歩き出した。

オレの足は相変わらず全く力が入ってないのに、白石はのそのそしながらもしっかりした足取りで廊下へと進んでいった。

流石細マッチョ。




廊下に出ると、廊下は授業中で人がおらずシンと静まり返っており、のそのそと歩く自分たちの足音だけが響いた。

「…ごめん、オレ、ぶつかったとか気づいてなくって」

ぽつりと白石がオレの耳元で呟いた。

ダイレクトに鼓膜を震わせるその声に思わずぎゅっと白石の服を掴んだが、たまらずその場にうずくまる。

「え、おい、山野。大丈夫か?」

白石は心配してか、オレの横にしゃがみこんで顔をぐっと近づけてきた。


「~~~ちょ、ぶつかってないから!!ちょっとしゃべんな…!!」

また口を開こうとする白石にオレは耐え切れなくなって、ぞくぞくとする耳を抑えて白石を睨んだ。

…だけど目に涙が滲んできたようで、近くにいる筈の白石の顔が若干ぼやけている。

顔は自分では見えないが…多分真っ赤に違いない。

白石はそんなオレの異変にようやく気付いたようで、きょとんとした顔をした。


「……怪我は、どこもしてないから。白石とも、ぶつかってないからっ」

「え?そうなの?」

そう言いながら白石がまた近づいてくる。


「だから、しゃべんなって…!!お前の声耳元で聞くと力入んねぇから…!!」

「え…?」


白石は意味が分からない様子で首を少し傾げたが、

「………」

「………」

少し気まずい沈黙が続いた後、白石は身構えるオレの真横まで顔を持ってくると…



「………耳、弱いんだ」

「………っ」


そう囁いてからまた顔を離し、オレの目の前でにっこりと笑った。


(もう…なんなんだよ、白石…)

その声も、その笑顔も…反則すぎるだろ。


耳だけじゃなく、心臓までもがぞくぞくした。




終   2015.10.11





「……耳が弱いんじゃなくて…白石の声がダメなの」

「は?オレの声?」

未だにオレの目の前にあるその顔が、またきょとんとした顔をした。

…なんでそんな顔すら可愛く見えてしまうんだろう。不思議だ。


「白石の声、なんか綺麗すぎて、耳元でしゃべられると力入んない。足に来るっつーか、腰に来るっつーか…」

オレがそう言葉にすると、白石がぱちくりした後視線を下へ向けたので思わずバッと足を閉じ、大事なところを手で覆った。


「………」

「………」

「…………そこは見んなや」

「………………」

別に見られてもなんともなってない………と思うけど、

見られて大丈夫な自信は、なかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る