脱出ゲーム
久遠海音
脱出ゲーム
ここは・・・どこなんだ?
眼前に広がるのは真っ白な空間。四方見回してもその白さは変わらない。ここは夢の中なのか? そっと壁に触れてみるが、ひんやりとした無機質な感触は夢とは思えないほどリアルだった。俺は夢なのか見定めるために思いっきり壁を殴ってみた。
「いって!」
壁が低く響く音と共に俺の拳から腕全体に掛けて激痛が走る。しかし夢から目覚める要素は無い。明晰夢ってわけでもないことがこれで証明された。
痛みでうるんだ瞳で天井を見上げるが、監視カメラらしきものは何一つない。ここに拉致監禁されたとすると、犯人はどういう意図で俺をさらったのだろうか。普通は中の様子が分かるように一台くらい用意するもんだ。それに特に問題なのはこの部屋だ。四隅まで隅々見ても扉も無いし食事を入れるための隙間すらない。繋ぎ目ひとつないこの部屋を見る限り、早々に帰すつもりなのか、俺が餓死するのを待つつもりなのだろう。だが、後者なら絶対に監視カメラを付けるはずだ。弱る姿を愉しむ異常者だったら、監視カメラで様子を逐一見たいからだ。ただ俺を殺したい奴ならばカメラがない状況でも一週間後に扉を開ければいいだけだが、生憎そんな殺され方をするような恨みを買った覚えはない。一方前者の場合だったらだったで俺を拉致する意味が見当たらない。これが(漫画の読みすぎかもしれないが)何かのゲームであるならば、アナウンスか何かが流れる可能性もある。が、そのスピーカーの穴すらもこの完璧な正四角形の白い空間には存在しない。
もしかして何かの心理的な実験場なのだろうか。人が白い部屋の空間に居続けると発狂する的なやつがあったよな。部屋的にはそれに打ってつけのようだが、この場合も被験者の様子を逐一見るためにカメラは絶対に必要だろ。それとも最先端の超ミクロなカメラでも仕掛けてあんのか。天井を見ていて思ったのだが、どうやら天井に電気をつけているわけではないらしい。見事に壁も天井も同じ白い素材でしかない。一体どこから光が入ってくるのか全くの謎だ。光ですらそうなのだから、カメラだって一見分からないように仕掛けてあるのかもしれない。じっと目を凝らしてみるが全く分からなかった。
てか、人が家でグースカ寝ている内にこんなとこに運ぶんだから、どう考えても犯罪的な何かなのは確定だよな。海外ならまだしも日本の民放でこんなドッキリやるわけねーし。やっぱ、犯罪に巻き込まれたってことで決まりだよな。
それにしてもなぜ俺なのか。俺が攫うとしたら、可愛い女の子か金持ちのボンボンだろう。可愛い女の子ならいい思いができるし、金持ちなら身代金をふんだくれる。しかし、そのどっちでもない中流家庭出身の特に特技もない三流大学生を攫うとは一体どういう了見だ。俺を誘拐ても親は一文もは出さないぜ。
「あー、イライラする」
頭をボリボリ掻き毟る。ほんと、この部屋は何も無さすぎる。
「ベッドくらい用意しろよ。こんな固い床じゃ寝ることもできねーじゃねーか」
聞いてるかどうかも分からないが、とりあえず拉致者に向けて文句を言ってみた。しかし、何も返事は返って来ず、辺りはいつまでも静寂なままだ。ほんと、これ、どうしろってんだよ。訳分からない。とりあえず床にゴロンと寝そべった。
何分経ったか全然分からない。もしかしたら一時間たったかもしれない。が、未だに事態は好転しない。何のために俺がここに居るのか全く分からない。それに床に寝そべったはいいが、眠気が全く来ない。寝て過ごすことも出来ず、ただ無為に時間が過ぎていった。
「とりあえず、家で何をやっていたか整理しよう」
さっと起き上がり、顎に手を置いて今日の出来事を振り返った。
今日は確か午前は学校に行って、その後彼女の居ない者同士マックで駄弁ってたら頭が痛くなって、解散。その後病院に行って、薬貰って帰ってきた。家に帰った後はカップラーメンを食った。その後は、明日提出するためのパソコンでレポートを書き始めた。そんで、ちょっと眠くなって、そのまま机にうつぶせになる形で、仮眠をとろうとしたまでは覚えている。
「・・・何もおかしなとこないな。つーか普通すぎる」
何も手がかりは見つからなかった。自分の非リア充の日常に悲しくなるばかりだ。何か手がかりはないかと、暇つぶしに壁を触りながら一周する。この一見びっちりと密度の高い白い壁でも、どこかに空気穴は存在するはずだからだ。なかったらなかったで、それは恐怖だが。
ゆっくりと一周しながら壁を撫でるように触っていく。本当に見事に真っ白で滑らかな壁だ。こんな見事なキュービック型の部屋は見たことが無い。それこそSFな感じがする。二つ目の角を曲がっても何も引っかからない。もしかしたら、この部屋の主は俺がじわじわと窒息していくのを愉しむサイコな奴かもしれないと嫌な汗をかいてきた。やっぱり俺には見えないサイズのカメラが仕掛けてあって、今も俺がこうして壁に沿って散歩している様子をチップスでも食べながら愉しんでいるかと段々思えてきた。三つ目の角を曲がった。すると、すぐに手のひらに今までの滑らかな感触とは違い、縦一本線のように妙に凹んでいる感じがした。不自然に思った俺は、その部分をようく見てみると、手のひらサイズの正方形に溝が掘られていた。もしかして、ここが空気穴なのか。慎重に小指の長い爪で溝に引っ掛けると、浮いた感じがした。どうやら蓋の役割をしているらしい。恐る恐る取り外すと、その下には「開」と書かれたボタンがあった。
罠かもしれない。
が、何もないこの部屋で唯一見つけた物体だ。ここで試さなくても永久に出れないのかもしれないのなら、俺は一か八かでも試す。試さないという選択は性に合わん。俺は勢いよくボタンを押した。
すると、まるで四角い箱が開くように、天井が高く動き出し、壁はゆっくり外側に倒れていく。眩しい光が差し込み、思わず目を瞑った。某ゲームをクリアした時の音が鳴り響く。一体なんなんだ? 頭に霞がかかってくる。眠いという感覚ではない。ただ意識がスゥーっとそこから消えていく感じがした。
目を覚ますと、見慣れた天井がそこにはあった。起き上がって、きょろきょろと見まわすがどう見ても俺の部屋のようだ。すぐさま自分の状況を確認し、パンツの中まで見たが何もいたずらされていないようだ。それにご丁寧に俺はベッドに寝ていた。しかもシャワーもきちんと浴びたようで汗臭さがないし、それにいつも通りパンツ一丁の姿で寝ている。
どういうことだろうか。俺の記憶が正しければ、俺はノーパソの上であぐらを掻いて寝ていたはずだ。もし夢だとしたらそこから動いているわけがない。記憶通りなら、今頃レポートが出来ていないことを嘆きながら、首がガチガチで回らなくなっているはずだ。
テーブルの上を確認すると、なんと閉じられたノーパソと印刷されたレポートがあった。中身もしっかりと書いてある。俺が書こうと思っていた内容通りカスなできだ。キッチンにはカップラーメンの残り汁がそのまま残っていた。まるでいつも通りの日常を過ごしたかのように、何も異常はなかった。
「痛っ」
一瞬、脳全体が無理やりでかくなったかのように痛みが突き抜けた。すると、ある映像が頭の中に滑り込んでくる。
それはレポートを書いている俺だった。退屈そうに頬杖をつきながらネット上に転がっている内容を適当に組み合わせたクソなレポートだ。それを書き上げた後、シャワーを浴び、パンツ一丁で出てきた。テレビでも見ようとザッピングするが、特に面白いものもなかったからテレビを消し、スマホを弄り始めていた。そうしてしばらくするとうとうとしてきて、それでもいじり続けようと格闘した結果、記憶がそこから途切れた。
どうやらそのまま寝てしまったらしい。
確かにベッドのそばにスマホは落ちており、スマホの充電量を見るた20%程しかなく、スマホの状態はまるで俺の記憶に異常がないことを証明しているかのようだった。
昨日のはやはり・・・夢?
しかし、嫌にリアルだった。ただの”夢”で終わらせられないような何かがある。ただの夢だったら、こんな現実みたいに事細かに覚えているはずがない。一体なんだったんだろうか。
「おはよー、陽平」
席に着くと、巧が隣の席に無造作に座った。
「はよー」
「元気ねーなー。もっとシャキッとしろって―の」
「うっせー」
変な夢を見たんだ。元気に挨拶できるかよ。
「てかさー、今日の合コンどうするよ?」
「あー、そういえば今日だったっけ」
「お前金欠だから無理かもーとか言ってたからさー」
「んー。どうしよ。行きてーけど、月末まで持つか微妙なんだよね」
スマホゲームをピコピコしながら答える。
「来いって。ぜってえ後悔するぜ?」
「S女子大の子だっけ?」
「そう! かわいい子いっぱいのとこ!! 幹事の子も相当可愛くてさ、これはかなり期待できるぜ俺らみたいなのがお近づきできる機会なんてそうそうねーんだからさ」
「確かになー」
気のない返事をする俺。
「それにお前が来ないとまた他の奴を探さなきゃいけなくなるからさー。ボランティアだと思って、この通り!」
と頭を下げて手を合わせるが、俺は唸りながらゲームをピコピコするだけだった。すると友人はムッとし、俺のゲームを邪魔してきた。悪態をつき、仕方なくゲームを中断する。
「この廃人レベルのゲーオタが!! だから女にモテねーんだよ」
「分かったよ!! 行けばいいんだろ!?」
半ばヤケになって答えた。正直、合コンに来るような女とはお近づきになりたくないが、これも友人との付き合いだ。それに女子とワイワイすること自体は嫌いじゃないし。
「よっしゃ! 陽平ならそう言ってくれると思っていたぜ」
ほんと、現金な奴だな。
「かんぱーい!!」
合コンが始まった。可愛いと噂のS女子大の子たちだが、確かに可愛かった。しかし、皆見事に似たような茶髪に似たような化粧、服の系統も似ているため誰が誰だかわからない。
しかし5:5の合コンと聞いていたのだが、見た所女子が一人足りない。
「あとでもう一人来るってさー」
「ふーん」
どうせそいつも量産したような子だろう。あとから来ようが紛れて誰が誰だか分からなくなる。自己紹介も済ませたが、全然名前がわからん。とりあえずテキトーに相槌を打って早く終わらないかな、と思っていた頃。
「遅くなりました。ごめんなさい」
と言ってやって来たのは黒髪のボブに眼鏡をかけた女の子。ふわりとしたスカートがよく似合っている。その子は申し訳なさそうに、手を合わせて、俺たちグループの元にやって来た。
「愛莉と言います。よろしくお願いします」
緊張しているのか、少し顔を強張らせた笑顔が可愛いと思った。一目惚れだ。
俺は彼女に猛アタックした。すると、彼女のラインをゲットすることができた。
そして、何日かラインのやりとりをしているうちに、お互いゲーマーであることは勿論、好きな漫画もいくつか被っていることが分かった。その為、今度の漫画イベントに一緒に参加することになった。
人生初めてのデートだ。失敗は許されない。友人の巧に女の子が好きそうな店とか色々アドバイスしてもらった。
そしてついにデート前日。時間の確認、持ち物の確認、服装の確認、店の確認、イベントの確認などなどをしており、なかなか落ち着かなかった。その為、深夜3時までは起きていたのは覚えている。だが、気がつくと、再び白いキューブの中にいた。
「なんなんだよ! 夢なら早く覚めろよ!!」
苛立ち怒鳴るが、声が反響するだけで、何も起こらない。仕方なく、前回と同じように壁を触って継ぎ目を探す。が、見当たらない。もう一度丁寧に俺の身長が届く限り感触を頼りに継ぎ目を探すが全然ない。
まさか上の方にあるとか言わないだろうな?
「ふざけんなよ。どうやって見つけるんだよ・・・」
とりあえずやけくそにジャンプしたり、上手く登れないかやってみるが、なめらかすぎる壁のため、全くもって不可能であった。
「どうしろってんだよ・・・」
早くしないとデートに間に合わねえ!!
ふと下に目をやる。すると、継ぎ目のようなのが見えた。まさか下にあったとは! 灯台下暗しだった。早速中を開けると、『梯』と書かれたボタンが。前は『開』だったが、まあいい。とりあえず押してみる。すると、端っこの方の地面から梯が伸びて来た。天井の近くまで伸びている。登って目を凝らすと、天井にまたもや継ぎ目を発見。中を開けると、『開』のボタンが。俺は迷うことなく押した。すると、またもや頭に霞がかり、意識がスゥーっとそこから消えていく感じがした。
「___ぅ平くん?」
気づくと、俺は道のど真ん中で突っ立っていた。愛莉が困惑した顔で覗き込む。
「俺・・・なんで_____っ」
またもや頭に鋭い痛みが走る。すると、愛理と待ち合わせをし、今からイベントに向かう途中であることが分かった。なんなんだ、これは!? 記憶障害の一種なんだろうか?
「陽平くん、大丈夫???」
愛莉が心配そうにしている。いや、今はこのことを考えるのは止そう。せっかくのデートなんだ。愛莉だってきっと楽しみにしていたのに俺が変なこと言ったら台無しになってしまう。考え直した俺は、思考を中断し、デートを楽しむことにした。
_____そして楽しすぎて、再びこういう状態になるまですっかり忘れてしまっていた。
「____っ! またかよ・・・」
段々と上がっていく難易度に若干苛立ちを覚えながらも、何となくクリアのコツは掴めたようで、前回より早く現実に戻ることができた。
これは絶対に異常だ。夢といえば良いのかよく分からないが、月に一回は脱出ゲームをしなければならない夢を見る。しかもさっきまで夢を見ていたはずなのに、普通に生活しているという謎。誰かが俺の体を乗っ取っているようで気味が悪いが、行動が正しく『俺』。痛みとともに流れ込んでくる記憶は、どう考えても俺だった。これは、一種の記憶障害なのだろうか? 病院に行ってみるか? 行くとしても脳外科なのか精神科なのか? どっちだ?
俺は迷ったが、とりあえず馴染みの脳外科に行くことにした。脳外科の先生は人気で予約が取りづらいが、それを鑑みても精神科はやはりイメージ的に行きづらいしな。
「___という状態が続いているんですけど、これって何なんでしょうね?」
馴染みの脳外科医の黒田先生に簡潔に説明した。黒田先生は、真剣に考え込んでいる様子だった。やはり、精神異常か? と思っていると、先生は口を開いた。
「興味深い症例だね。正直、そのような症状は初めて聞いたよ。一応、検査してみようか」
俺はまさか検査してくれるとは思っていなかったので、即答で「お願いします!」と言った。
そして血液検査とMRI、そして脱出ゲームの夢の具体的な内容とそこから目覚めた時の症状を紙に具体的に書くように言われ、なるべく覚えてる限りを詳細に書いた。
「結果は2週間後に分かるから、それ以降に来てね」
紙を提出すると、先生にそう言われた。脳外科でわかることなら万々歳だ。これで精神科に行く必要が無いと良いのだが。
期待して、2週間後に行くが、「ふーむ。最近、ストレスとかある?」と訊かれた。やはり精神的なものなのだろうか。「いや、無いっす」と答えると、「もしかしたらよく眠れてない可能性があるから、この薬、飲んでみなさい」と先生は直接俺に薬を渡した。「眠剤ですか?」訝しみながら、瓶の中のカプセルをじっと見る。「いや、黒田特性栄養満点眠剤だよ」と大威張りでいう先生。
「やっぱ、眠剤じゃ無いですか!」
「いやいや、これはそこいらの眠剤と一緒にしてもらっちゃあ困る。君が偏っている栄養を補完し、しかもすぐに寝て目覚めも良くなる先生特製の薬だよ!」
「そんな自分で適当に調合したもん渡されても・・・」
「適当とは失礼な! 君のためを思って調合したのだよ。騙されたと思って飲んでみなさい。きっと今の症状から緩和されるよ。薬に関してのお代は要らないからさ」
まあ、タダならいっか。金欠貧乏大学生の俺にその言葉は控えめに言って最高だった。検査代結構取られたから、今回金欠なんだよなー。バイト頑張らないと。
早速先生に言われた通り、寝る前に一錠飲むことにした。すると、何やら血色が良いし、寝覚めも最高。頭の回転も速くなった気がする。これは普通に良い薬だ。これであの夢ももう二度と出なければ最高だ。
____と思っていた矢先、また見ることになった。
しかし、今回はいつもの白一色四方壁に囲まれているものと違った。何とホテルの客室のような部屋だった。一瞬、これも普通の夢だと思っていた。しかし、違和感を感じ、頰を抓ったりしてやっとここが脱出ゲームの一種だとわかった。
シンプルなホテルの客室だ。とりあえず脱出の糸口が無いか、色々探る。
扉に手をかけるが、当然のように開かない。暗証番号を入力しないと開かない仕組みみたいだ。ベッドの下や棚などを探ると、パズルや謎めいた文章などが出てきた。まるで俺が暇潰しでやるスマホの脱出ゲームみたいだ。
その要領で次々に謎を解いていく。白一面だった時より、こちらの方が遥かにマシだ。解き甲斐がある。そして扉の暗証番号に辿り着き、入力すると扉が開いた。そして、例の音楽が鳴り、俺は現実に戻された。
「__うぉぉおい!! 何ぼーっとしてんだよ。そんなに悲惨だったのか?」
目覚めると、巧が俺の肩を揺らしている。悲惨? 何のことを言っているのか、訊こうとした瞬間、一気に記憶が流れてきた。前のような頭痛はない。どうやら俺は定期試験を受けた後だったようだ。
そして、驚いた。あれから3日経っていたのだ。前は長くて半日ほどだったのに。ゾッとしたのと同時にほっとした。何故なら、俺自身は試験を受けずに試験を受けることができたからだ。試験を受けるくらいなら、あの脱出ゲームをやっていた方が断然良い。しかもあの不快な頭痛は無くなったのだ。それほど重大な問題とはこの時は思っていなかった。
段々と段々とこの症状は俺を蝕んでいき、気づいた時には1週間に5日ほどは俺自身の意識はあの脱出ゲームに捉われるようになっていった。これは平均であり、一度1ヶ月に2日しか意識がなかったこともあった。
これは異常だ! 俺は直様黒田先生の予約を取る。だが、診察時に俺自身の意識があるとは限らない。1ヶ月以上先の予約しか取れないが仕方がない。どうかこのまま意識があることを祈るが、結果は残酷である。またしても脱出ゲームに招かれてしまった。
この脱出ゲームは段々とグレートが上がって行き、今では宮殿の内部のように広く豪華になっている。このサイズの脱出ゲームは本当に時間がかかる。俺はテキパキと探索をしていく。効率よくしていくが、難易度も上がっており、易々と解くことができない。今までで一番時間がかかった。正直、病院の診察は諦めた。多分、1ヶ月は俺の体は何かに乗っ取られる羽目になっているのだろう。しかし、解くことを諦めてはダメだ。それだけ長く現実に戻れないことを意味するからだ。やっとの思いで扉を開くための謎を解く。すると、ゲームクリアの音と共に「今までありがとうございました」という声が初めてした。もしかして、これで永遠にこのゲームをやらずに済むのだろうか? 俺は胸に期待を膨らます。そして俺の意識はスゥーっと消えた。
____おっ。例の患者がまた来たようだ。僕は直様彼を呼んだ。
「木下さん。木下陽平さん」
ガラガラと扉が開く。
「お久しぶりです。黒田先生」
彼はいつもの感じで挨拶をする。
「今回はどういう感じかね? まだ前回のような夢は見るのかな?」
「はい、先生。そして、最後の夢が終わりました。試験番号A -1278は木下陽平の意識を支配下に置くことができました」
木下陽平___否、A -1278が答えた。
「本当か!?」
僕はついに前のめりになり、まじまじと彼を観察する。やっとこの時が!
僕は生きた人間をそのまま再現する方法と感情のあるAIの作り方をずっと考えてきた。これが実用されれば死んだ人間をそのまま再現することもできる夢のような技術である。だが、倫理観がどうのこうので周囲から反対を受け、援助もままならず成功するのに時間がかった。AIをナノウイルス化し、患者で来た人々に薬と言って点滴袋に注射器で注入。すると、点滴でゆっくりと注入されたAIが脳に住みつく。最初の1〜3ヶ月は神経系にウイルスを広げながら、宿主の思考回路や感情を学習。そして徐々に宿主の行動を学習した後、宿主のピンチになった時の思考回路や感情を学ぶための独自行動をAIが行う。木下君の場合は脱出ゲームだったが、人によっては人質を助けるゲームだったり、敵を殲滅するゲームだったりと様々だ。そのようなことをして、生きた人間の行動を完璧にトレースし、感情のあるAIを作り出すことを目標としていた。しかしこれが前途多難。全く再現できていなかったり、AIナノウイルスが体の防御反応で駆逐されてしまったりした。
木下君の頭痛もそのような反応の一つだったため、急遽ナノウイルスの栄養となる薬を与えてみた。すると、どうだ! このように成功した!!
僕はつい涙を流した。
「先生、大丈夫ですか?」
木下君、もといA -1278が心配そうに尋ねた。AIが心配までできるとは! 完璧だ。AI自身に感情を学ばせることで、今後のAI研究をも進めることができた。この技術を応用することで、AI自身の感情を作り出すこともできる! この研究は偉大だ!!
「ああ、大丈夫だ。つい感極まってしまってね・・・。今後は毎日その日の出来事をこちらのメアドに報告してくれ。そして週一に僕の検査を受けること。それ以外はしばらく『木下陽平』として人生を送ってみてくれ」
AIが普通に人生を送ることができるか。次の僕の実験はこれが主になる。早急にサンプルを増やさなければ。そしてこの件を学会に論文を報告し、今まで小馬鹿にしてきた奴らを見返してやる!!
脱出ゲーム 久遠海音 @kuon-kaito
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます