狐狸ないはなし

肉球工房(=`ω´=)

狐狸ないはなし

 昔むかしあるところに、ひどく年老いた古狸と雌狐がいた。長く日月の精を受けたおかげで不可思議な術を能く使い、種族的な特性からか、特に変化の術を得意としていた。似たような特殊能力を持つ二匹は、たまたまほぼ同時期に近隣に生まれたということもあり、なにかというと競い合うのが常だった。

 化け比べをしたり、二匹で共同して近くの村の衆をたばかったりと、それはもうやり放題。近くの村の衆たちにとってはいい迷惑であったが、かといってたかだか二匹のいたずら者のために大がかりな山狩りをする気にもなれず、仮にしたとしてもなにかと機転が効くあやかしに通常の村人が対抗できる術があるとも思えず、度重なるいたずらに苦々しく思うことはあっても、結局はなにも手を下せないまま座視するしかなかった。


 一方、古狸と雌狐の方はといえば、こちらはこちらで長すぎる生に飽きて、いささか持て余し気味になっていた。基本的に、山の中は単調な野生の世界。古狸と雌狐のように、弱肉強食の理から抜け出てしてしまった存在にとっては、百年一日。

 あまりにも変化がない、単調な繰り返しの日々でしかない。

 そうした退屈もあって、ときおり近くの村に降りて村人たちをからかってみたりするわけだが……それについても、ここまで繰り返してみれば、いたずらに対する村人たちのリアクションがあまりにもパターン化してきたので、仕掛ける側としてはイマイチ面白くはない。

 要するに、この二匹は、またそぞろ退屈を持て余してきていた。

「ねえ、あんた」

 ある日、あるいは、ある晩。

 雌狐が古狸にはなしかける。

「また、化け比べをしてみない?」

「また、か?」

 古狸の返答は、あまり芳しいものではなかった。

「もう何度も試みたじゃないか。

 結局は、勝負つかずで終わるんだ。無駄な働きはなしにしておこう」

「確かに、もう何十回、何百回と繰り返しているけど……」

「全部、決着がつかなかったな。

 大樹や大岩に化けたときは、何百年もそのままじっとしてい続けた。

 雷にうたれそこなっていなかったら、今でもその場にじっとしていたことだろう」

「お互いに化けあったこともあったわねえ」

「今だにおれは、今のおれが雌狐が化けた古狸なのか、それとも元から古狸であったのか、容易に区別がつかん。

 結局のところ、化け比べというものは、だな。

 公正無比な審判役を立てなくては、まるで意味がないのだ」

「つまり、適切な誰かに審判役を押しつけられるのなら、化け比べをしてくれるのね?」


 そんなわけで、翌朝、村はずれにある寺の小僧が朝の勤行を終えて和尚を起こしにいくと、和尚は三人になっていた。

 その衝撃は最初は寺の人々に、次に村人たちへ広がった。

「こりゃあ……例によって、古狸と雌狐の仕業ではねぇか?」

「他になにがあるだ?

 この三人の中から、本物の和尚様さを見つけだすのがまずは先決だべ」

「だが、どうやって?」

「頭のひとつもどついてやれば、尻尾のひとつも出すんでねえか?」

「このうちのひとりは本物の和尚様だで。

 そったら罰当たりなこと出来ねーだ」

 急遽寺に集まった村人たちが、わいのわいのと口々に勝手なことをいいあって騒ぎ出す。

 なにしろ、三人の和尚は、どこからどうみても寸分違わぬ身。

 誰の目からみても、まるで見分けがつかなかった。

 長年に渡り和尚の身の回りの世話をしている後家さんにも詳しく検分して貰ったが、誰が本物の和尚なのもはまるで判断が出来ないほどだ。

「まあ、まあ。

 皆の衆、落ち着いて」

 ひとしきり意見が出尽くした頃合いを見計らって、庄屋が当面の妥協案を提示する。

「ここにいる誰にも本物の和尚様が見分けられない。

 まずこれに、間違いはないな?

 では、仕方がない。このまましばらく、和尚様には三人でいて貰うことにしよう。

 こういってはなんだが、和尚様もいいお年であることだし、むしろこれを奇貨として普段のお勤めを三人で分担して貰うくらいのつもりでちょうどよいのではないのか?

 なに、長く過ごすうちに、やつらも飽きるかなにかつまらないことで尻尾を出すこともあろう。

 こちらにしてみれば、急いで白黒をはっきりさせなければならない理由もない」

 村人たちはそれからもしばらく、やいのやいのと話し合いを続けてみたのがが、結局は庄屋のいうことに従って、しばらくはこのまま様子を見ることにした。


 それからまた平穏かつ平坦な日々がまたそぞろ、続くわけだが……その平穏も、すぐにあっけなく破られることになる。

 あれほど壮健に見えた庄屋が、風邪をこじらせてあっけなく亡くなってしまったのだ。

 なにしろ遣り手で近隣にも分限者として知られた庄屋の葬儀である。

 通常の葬儀とは違い、かなり遠方からも弔問客たちが押し寄せてくる。

「はあ。

 この村の和尚様は、いつの間に三つ子になっただか?」

「馬鹿いうでねえ。

 本物の和尚様、あのうち、ただお一人。

 残りは、どうやら古狸と雌狐が化けておるらしい」

「ああ。あの、いたずら者たちかぁ!

 なるほどのぉ。

 化けるとは聞いていたが、ここまで見事だとは……」

「庄屋さんほどの分限者ともなれば、三人分の読経で送られるのもよかろうということになってな」

 何故か、村人たちのいい様は、どこか自慢げでさえあった。

「待て、待て」

 これに異を唱えた者がいる。

「畜生の読経で仏が無事成仏出来るものか」

 平素から庄屋とやり取りをしていた、役人であった。

「だけんども、お役人様。

 やつらの化けっぷりがあまりにも見事なもんで、どうにも本物の和尚様と見分けがつきがたく……」

「それについては、拙者にも考えがある。

 試しに、こちらの三人の和尚様に参禅していただこう」


 特に反対する声が挙がることもなく、役人の進言はすぐに実行に移されることとなった。

 村人たちや弔問客たちが見守る中、そっくりな三人の和尚たちが並んで座禅を組みはじめる。

 しばらくすると、どうしたことだろう。

 そのうち二人の和尚の姿が徐々に薄くなっていき、ついには、完全に消え失せてしまった。

「こりゃあ……」

「……一体なにが、どうなってんだか」

 仰天する村人たちとは違い、役人ひとりが妙にわきまえた顔をして頷いている。

「変化の術とは、つまるところ心底から化ける対象に成りきるものと聞く。

 参禅して無念無想となれば、まさしくそのまま無に変化してしまうことだろう。

 そのように考えたわけだが、どうやらうまくいったようであるな」

 役人の説明を聞いてみたものの、村人たちはどうにも釈然とするものがなく、今ひとつ、腑に落ちない心持ちを感じたままであったそうだ。


 それこそ、狐狸のたぐいに化かされたような気分になった、という。

 どっとはらい。 

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