default.7【 手作り弁当と石田君 】

 ある日、僕の席にお弁当が置いてあった!

 学生食堂の一番奥の窓際、二人掛けの席が僕らの指定席なのだ。

 友人の石田君は身長185㎝、スラリと長い脚、眉目秀麗、頭脳明晰、多趣多芸、お茶も点てれば日舞も踊れる。まるでアニメのイケメンキャラみたい、大学の腐女子たちの間で石田君は、まるで教祖様のようにあがめられている。

 ――そして僕と彼はBLカップルだと思われているのだ。

 あくまで彼女たちの妄想なのだが、BL小説や乙女ゲーで汚染された脳みそに、僕らが理想のカップルとして公認されている。

 それというのも女嫌いの石田君がいつも僕といるせいで、そんな風に勘ぐられてしまった。だけど僕はノーマルだし、女の子の方が断ぜん好きだし、石田君とはただの友だちなんだし、この誤解はいつか解きたいと思っている。――でないと、彼女ができないじゃん!

 僕らの指定席、通称『BLボックス』には誰も座らせないため、腐女子たちが見張っているらしい。テーブルに一輪差しの花が飾られ、それぞれの名前がランチマットに刺繍されている。

 お弁当は僕のランチマットの上に置かれていた。

 いつも185㎝の男の影に隠れて、目立たなかった僕にもファンがいたなんて! これぞチャンス到来! 

 わくわくしながらお弁当を開けたら、そぼろご飯と肉巻きアスパラ、唐揚げ、玉子焼き、チーズ蒲鉾かまぼこ、ミニトマト、デザートに可愛いうさぎりんごが入っている。

 全部僕の好物だった、これは冷食なんか使っていない100%手作りのお弁当だ! 感激した僕はスマホで写真を撮りまくり、お母さんに『今日は家のお弁当いらん♪』と写メまで送った。


「なにやってんだ?」

 石田君が学食のラーメンを持ってやってきた。

「見てくれ! 手作り弁当貰ったんだ」

 食べる前に自慢しようしたら、フンと小馬鹿にしたように鼻を鳴らされた。

「手作り弁当っていうのは食べる人を限定して作るわけだ。ヘンに想いが込められてる分、何が入っているか分からない。それだけに怖い、気持ち悪い。知らない人間が作った弁当なんかよく食えるもんだ」

 その言い方がしゃくに障ったが、僕だけ手作り弁当を貰って悔しいだろ? フフンと優越感の笑いを浮かべる。

「込められてるのは、僕への“ ”なのさ」

 肉巻きアスパラを食べようとした瞬間、「ダメ~~~!!」と叫びながら女の子が走ってきた。「石田様のために作ったんです。席を間違えました」と僕から弁当をぶんどった。 

 えぇーっ? 箸の先から肉巻きアスパラがポロリ落ちた。

「石田様、どうぞ!」弁当を石田君に向けて差し出す。

「要らない。持ってかえれ」

 そういうと石田君はラーメンをすすっている。泣きそうな顔で、その子はすごすごと弁当を持って立ち去っていく。

 ああ~手作り弁当が……ショックのあまり僕は茫然とそれを見ていた。


 二時間後、母からメールの返信がきた、オカンメールはいつも反応が遅い。

『人のお弁当を食べたらダメでしょう(笑)』

 なんでお見通しなの? 一部始終みてたの? うちのお母さんは千里眼だぁー!!


 翌日、僕が『BLボックス』で弁当を食べていると、石田君が大きな風呂敷包ふろしきづつみをドンとテーブルに置いた。

 しばし箸を止めて、そこから何が出てくるのか見ていたら三段の重箱だった。なんだこりゃ結婚式の引き出物か? 花見弁当? 桜のシーズンでもないのに……。

「今日は俺もお弁当を持ってきた」

 いつも学食の石田君にしては珍しい。

「なにそれ? ずいぶん大きなお弁当だね」

「うん。好物を詰めて貰ったんだ」

 僕に向って満面の笑みで石田君がいった。

「うわっ! もしかして女の子から手作り弁当か?」

 その質問に石田君は露骨に嫌な顔をした。 

「早く、弁当の中身を見せろよ」

 僕がせっつくと、ゆっくりと風呂敷をたたんでいる、なんか勿体つけやがってイケスカナイ奴めぇ~。さっさっと見せろっつーの!

 ジャーン! 石田君の擬音付きで開けたフタから見えたのは!?

「はぁ?」

 一瞬、僕の目がになった。

 なんとそこに詰められていたのはおはぎだった。二の重にも、三の重も全部おはぎだらけ……。

「俺のお弁当うまそうだろう」

「いやそれは……」

《石田君、それはお弁当じゃなくて……》と言いかけて止めた。もしも、そんなことを言ったら、『おまえの価値観で、俺の弁当にイチャモンつける気か!』と怒られそうだから――。

「今朝、お祖母さんがおはぎ作ったからお弁当に詰めて貰ったんだ」

 超甘党の石田君は、大好きなお祖母ちゃんが作ったおはぎを次々に平らげていく。いつも不機嫌な顔の石田君から想像できないほど幸せそうな表情だった。

「あっ! おまえもひとつ食う?」

 急に箸を止め、石田君がおはぎを勧める。

「いいえ、遠慮しときます」

 こんな貴重なおはぎを迂闊うかつに食べられない。想いが込められ過ぎて胸やけしそうだ。

「そうか……」

 残念そうな顔をした石田君が「うわっ!」と突然大声で叫んだ。ビックリした僕があんぐり口を開けたら、「おひとつどうぞ」おはぎを詰められた。

「にゃにほするんにゃあ~?」

 口いっぱいのおはぎで喋れない僕を指差し、石田君が大笑いしてる。

 二人のこのシーンを見てた腐女子たち、歓声と同時にカチャカチャとスマホのシャッター音が鳴り響いた。

 や、や、止めろ―――!!

 こんな仲睦なかむつまじい写真撮られたら、いよいよBLカップルだと思われるじゃんか。

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