default.6【 映画に出演する石田君 】
「今度、映画に出演するかもしれない」
大学の食堂でハーゲンダッツのグリーンティーを食べながら、石田君がぽつりと呟いた。
その言葉に僕の耳が大きく反応した。えっ、えっ、何だってぇ~!? ついに芸能界も長身和風イケメンの石田君に注目したのか。
そういえば、先日Twitterに『いけすかない奴』と石田君の写真を載せたことがあったが、あれを見たのかな? そうだとしたら情報社会は怖ろしいな。
「映画のプロデューサーが、茶道やってる若い男はいないかって、おばあちゃんのところに問い合わせがきて……それで俺に白羽の矢が……」
ぜんぜん嬉しくない顔でいう。
「それで石田君は映画の出る気?」
「ハーゲンダッツのグリーンティ箱買いしてくれるって、おばあちゃんが言うからで出てもいいかなあーって……」
映画に出演する理由がアイスだったとは、こいつはお子ちゃまか?
「で、どんな役なんだよ」僕が訊ねると、
「お点前するだけさ。台詞もないし、お茶を主演女優に渡すだけ」
「その主演女優って誰さ?」
「え~と、
「氷室まゆり!?」
思わず僕の喉から奇声を発した。
今一番売れてる美人女優で演技力も高い。国民的ドラマのヒロインでお茶の間の人気者だ。そんなビックな映画に出られるなんて……羨まし過ぎて石田君の喉を絞めたくなった。
映画の撮影所に石田君の付き人という肩書で連れてきてもらった。
初めて見るスタジオには映画監督やカメラマン、出演する役者たちがいる。まさに作り手たちの活気がみなぎってる。
今、セットの茶室の中で石田君がお茶を点てて、女優の氷室まゆりに手渡しすシーンを撮っている。撮影中は覗けないが、あのいけすかない男がまゆりさんをゾンザイに扱わないか心配なのだ。
もし石田君が芸能界入りしたら、この僕がマネージャーになってやる!
あの偏屈男を扱えるのは僕しかいないと自負してる。甘いものが切れると機嫌が悪くなるので、時々口にキャラメルを放り込んでやる、持病の偏頭痛が起きたらロキソニンの錠剤を渡す、石田ライオンの調教師はこの世に僕しかいない。
そうなったら、可愛いアイドルとお近づきになるチャンスがあるかもしれない。僕の頭の中で桃色の妄想が膨らんでいく――。
「カーット!」
スタジオ内に監督の声が轟いた。どうやら撮影が終わったようだが、一発でOKなんて、さすが石田君だ。セットの茶室から役者たちが出てくる、氷室まゆりと石田君が寄り添って出てた。
今日の彼はおばあちゃんが選んだ大島紬を粋に着こなしている。まゆりさんに気に入られたようで、やたらと話しかけられているが、石田君はムスッと不機嫌そうな顔だ。
あんな美人に話しかけられて、なぜ不機嫌になれるのか、僕には石田君のメンタルが理解できない。好物のスイーツの前だと相好を崩す男が、まゆりさんが話かけているのに「
石田君の女嫌いときたら重症だ。どこかに治す薬は売ってないかしらん?
スタジオの中で僕の姿を見つけると「おいっ! 帰るぞ」石田君の声が飛んできた。まゆりさんを無視して、こっちへ歩いてくる。
えっ、もう帰るのか?……映画を撮影してるところをもっと見たかったのにガッカリだ。その時、別のセットで撮影準備をしていた助監督の声が聴こえた。
「監督! 今日くる予定のエキストラが一名足りません」
「カフェのシーンか? お客役のエキストラだったなあ、誰か代わりはいないか」
その言葉に僕の耳が反応した。
「はい! 僕にやらせてください」
その声に監督が僕の方を向いて「君は?」と訊ねた。
「石田君の付き添いです」
監督は僕を上から下までじろじろ見て、「まあ、君でいいだろう。服装も今どきの若者風だし、テキトーに存在感が薄いのがいい」
はぁ~?《存在感が薄い》それって、褒め言葉なの?
カフェで人待ち顔でスマホをいじる若者、それが僕の役だ。
氷室まゆりの方を見ないように、さりげない演技でよろしく。と監督の指示があった。お任せ、高校時代に三ヶ月ほど演劇部に在籍していたこの僕だ――。
さりげない演技で、人待ち顔の若者か、う~ん……誰を待っているんだろう。女の子かな? 恋人かな? イメージしてたら石田君の顔しか浮かばなかった。トホホ……。
カメラは氷室まゆりを撮っている、後ろの席でスマホをいじってる僕の顔も映るだろう。映画に僕が映るんだ!
友人、知人、親戚一同に『映画に出演する』と触れ回った!
半年後、氷室まゆり主演の映画がオンエアされたが……カフェのシーンでは観葉植物の葉っぱのせいで僕の顔が隠れてしまって、手とスマホしか映っていなかった。グヌヌ~!
それに引き替え、茶室のシーンでは石田君の顔デカデカと映し出されていた。その後、お茶メーカーからCMのオファーがわんさかきたらしい……。
コンチクショー! でも僕は石田君をやっかんだりしてません。
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