閉幕


「ようやく退院できたな。あー、長かった」


「長引いたのは、ノクトが大人しく治療を受けないのが原因ですが」


 そういって王都にある大病院から逃げ出す――もとい退院を果たしたノクトと、それに付き添ったフィーユがいた。

 結果的に言うと、竜を倒して〈ヴリュンヒルデ〉へと帰投したノクトは、その場で気を失って倒れてしまったのである。

 そもそもあの時点で本来ならば戦っていられるような状態ではなかった。元々ヨトゥンとの戦いで死にかけていたのだ。全身打撲に数えるのが阿呆らしくなるくらいの内出血箇所が多数。さらに肋骨は三本折れ、二本は罅が入っていた。揚句折れた骨の一部が内蔵を痛めており、それをヴィレットの簡易治癒でどうにか安静にしていれば問題ない程度には持ち直した。

 だが治療も途中で放り出したあとのデルムッドとの戦いで怪我は元通りになり、そんな状態の身体で音速飛行をする騎竜艇で空を跳び回ったのだ。普通なら十回近く死んで御釣りがくるだろう。それほどまでの重傷だったのである。


「治癒の響律式がこの世に存在しなければ、良くて全治一年だそうです。悪ければ死亡通知だったそうですが」


「先人の努力に感謝しよう。医学の進歩に乾杯」


 フィーユの苦言に軽口で応じながら歩き出す。その隣を、当たり前のようにフィーユが並んだ。

 いつも通りに、互いを伴って二人が歩く。


「さて、さっそく『ノルンの泉亭』に行くとしようぜ。病院食はもう飽きた。がっつりとしたものが食べたい」


「貴方は相変わらずですね」


「そうそう簡単に人が変わってたまるかよ」


 フィーユの皮肉に鼻を鳴らして一蹴するノクト。そんなノクトをじっと見据え、やがて――フィーユはゆっくりと言った。


「ノクトは、私がなにであるかを知っていたのですか?」


「《神器》のことか?」


「はい」


 逡巡なく頷くフィーユに、ノクトは肩を竦めて見せる。


「答えはイエスとノーだ。その名前自体は知っていたが、それがお前のことだってまでは知らなかった」


 まあ、それは半分嘘だが。

 三年前に地上の遺跡で初めて出会ったとき、フィーユは目覚めると同時にあの場にいたヨトゥンたちを何処からともなく顕現させた大剣で、一刀の下に殲滅したのである。

 そのすぐ後に気を失ったフィーユが、次に目を覚ましたときにはそのことすら覚えていなかったのだ。だからあのとき顕現させた剣がなんであるかも、それが《神器フィーユ》の持つ特性であるとは知る由もなかったのである。

 まあ、それを今更教えても意味がないから、一生口にすることはないだろうけど。

 そんなことを考えていたノクトに向け、フィーユは僅かに躊躇ったように眉を寄せ――やがて覚悟を決めたかのように言った。


「ノクト。私は、私が『何』であるかを思い出しました」


「ふむ」と、大して興味もなさそうに眉を寄せる。実際、そこまで興味はなかったが、それでも彼女の言葉に耳を傾ける姿勢だけは見せる。

 そんなノクトに、フィーユは告白する。



「私は――人型の《遺神具》です」



 ――正直な話。

 だろうな、とは思っていた。三年前からそうでないかとは思っていたが、本人の口からそう告げられ、想像は確信へ変わる。


「人間を素体に生成された、様々な武器の情報データを組み込んだ生命。契約者と同調リンクすることで、神話に連なる武具へと姿を変えて、契約者に戦う力を与える――そういう《遺神具》。それが私の正体です」


「ああ……うん。なるほどな」


 彼女にしては非常に珍しい、沈痛な面持ちで告げるフィーユの言葉に、ノクトは曖昧に頷くだけ。じっと押し黙ってノクトを見つめるフィーユに対して、ノクトはポリポリと頬を掻いてから、


「……それだけか?」


 と、問うた。

 瞬間、フィーユが目を丸くする。が、すぐに首を縦に振って見せた。どうやら、もう言うことはないらしい。


「なら、さっさと行こうぜ。腹減って仕方がないんだ」


 あっけらかんと告げたノクトに、エルは理解が及ばないといった様子で目を瞬かせ、暫しの沈黙ののち――恐る恐るという様子で尋ねた。


「……捨てようとは思わないのですか?」


「はあ?」


 言葉の意味が判らず、ノクトはしかめっ面で首を傾げる。そんなノクトに、フィーユは言う。


「私は、人間ではないのですが?」


「あー……」


 そういうことか、と納得した。つまりこう言いたいのか。

 人間でない自分と一緒にいる気か? と。

 あるいは、人間ではない自分を捨てないのか? そういうことなのだろう。


 ――莫迦らしい。


 率直にそう思った。


「莫迦言ってないで行こうぜ」


「答えになっていません」


「今更必要な話か? それ」


 溜め息を吐いて、ノクトはやれやれとかぶりを振った。


「お前はおれの相棒だろうが。解消した覚えはないし、今のところ、今後もおれから解消する予定はねーよ」


「これでよろしいですか?」そう言い終えて、肩を竦める。

 見れば、フィーユは頤に指を当て、暫し考えるように目を伏せていた。

 そして、待つこと一〇秒ほど。

 フィーユがようやく目を開き、ノクトを見て、


「では、そういうことにしておきましょう」


 そう答えた。

 つまり、それは今のところ納得がいった――そういうことなのだろう。


「もういいか? なら行こうぜ。そろそろマジに限界だ」


 言って促す。実際問題、そっちもほうが重要だった。立ち止まることを止めて歩き出したノクトの隣に、やはり当たり前のようにフィーユが並ぶ。


「そうですね。死にそうな顔をしています」


「笑えねーよ」


「笑っているじゃないですか」


 その通りだった。

 そして、そう言ったフィーユもまた、薄らと、だがはっきりと笑みを浮かべていた。

 そう――


 自分ノクトと同じように。

 人間と同じように。


 ならそれでいいじゃないかと、ノクトは思った。




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