幕後
後日談。
というほどでもなく、『冥装』と『ブロート』。そして『大樹の実り』に加担したカイン・ダランによって起きた竜の騒動からわずか五日後。
エルはメリアとヴィレットを伴い、ある場所に向かっていた。というのも、何の変哲もない、軍人用に設けられた墓地である。
騎竜艇などに乗って空を飛び、空禍と戦うことが多い騎士たちが死んだ場合、その大半は死体すら残らない。
故に、殉職の報告があった者の墓は此処に建てられるのだ。長い年月――建国以来存在し続けるが故、其処に存在する墓の数は相当数である。特に先の戦争でその数は一気に増したのかもしれない。
当時はまだ幼かったがために、そのことを覚えていないが……現在此処にある墓は十数万、実際の殉職者の数はそれを遥かに超えるらしい。
生きる限り、人は死ぬ。
それは定められた運命だ。生まれた以上、いつか訪れる必然。だが、その必然の中に殉職するということが含まれるのか、エルには判らなかった。
そんなことを考えているうちに、目的の場所に辿り着く。墓所の片隅にぽつんと……周囲の墓から離れた場所に設けられた小さな墓石。
カイン・ダランの墓である。
その墓の前に立った三人は暫しその前で黙祷を捧げた。そして少しの間の沈黙の後、エルはヴィレットを見る。
「……これで良かったか?」
「はい。ありがとうございます」
カインの墓を建てることを願い出たのは、ヴィレットだった。カインの死後をどう処理するか悩んでいたエルに、彼がそう提言したのである。
流石に他の殉職者と同じような扱いはできなかったが、国を裏切り、かつて戦争を引き起こした組織に加担した男への手向けとしては充分すぎるものだろう。
「私は今でも反対ですよ」
渋面しながらメリアが言った。何処か不貞腐れた様子の彼女に、エルは苦笑と共に言う。
「もう遅いぞ。そもそもことが済んでから文句を言うのは卑怯者のすることだと思わないか?」
「どうせ愚痴ですよ。お気になさらず」
溜め息を吐くメリアに、エルはからからと笑った。エルを挟んだ反対隣りで、ヴィレットもまた口元に微かな笑みを零している。
そのヴィレットが、思い出した様子でエルに問うた。
「ノクティス・リーデルシュタインはどうしているのです?」
「病院にふん縛ってきたが……正直なところ、大人しくしているとは思えないな」
思い出すように虚空を見上げたエルを見て、メリアはやはり溜め息を吐いた。
「……戦響技使いで神律印持ち……何処まで規格外なんですか、あの男は」
そりゃ手元に留めておきたくなりますよね、と半眼で零すメリア。しかし、エルはその言葉を否定するようにかぶりを振る。
「それもあるが、実際はもっと違うよ。メリア」
「というと?」
尋ねたのはヴィレットである。どうやら興味が湧いたらしい。エルは仕方ないという風に肩を竦めてから、つらつらと語り出す。
「十年前の小競り合いに始まり、ついには戦争にまで発展したあの――響律戦争。あの戦いを終わらせたのが、当時王国士官学校の生徒であったことは知っているか?」
「はい。そしてその事実は、当時騎士団を始め、健在だった王によって情報規制されたと聞き及んでいます。面目が丸つぶれだったのでしょうね」
ヴィレットらしからぬ皮肉の言葉に、エルは「その通りだな」と笑った。
「その生徒の内、数名が行方不明扱いになっている。そのうちの一人に、ノエシス・リーデルシュタインという者がいた。当時士官学校に在籍していた我が姉――第一王位継承者であった第一王女の、なんと恋人とされている男だそうだ」
「……姫様の放蕩は血筋か何かですか?」
呆れ顔で茶々を入れるメリアに、エルは「かもしれんな?」と苦笑で応じる。
「ノエシス・リーデルシュタイン……では、ノクティス・リーデルシュタインは」
「単なる同姓なのか、縁者なのかは知らない。確かめていないからな。そもそも戸籍情報はあの戦争で殆んどなくなっているから、確かめようがない」
「本人に聞いてみるのは?」
「それが出来たら苦労はしない。そもそもあの男、戦前のことはなにも覚えていないらしいぞ。記憶喪失らしい」
「胡散臭いですね」と、メリアは眉を顰めて見せたが、本人がそう言う以上、それ以上の追及は不自然になる。
「まあ、そういう経緯もあって、私はあれを手元に置いておこうと決めた。いろんな意味で希少だしな。それに――」
エルはそこで一端言葉を区切る。そして徐に空を見上げた。真っ青な――気を抜くと吸い込まれてしまいそうな蒼穹を見上げ、エルは言う。
「もしこの先、この
「――だから、行動を共にするのですか? 共にその大事へ臨むために?」
言葉の先を引き継ぐように、メリアが苦笑と共にそう問うた。対して、エルは大仰に、はっきりと意を決するように頷いて見せる。
「そうだ。なんだ? 文句でもあるのか?」
「いいえ、お供しますよ。姫様がそう望むのであれば」
「自分も同道させて頂きます。もしそのようなことが起きるのであれば、この目で確かめないのは……実に惜しい」
そう言ってため息を吐いたメリアと、微笑を浮かべたヴィレットを振り返り、エルは僅かに目を瞬かせた後……ふっ、と微笑を浮かべた。
「では、ついてきてもらうぞ。二人とも」
『
そう声を揃え、二人が敬礼する。その姿を見て満足げに頷くエルは、ふと視線を眼下に広がる王都へと向けた。
さて、そろそろ逃げ出す頃だろうか?
そう思って、エルはノクトのことを考えた。
先ほどまで話の中心にあった男は、今――
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