Ⅲ
どさり……
何か重い物が倒れる音が鳴った。それが『黒騎士』を取り囲んでいた同胞の一人であることに気づいたのは、『黒騎士』の背後で響律式を構えていた一人が倒れるのを見てから数秒を要した。
その間にもう一人倒れる。『黒騎士』を包囲していた後ろががら空きとなった。
そこに至ってようやく、影は自分たちが襲撃されていることに気づく。
――拙い!
本能の警鐘。同時に『黒騎士』には仲間が――たった一人、相棒がいたことを思い出す。
影は目の前に立つ『黒騎士』目掛けて引き金を引く。だが、そこにはもう『黒騎士』の姿は何処にもなかった。
それ自体が爆炎のようなマズルフラッシュが咲き、人の頭ほどある砲弾が轟音を引き連れて射出されるが、むなしく空を穿つだけ。
若干遅れて、二度の銃声が鳴った。『黒騎士』の銃撃である。
砲筒の射線上から逃れた『黒騎士』は、先ほど放棄した漆黒の銃を拾い上げると、すぐさま自分に向けて響律式を構えていた者の内、二人を撃った。
頭部と股間。それぞれを正確に打ち抜かれた二人が鮮血を巻きながら吹き飛ぶ。
一人は顔面を潰されて声もなく絶命。もう一人は断末魔を上げ、夜明けの光に抱かれながら屋根から転げ落ちていく。
「殺れっ!」
此処に来てようやく影は声を上げた。悲痛にも似た怒声。自分の判断の遅さが同胞を殺した――そう思うが故に悲痛と悲愴が絶叫となり発せられる。
影の声に応えるように、残っていた同胞たちが一斉に『黒騎士』に向けて響律式を発動する。
だが、当たらない。迫る炎弾を『黒騎士』は難なく躱した。正直なところ、術式の階位としては下位の《火弓矢》が騎竜艇に騎乗して、音速下で空中戦闘を行うことを旨とする騎竜艇乗りには通用しないと思っていたが、想像を裏切らない現実に嫌気が刺す。
あたかも
弧を描く曲刃が、鞘走りと同時に僅かに鳴動する。唾飾り代わりの機械部が明滅――刀身が僅かに光を帯びた。
――
武器に特殊な指揮甲を組み込むことで、特定の術式を武器に宿した兵器。様々な術式を組み込み、それを装備者の意思で使用選択をする指揮甲とは異なり、響律武装の術式は使用動作と連動するものが多い。
『黒騎士』の持つ響律武装は剣の形状。つまり、そこに備わっている術式は単純明快。
恐らくは
剣を振る動作に連動して術式を発動する――いわば斬撃を強化する術式。《火弓矢》と同じく、響律式の知識を持つ者ならだれもが知っている有り触れた術式。
だが、それ故に単純な響律式は強い。無論その威力や効力は、術式を設定した技術者の腕に左右されるが、影の手に入れた情報が正しければ、この『黒騎士』の装備は一級品――それも高名な響装技師によるものらしい。
『黒騎士』が剣を振るった。目にも留まらぬ凄まじい剣捌きで、躱しきれないと踏んだ四本の《火弓矢》を迎え撃つ。
《火弓矢》と《斬撃刃》。
二つの術式を形成する響素が衝突。互いの術式を形成する響素を喰らうがためにぶつかり合い、反発し合う。
響素は『指向性のある意識・思考に呼応して現象を引き起こす』もので、それによって生み出される術式が響律式である。
つまり、二つの術式が衝突した場合、その術式を形成した意志が強いほうが勝る。
この場合は《火弓矢》を放った同胞の『敵を燃やす』という意志と、『黒騎士』の剣を振る際に生じた『《火弓矢》を斬る』という意志。どちらかより強いほうが相手の響素が形成する術式を破壊し、構成する響素を奪うのだ。
文字通りの喰らい合い。
そしてその勝敗は、同胞の放った《火弓矢》が消滅したことで明確となる。
《斬撃刃》の剣舞が《火弓矢》を喰い散らす中、しかし肝心の剣を振るった『黒騎士』はそれを別段誇るでもなく、ただ微苦笑しながら肩を竦めていた。
右手に握った剣を肩に担ぎ、左手で握った銃の銃口をしかとこちらに向けて、『黒騎士』は言う。
「響律式の使えない相手に対して響律式で畳み掛けるとは……嫌味が効いてるな。まるで子供の虐めみたいだ。人のできないことをこれ見よがしにやってのけて楽しいか?」
「それを容易く凌いでみせる貴様のほうが、まるで存在自体が皮肉のように見えるぞ。『黒騎士』」
砲筒の銃口を『黒騎士』に定めながら影が言う。その周囲では、まだ倒されていない同胞たちが新たな響律式を展開し始めている。
しかし、それを見ていた『黒騎士』がおどけた調子で言う。
「悪いけど、これ以上は付き合いきれねーよ」
言うや否や、『黒騎士』が大きく後方へ跳躍した。その先は何もない虚空だ。
思わず目を剥くその最中、突然空気を切り裂く音が耳朶を叩き――音の聞こえてきた方向に目を向けると、彼方から漆黒の轟風が駆け抜けた。
飛来した漆黒の風が『黒騎士』を攫う。
それが飛んできた騎竜艇だということに気づいた時には時すでに遅し。黒騎士は飛来した騎竜艇に乗って彼方へと飛び去って行く。
思わず、飛び去る騎竜艇の機影に向けて砲筒を構え――しかし無意味と悟り溜め息と共に腕を下ろす。
「どうします?」同胞の一人が響律式を修めながら問うてきた。影はかぶりを振り「待機している騎竜艇の部隊に『追撃せよ』と……そう伝えろ」そう告げて踵を返す。
同胞たちから顔をそむけながら、影は
同時に鈍痛。そっと左肩に手を伸ばした。
「……まさかあの一瞬で狙ってくるとはな」
おそらくはあの、漆黒の騎竜艇が飛来した瞬間だろう。『黒騎士』は騎竜艇の飛行速度によって生じる風圧の中でも、寸分の狂いもなく狙って撃ってきた。
僅かに一発。しかし影自身の左胸を狙っての射撃は的確だった。貫頭衣の胸元にあった証がなければ、確実に死んでいただろう。
影の視線は足元に。そこに転がる――先ほどまで自分の胸元に飾られていた、トネリコの葉を模した飾り細工を見下ろし「なるほどな……」と、誰にも聞こえないくらいのか細い声量と共に笑みを浮かべる。
「『黒騎士』……か。やっぱり、侮るべきではなかったぞ、と」
その笑みに宿っていたのはただ一つ。
そう。愉悦だった。
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