Ⅱ
鈍重な黒鉄の塊。
その物体を一目見て最初に抱かされる感想がそれだった。
王国騎士団の施設内にある技術部門の研究施設に置かれた、つい先日起きたある事件の折に回収された謎の物体。
恐らくは銃器だろう。しかし、その規模は人が手にして扱うものとしては随分と大きい。鍛え上げた屈強の男であってもおそらく両手で持たなければならないような大きさと重量だ。
それは大小無数の鉄材や歯車を掛け合わせ、かつ幾つもの精密な機械を内装した代物。およそ自分たちの知り得る技術とは一画を成す、まさに
材質は不明。
現在の
「動力はなんだ?」
大掛かりな銃器らしきものを見ていた少女が解析をしている技術者に問う。
腰ほどまである、毛先に微かな癖のある紅の髪と、何処か険のある金の瞳。端整な顔立ちは職人の手によって造られた
純白に彩られた、軍仕様の
十人中十人。あるいは百人中百人が見たとしても、彼女が騎士団に所属する人間とは思わないだろう。
しかし、彼女の腕に巻かれている腕章と、胸元に小型のクリップで留められている
エル=アウドムル・ユグド大佐。
アウドムル――その名をこのユグドで名乗れる人間は、王族――それも現国王直系の血筋のみと決まっている。
第七王位継承者、エル=アウドムル・ユグド第三王女。
それこそが彼女の真の肩書であるといえるだろう。
無論、彼女の持つ軍事階級が単なる王族の娯楽かと言えば、それはまた別である。
数十年前まで騎士団の重鎮は上級貴族による踏襲にあったが、現国王に政権が移って以降はそれも随分と改善されていた。実力ある者であれば、平民であろうと貴族であろうと関係なく伸し上がれる……とは言いすぎる部分はあるが、第三王女に関して言えばそれは間違っていない。
個としての実力に然り。指揮官としての実力に然り。エル=アウドムル・ユグドの戦歴は他の追随を許さぬほどの高い実績が裏打ちしている。
それはただ『王家に連なる人間だから』という揶揄では覆すことはできないほどだ。ましてやその当時、エルは名を偽って単なる女性騎士として空禍との戦いに身を投じていたのである。
小娘如きが調子に乗っていると影で顰めいていた上層部の連中が、彼女の正体を知った時の衝撃は相当なものだったことだろう。
その連中も、今では数年前に行われた内部粛清で除名扱いとされているが、それは余談である。
「ええと……動力……ですか……うむ……」
技術者の一人が眉間に皺を寄せながら言葉を濁すと、エルは険のある視線を僅かばかり鋭くして言う。
「どうした? 私はただ、動力はなんだ? と聞いただけなのだが……それすら答えられないのか?」
「い、いえ! そういうわけではなく……」
「では、どういうわけだ? 判らないのなら、ただ『判りません』と、そう答えればいい。
「も、申し訳ありません!」
鋭い、それこそ刃のような視線と言葉。なによりエルから醸し出されるある種の威圧感に、技術者の男は裏返ったような声音でそう答えてしまう。
その様子に、エルは呆れ気味に溜め息を吐いた。
「……それで、動力はなんだ?」
「は、はい! やはりというか……恐らくは、その……
「……ふむ」
三度目の問いにして漸く答えた技術者の言葉に、エルは眉を顰め、口元に手を当て、考えるような仕草を取りながら眼下の銃器を見据えた。
――負素。
今から三〇〇年余り昔。暗雲による太陽光の遮断以外にもう一つ、人類が地上での生活を放棄せざるを得なかった理由が、負素であるといわれている。
暗雲が生じた大災害以降地上に発生した粒子物質であり、暗雲の下に蔓延している負素は人体を始め、あらゆる生命体に影響を及ぼし、遺伝子を変異させる。そしてその変異は致命的な異貌と化すのだという。
今でも空海の――そして雲海の下に広がる地上には、負素の影響によって変異した動植物が溢れているそうだ。
プラズマの嵐を孕む暗雲と、負素及び負素によって変異した、元人間にあらゆる動植物が今も跋扈している。故に、人類が地上での生活をすることは現在も不可能だった。
まさに百害あって一利もない物質――それが負素に対する言人類の認識である。
しかし、
「現在用いられているあらゆる兵器……いえ、あらゆる動力機関を有する道具は、
本来ならば有り得ざる機構が、どういうわけか今この場にある。それも、たった一つならば偶然だと目を瞑ってもいいと思えるが――実際はこれだけではない。
「なるほど。つまり……また、というわけね」
「はい。またしても。これで十個目……偶然の産物とは言い難いでしょう」
エルのぼやきに、技術者は肯定するように首を縦に振る。
同じような報告が、この数カ月で七件。それは看過するにはあまりに多すぎる数字だった。人にとって――否、あらゆる生命にとっての最悪の毒素ともいえる物質を動力とする代物――それも兵器利用されているものが確かに存在しているのだ。それも複数。
余程の莫迦であっても、この事態を軽視することはない。しかし、
「こんなものが存在することを公にはできません……よね?」
「――無論だ。口外したら此処の連中とてただではすまんぞ」
男の言葉を肯定し、ついでに脅しもかけておく。悲鳴を上げることなく、ただただ唾を嚥下するに留めた辺りは賞賛に値するだろう。
だが、実際問題その通りだった。
負素とは害悪であり、今の人類にとって、空禍に並んで忌避すべき存在の一つだ。
ただ近くに置いておくだけで影響を及ぼすため、負素についての研究は三〇〇年余を経た現在でも進展を見せておらず、ましてやそれを兵器運用するなど、机上の空論も良い所だ。ましてや、それを平然と運用するなど正気の沙汰とは思えない。
よって、
「……早急に調べる必要があるな」
「ですが、どうやって? 公にできない以上、ええと……騎士はあまり使えないのではないですか?」
「その通りだ――だから、別の
男が問うと、エルはにぃ……と、僅かに口角を吊り上げる形で笑みを浮かべた。悪辣――とすら呼んでしまいたくなるような笑みだ。そしてタイミングを見計らっていたかのように、エルのコートのポケットからアラーム音が鳴った。
「――来たか?」
端末の画面を見ることなく、エルはただ一言そう問うた。
誰なのか、そして一体、何の用か……そういう本来ならばあるべき応答のすべてを無視して、少女は端末の向こう側に向けて一言投げた。
『――……何処だ?』
向こうのほうも応答は同じ。違いは溜め息が混じっているかだけ。
「技術部の奥。
『……了解』
ブツ……という音と共に通信が切れる。ともなれば、ものの数分で声の主はこの場所に来るだろう。しかし、誰が?
そんな男の視線に気づいたのか、エルは先ほどの悪辣な笑みとは全く異なる、年相応の少女が浮かべるような満面の笑みを浮かべて言った。
「言っただろう? 別の人間を使う……と」
まったく異なる笑みなのに、どちらの同じ悪辣さを孕んでいるように男には見えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます