蛇とランドセル

Carpe Diem

第1話 鐘の音は歩道橋から聞こえる

 こう言っちゃ何だけど、僕は優秀な人間だ。

 今日の算数のテストも100点だったし、かけっこだってクラスで一番速い。ドッジボールも強いし、隣の席のユカちゃんは僕のことが好きだ。多分。テレビゲームも上手いよ。親友のジュンイチくんよりも僕の方が上手いんだ。最新機種だって全部持ってるし、話題のゲームは大抵クリアしてる。

 そんな僕だから許されるんだろう。秘密の、誰にも言えない趣味を僕は持っていた。


 歩道橋ってあるじゃん。道路をまたいで上に架かってるアレ。それも車の交通量は多いけど、歩く人は少ない場所だと良い。

 歩道橋の大体真ん中あたりの、手すりの上の淵ギリギリに石を置く。ちょっと触ったら道路に落ちるくらいギリギリに。石は5~7センチくらいの大きさが良いね。そして、ゼンマイ仕掛けの歩くぬいぐるみ。ゼンマイを巻けば、ゆっくりゆっくり3分くらい歩き続ける。よくあるオモチャだ。これを手すりの上、石から離れた位置にゼンマイを巻いてセット。

 もう分かるよね。ぬいぐるみは手すりの上を歩き続けて、石にぶつかり、道路に石を落とすんだ。道路は車が走ってる。大体いつも60キロくらいは出てる。当たる場所はフロントガラスだ。ばりん、ってね。


 勿論いつも成功するとは限らない。石が車に当たらないなんてザラだし、ぬいぐるみの歩く角度が悪くて石にぶつからないこともある。ゼンマイの巻きが足りない事もあるし、風でぬいぐるみが落ちたこともあった。

 でもでも、全ての歯車が上手く噛み合って、フロントガラスの割れる音を聞けたときの快感は、本当にもの凄いんだ。まさにカタルシス。歩道橋から遠く離れた絶対に疑われない安全圏、でも音は聞こえて道路の様子はバッチリ見える、そんな位置で聞く、フロントガラスの割れる音。まるで教会の鐘の音だ。絶頂感が身体を突き抜けて、世界の中心に僕が居るような気分になる。神様の息遣いも聞こえちゃう。


 その日も大成功だった。帰り道、友達と別れていつもの歩道橋。歩いてる人は僕以外誰もいなかった。石もぬいぐるみも用意してたし、セッティングは最高に手際良くできた。近くのマンションの4階の廊下。オートロックじゃないから誰でも入れるし、歩道橋も道路も良く見える最高のポイントだった。

 ばりん、と硬い何かがガラスを叩き破る音。僕は全能感に酔いしれる。誰にも真似できない。誰にもバレてない。その後はお決まりのコース。事件現場には寄らずに家に帰る。今まで一度も僕が怪しまれた事は無い。

 はずだった。


 自宅に帰り着くまであと一ブロック。この曲がり角を曲がればすぐだ。そのときだった。

 背の高い男の人が立っていた。180センチくらいはありそう。スーツを着ていたからサラリーマンかなとも思ったけど、僕をまっすぐに見据える鋭い目つきは只者じゃない雰囲気があった。

 道を塞ぐように立たれてビックリしたけど、僕に負い目は無いし、知らない人に絡まれる理由も無い。

「僕に何か用で…」

 話しかけたその瞬間、僕は口と肩を男に掴まれた。男は僕を無理やり掴み上げたまま自宅と反対方向へ走り出す。誘拐だ!

 周りには誰も居ない。男は凄い速さで路地裏へ入る。僕は男の手を振りほどこうと懸命にもがいたけど、力の差がありすぎてびくともしない。どうしよう。どうしよう。防犯ブザー!思い出した。僕のランドセルには防犯ブザーが取り付けてある。この紐を引けば…!だが一歩遅かった。路地裏の奥の奥、僕を壁に押し付けた男はランドセルから防犯ブザーを引き千切り、スーツのポケットに入れてしまっていた。


「叫んだら殺す」

 低い声だった。男は僕をまっすぐに見ている。今まで見たことも無いような怖い目つきだった。僕は恐怖でガタガタ震えて、心臓はバクバク跳ね回ってた。僕が「はい」とか「はひ」とかそんな感じの言葉をようやく搾り出すと、男は表情を変えずに次の言葉を紡いだ。

「名前を言え」

 この日、僕は後悔していることが沢山あるんだ。今日石を落とさなければ。マンション内に人が本当にいないか確認していれば。曲がり角で男に会った瞬間に逃げていれば。

 だけど、一番大きい後悔は次の言葉なんだ。どうしてか今でもわからない。けど、僕は言ってしまったんだ。


「佐竹ジュンイチです…」


 僕は自分の名前ではなく、同じクラスの、一番の大親友の名前を口にしていた。

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