残ったものは、ただの黒。

 一緒に撮った写真を燃やしてしまえば、忘れられると思っていた。


 写真に火を点け、灰皿の中に落とす。

 煙を吐き出しながら、写真は静かに静かに燃えていく。

 先に俺の姿が火に呑みこまれた。

 あの人の隣で笑っていた俺。

 燃えて、消えて。

 次にあの人も同じように消えた。


「…………」


 自然に鎮火するのを待って、また別の写真を灰皿に置く。

 それから一枚、着火。

 茫洋と眺め、鎮火。

 その繰り返し。


 こうして一枚ずつしか燃やせないということは、消してしまうことを、心のどこかで拒絶しているのだろう。

 だけど、時間をかければ全て燃えてしまって、黒い燃えカスだけが残った。


 得も言われぬ寂寥感。

 無くなってしまった。

 そのことが、心にポッカリと穴を開ける。

 終わったことだ。わかっている。

 それなのに、それなのに、どうして、こんな。

 息が苦しくて、無性に泣きたくなった。


 でも、これで、忘れられる。

 違う。

 これで、忘れなければいけない。

 あの人は、もう居ないのだから。


「さよなら」


 その言葉は、きちんと音になったのだろうか。

 あの人に届けられたのだろうか。


「さよなら」


 忘れます。

 貴方を思い出して哀しんでいたら、優しい貴方は俺を心配してしまうだろうから。

 忘れます。


 貴方の笑顔も。

 貴方の声も。

 俺に掛けてくれた優しい言葉も、全部、全部、全部。


 ……忘れなきゃ、いけないのに。


 それなのに、嗚呼。

 気付かされてしまったから。

 貴方に対するこの感情の名前に、気付かされてしまったから。

 忘れようがないって。

 忘れてはいけないって。

 忘れられるはずがないって。


 写真を消しても、思い出は消えてくれなくて。

 むしろ、却って思い出してしまって。

 忘れることなんて、できるはずがないんだ。 

 だって、貴方は、最愛の。


 灰皿に残った灰を掬う。何か残っていないかと。

 だけど触れたものは煤だけで、俺の指先は黒く染まって、それはまるで心の澱のようで。

 自分の醜さを再確認するだけに終わった。

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