短編集
灰島懐音
憂鬱モノローグ
「わたしね」
窓際にある安楽椅子に座った彼女は、窓の外を見ながら不意に呟いた。
「好かれるのが苦手なの」
彼女は、膝の上のぼくの方を向いて笑った。砂浜に作った城のような笑みだった。
風が吹いたら一瞬で消えてしまうような、そんな脆くて儚いもの。
ぼくが何も言えないでいると、彼女は少し哀しそうな顔をして、
「みんな、怖くないのかしら」
と、独り言のように続ける。
なにがこわいの、と初めてぼくが口を開くと、彼女は一転して表情を消して、「だって」とごくごく小さな声を漏らす。
「好かれたら、嫌われちゃうじゃない」
目を伏せる。長い睫毛が、白い頬に影を落とした。
「好きってことは、嫌いじゃないってことでしょう?」
似ているけれど、決してイコールではないもの。
非なるもの。
ならば、
「好きになられたら、嫌いになられるかもしれないのよ」
なるほど、とぼくが頷くと、彼女は息を吐いた。重くて苦しそうな息だった。
「嫌われたくないの」
か細く、けれど強い希望の詰まった声で、彼女は言う。
顔を押さえて、俯いて、今にも泣きそうな――あるいは泣いているようにも見える恰好で、
「好かれたら、期待されたら、応えたい。失望させたくない。
それが嫌いに繋がってしまうから」
淡々と、滔々と、弱々しい声でつらつらと、言葉を綴る。
ぼくは返す言葉を見つけられず、ただ彼女の膝の上に座り、ここにいるよ、と存在を示すことしかできなかった。
どれくらいの沈黙が流れただろうか。
でもね、と彼女が話を繋げた。
「だからなんとか応えようとして無難な方に動くとね、今度は飽きられてしまうの」
上げた顔はとても哀しそうな表情で、何も言えないぼくに彼女はなんと思ったのだろうか、無理に笑顔を作り、「ごめんね」と謝る。
「わかってるの。自分がただ、臆病なだけだって。過剰に怯えているだけだって」
だから、あなたくらいしか心を開けないのね、と。
寂しそうな声で、膝の上のぼくの頭を撫でた。
ぼくは――ひとりでは喋ることもできない腹話術人形は、数度口を動かしたけれど、何か声を発することは、なかった。
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