第四十五話 祭りの後の一幕

 結局、シャーロットはアランを捕まえることが出来なかった。


 最終的な順位は以下の通りである。


 一位:アラン・ウィック 250P

 二位:ウィルバー・ウェイトリィ 200P

 三位:アブドゥル・アルハザード・ジュニア 50P

 三位:カルティエ・クルーシュチャ・ガウトーロン 50P

 三位:シャーロット・ウィック 50P

 三位:レプリディオール・ダレス・クルーシュチャ 50P


 同率三位の者達は事実上の最下位。二位のウィルバーが執った畜生ハイエナじみた戦略を考えれば、実質、アランの独り勝ちだ。

 当初、優勝候補として大いに注目されていた二人の偉大なる一族クルーシュチャ――カルティエとダーレスを降しての快挙。この結果には多くの健全なイベント参加者達が目を剥いた。斯くして彼の武威は、瞬く間に楽園中に轟くこととなったのである。

 無論、それを誇りに思うアラン・ウィックではないが。

 そんな彼の心境とは裏腹に、この順位に不満を抱く者はいなかった。別けても、イベントに参加した選手達は、皆が妥当な結果であると受け入れている。


 シャーロット・ウィックの反応は、少々毛色が違ってはいたが。


 鼻歌交じりに、にこにこと上機嫌に歩くシャーロット。

 その装いはライダースーツから普段着に変わっている。そして左腕にはカチナドールの赤い腕章を装着していた。

 彼女の前を行くエドガーは、時折振り返っては、きちんとシャーロットが着いて来ているか確認している。普段から浮足立った所が目立つ娘だが、今はより輪を掛けて気分が高揚しているようだ。

 無理もない。

 先日の事件以来、彼女の兄であるアランは、妹のシャーロットから距離を取りたがっている節がある。それがシャーロットにとって望ましくない事態であることは明らかだ。だからこそ、先程のイベントは実に良い刺激になった。

 ここ暫くの間溜まっていたフラストレーションを存分に発散することが出来たのだろう。今の彼女は非常に生き生きとしていて、肌にも艶がある。

 元気なのは良いことだ。エドガーはそう思う。

 しかし、目を離した隙に迷われては堪ったものではない。


 此処はヒュペルボレオスの地下――枢機基地ジオフロント、その表層だ。


 地下施設は基本的に関係者しか立ち入れない区画ではあるものの、正当な手続きを踏みさえすれば誰でも見学することが出来る。

 当然、カチナドールの腕章を着けたエドガーとシャーロットならば出入りは自由だ。


 二人が目指しているのは、幾つかある休憩用スペースの内の一つだった。

 

 待ち合わせているのである。

「ねぇねぇ、エドガーさん、エドガーさん。エドガーさんや。これから会う人って、ヒュペルボレオスの偉い人なんだよね?」

「そうですよシャーロットちゃんや。だから出来るだけ大人しくしててくれよマジで」

「うぅ、緊張してきた……!」

 釘を刺され呻くシャーロットだが、言動とは裏腹にその表情は実に暢気なものだった。本当に分かっているのかと問い詰めたくなる衝動を無理やり飲み込んで、エドガーは目的地へと急ぐ。

 やがて、到着した。

 そこはカフェを併設したラウンジだった。簡素な丸テーブルと椅子が多数用意されており、利用者達が思い思いに過ごしている。

 顔触れは様々だ。白衣を着た碩学や、制服姿の事務員、油の染みた作業着が目立つエンジニアなど、などと。それからゲスト用の通行証を首に下げた外部の人間の姿も散見される。

 その中でも殊更目立っている格好の男が、待ち合わせの相手だった。


 そこにいたのは、白い男だ。


 すらりと伸びた長身をそのまま夜会にでも参加できそうな瀟洒な礼服で包み、更にその上に白衣を羽織っている。

 彫りの深い精悍な顔立ちは派手で若々しく見えるが、よくよく見てみれば深く刻みついた加齢の痕跡が見て取れる。齢は五十に差し掛かった頃だろう。左目に着けた片眼鏡が、老いた印象をより強固にしていた。

 髪は艶を欠いた白色。老齢による脱色ではなく、生来からの遺伝的な色素欠乏症によるものである。髪と同様に眼の色素も薄く、その瞳は黄金に輝いていた。


 彼の名はオブレイ・クルーシュチャ。


 ヴュアルネ・クルーシュチャの実兄であり、カルティエ・K・ガウトーロンの伯父に当たる人物だ。そして此処――枢機基地ジオフロント・暗黒脳髄機構シャルノスの最高責任者であり、枢機卿の称号と役職を持つ稀代の碩学でもある。


 そんな彼が、奇怪な姿勢で椅子に座っていた。

 否――アレを指して『座っている』と形容していいのか、エドガーは疑わしく思う。他の者達も同じだろう。異様に目立つその存在を、誰もが露骨に遠巻きにして見て見ぬ振りを決め込んでいる。

 何処から持ち込んだのか、備え付けの椅子ではなく安物のオフィスチェアに身を預けている。その態勢は上下が逆になっており、クッションに背中を押し付けて首をぶら下げ、複雑に組み合わせた足を背凭れに投げ出していた。

 あろうことか、その状態でコーヒーを呷っている。中身を零したり、咽るような不手際はない。優雅にカップを傾ける姿は、何故か気品に満ちているように見えた。

「―――ん? はは。来たか」

 エドガーとシャーロットに気が付くと、オブレイは器用にカップを軽く挨拶する。

 シャーロットは感心した風に頷いた。

「うわぁ、すごいおじさんだ!」

「シッ、シャーロットちゃん、見ちゃいけません!」

「はは。失礼な奴だな、お前は」

「何言ってやがる。どう見ても、礼を失しているのはお前の方だろ」

 呆れ気味に軽口で応じつつ、エドガーは対面の空いていた席に腰を下ろした。

「ったく、行儀が悪いにも程があるだろ。なんなんだよその座り方は」

「はは。なに、ただの生理現象だ。長時間座っていると血行が悪くなり、筋肉が凝り固まってしまうだろう? そのままでは健康に害が出ようし、精神衛生上においてもあまりよろしくない。だからこうして、ストレッチをしているのだ」

「そんなストレッチがあるか。ったく、それでも一児の父親かよ。もしウチの子が真似したらどうしてくれんだ」

「いやだなぁエドガーおじさん、いくら私でもこれは真似しないよ?」

 言いつつ、シャーロットは手近な所から空いていた椅子を引っ張ってくると、普通に座った。

「―――で。どんな用事なんだ?」

 横目でシャーロットを見やりながら、エドガーが詰め寄る。

 先日――エドガーとオブレイは、枢機基地ジオフロントの最奥で『悪巧み』の密会を行っている。到底、他人には聞かせられない話をした。

 果たして、今回の呼び出しは、それに関することなのか――と、エドガーは暗に問うている。

 オブレイは、意味深な笑みを浮かべた。

「はは。それについてだが、もう一人が戻ってくるまで待ってくれないか。お前と、そちらのお嬢さんには、是非とも会って貰いたいのだ」

「もう一人?」

 訝しく目を細め、エドガーはオブレイの言を反芻する。

 不意に話題へと上ったシャーロットが顔を上げ、首を傾げた。

「ん? 私も? ってことは、お仕事と関係のあるお話なの? ……いや、お話なんですか? オブレイおじさま?」

「はは。その通りだ。ただ、な。我々の立場はある意味で、対等イーブンであるというか。なんと言うかなぁ……」

「共犯者だろ?」

「はは。お前の冗談は相変わらず面白いな。―――まあ、つまりだ。私と君達は、今、関係なのだ。なので固くなる必要はない。楽にしてくれ給え。ただ、おじさま、という呼び方は悪くない。そのまま続けてくれると私は嬉しいな」

了解Iaー! オブレイおじさま!」

 元気良くシャーロットが頷く。

 その様子は牧歌的な子羊そのものだ。目の前に羊の皮を被った狼がいて食われかけている寸前だというのに、全く警戒していない。彼女の保護者であるエドガーはあまりの心痛に頭を抱えたくなった。

 エドガーは気持ちを切り替えるべく、大きく溜息を吐き出す。

「……はあ。それで、もう一人ってのは誰だ。―――いや、やっぱり止せ。言うな。なんとなく見当はついてる」

「はは。それなら最初から黙っていればいいだろうに。変な奴だな。……おや。噂をすれば、という奴か。丁度戻ってきたようだ」

 オブレイが目を向け、顎で指した方を見る。

 そこにいたのは、怪人だった。

 怪人としか表現できない男が、エドガー達の所へ近付いて来ている。

―――! お待た~! お花を摘んでたら思いの外時間がかかっちゃったわん! ごめんあさーせー!」

 非常によく通る、大きな声で豪快に言い放つ。口調こそ女性的だが、低いテノールの声音は紛れもなく男性のものだった。

 最も印象的なのはその体躯。

 一目見ただけでも三メートル近いことがはっきりと窺える巨大さ。骨太な肉体を鎧う筋肉は鋼の如く鍛え上げられており、身に付けた高級品と思しい黒い背広が今にもはち切れそうになっている。その一方で横幅が出ていない、均整の取れたすらりとした体付きは、見る者に美麗にして雄大な箆鹿ヘラジカを連想させた。

 肩に掛けた外套は間違いなく特注品だ。龍をイメージし、鰐の革と獅子の鬣を組み合わせて誂えた凄まじく豪奢な代物である。

 体毛が一切ない禿頭には、額から項にかけて大きな黄と黒の刺青が入れられており、それは九本脚の蛸にも、あるいは九つの頭を持つ龍にも見える奇妙なデザインをしていた。

 視線を隠す為か、目元はサングラスで覆われていて、目付きや目線など――そこから覗く感情の一切が窺えない。窺わせないよう、意図的に隠している。

 明らかに堅気ではない男だ。

 誰をも寄せ付けぬ、威圧感のある厳つい風体。だがその一方で、意外にも顔立ちそのものは中性的で整っている。着飾れば、それこそ歌舞伎の女形でも務まるであろう美形だ。それに軽薄で剽軽な佇まいも、親しみ易い性格だと言えなくもない。―――無論、そんなものはだ。相手に与える印象を操作し、警戒心を薄れさせるための狡猾な罠である。

 まるで食虫植物。

 何も知らない獲物を誘き寄せ、油断した所を食らい付く毒花そのものだ。


 男の名は黄九頭龍――ホァン・ガウトーロン。


 ヒュペルボレオス最大手警備・鉄道会社『トライアド・ソサエティ』の社長CEOであり、その裏の顔たる犯罪組織――『三合会サンホーフイ』の首領・龍頭ロントウである。


 そして―――


「あっ、カルティエさんのお父様! はじめまして!」

 屈託なくのない笑顔で、シャーロットが迎える。

 同じくホァンもまた、親しげに表情を綻ばせた。

「ンフフ、元気の良いご挨拶アリガト~! こちらこそ初めまして、シャーロットちゅわん! ウチのカルティエちゃんがいつもお世話になってるそうね~」

 人懐っこい和かな笑みを浮かべ、ホァンは応対する。自然に、エドガーにも手を振った。

 口元を引き攣らせて、ぎこちなく黙礼を返すエドガー。

 その心持ちは極めて暗澹としている。無理もない。ヒュペルボレオス全国民に『この世で最もお近付きになりたくない人物は誰か』とアンケートを取った場合、間違いなく第一位になるのがホァン・ガウトーロンという男だからだ。

 ―――そもそも。

 そもそも、だ。

 エドガーはちらりと、隣のオブレイを盗み見る。

 オブレイの実妹――ヴュアルネ・クルーシュチャは学生の時分に望まぬ妊娠でカルティエを出産し、以降、彼女の碩学としてのあらゆる成果はトライアドに搾取された。

 悲惨な生涯だが、その最期は輪を掛けて凄惨だ。

 先の、青空教会が起こした大規模な自殺騒動事件。これに与し、挙句に自らの命を絶った。恐らくは口封じと思われる。彼女が事件に協力した動機は、己を苦境へと追いやった全てのものに対する復讐――と推測されていた。少なくとも、ニュースではそのように報じられている。

 エドガーとしても、その見解で概ね納得していた。

 ヴュアルネという女の人生において、ホァン・ガウトーロンが怨敵であったことは疑いようもない。ならばその兄であるオブレイにとっても、ホァンは憎しみの対象である筈だ。にも拘らず、隣の彼はおかしな体勢のまま、素知らぬ顔でコーヒーを呷っている。

 不可解だった。

 一方で、怨んでいたとしても表に出すことはないだろうと理解もする。外面など幾らでも取り繕えるものだ。内心で何を考えているのかは、誰にも分からない。

「はは。さて、揃ったことだし、話をしようか。ただ座ったままではそちらのお嬢さんは退屈だろう。適当に歩こう」

 空になったカップを机上に置くと、オブレイは軟体動物じみた動きで体勢の上下を入れ替え、椅子から立ち上がった。

 悠然と歩き出すオブレイ。

 エドガー達三人は特に文句を吐いたりすることもなく、その後に続く。

 予め向かう場所を決めていたのか、オブレイの足取りに迷いはない。彼は一度も止まることなく、また、周囲に注意を向けることもしない。色取り取りに塗り分けられた案内板も、恭しく目礼する通行人も、建物内を掃除するロボットも。全てが眼中にないようだ。

 建物内を進む四人の一行。

 やがて、彼等はとある区画へと足を踏み入れる。そこは食糧の生産及び管理を行っている工場エリアだった。

 オブレイが角を曲がり、廊下の先を行く。

 その先にあったのはガラス張りの自動ドアだ。真上には『再生環境保管施設』と銘打たれたプレートが据え付けてある。自動ドアの先にはもう一つ自動ドアがあり、その向こうには青白い光で満たされた通路が続いていた。

 四人は、二重の自動ドアを通り抜けて、これまでと趣きを異にする内装の、白い通路へと踏み込む。

 眩い白、清潔な白、完璧な白。

 全てが病的に白い空間。その天井、壁、床には、青白く光る殺菌灯が埋め込まれている。

 空気からは、仄かなアルコールの臭気がした。

 通路はそう長くない。十メートルもすれば、出口に辿り着く。

 出口もまた二重の自動ドアだ。入って来た時と同じように潜り抜ける。すると、先程までとは一転して雑多な臭いが鼻腔へと流れ込んだ。


 土と、植物の臭い。

 自然に生きる者達の、臭い。


「わあ―――!」


 目の前の光景に、シャーロットは如何にも楽し気に目を輝かせる。


 有り体に言えば、そこは動物園だった。


 地下空間とは到底思えない広さ。天井は真上を仰がなければ見えないほど高く、四方を囲む壁の距離は遠く隔たれていて、大まかな彼我の距離を把握するのさえ困難だった。

 そこには数え切れないほどの展示スペースが等間隔に配置されており、柵の内側には様々な種類の動物がいた。

 キリン、ゾウ、パンダなど、などと。一望しただけでも、有名所が一通り揃っていることが窺える。動物達は再現された旧暦時代の環境――土の上を寝そべり、植物を食み、思い思いに過ごしていた。


「これってぜんぶ旧暦時代の動物だよね!? 映画や図鑑で見たことあるのもいるし、知らないのもいっぱいだ! みんな絶滅したのに生きてる!」

「ンフフ、そうよ~! そうなのよ~! シャーロットちゃんはリアクションが良くてカッワイイわね~!」

「はは。ああ、お気に召したようでなによりだ。ご存じの通り、この施設の動植物達は皆、旧暦時代に絶滅した種だ。土中や海中などから採取した遺伝子の断片を基に復元し、その一部をこうして展示している。喪われた環境の再生――これもまた、現代に生きる碩学の仕事だからな」

「わー! すごい、すっごーい!」


 実に興奮した様子で、飛び跳ねながらきょろきょろと辺りを見回すシャーロット。彼女の耳に枢機卿オブレイ・クルーシュチャの御高説がきちんと届いているかは、微妙なところだった。


 ヒュペルボレオスに畜産業は存在しない。


 家畜を飼う土地の確保や、食わせる飼料の問題などがあるため、基本的に旧暦時代で行われた方法で食料を造ることはない。もっと効率的且つ安価な製造法を採用している。

 その製造法とは――所謂いわゆる、クローニングだ。

 牛や豚などあらゆる種の食肉の細胞――その中でも腿や肝、ハラミ、サーロインなどの可食部を部位単位で培養し、何千何万と、必要な数だけ用意する。専用の機材と培養槽、そして薬品を用いた製造工程により、食物が持つべき栄養素だけでなく、細胞が受ける細かなストレスですら調整可能である。そのため、出来上がった食料は味も栄養価も基準値を大きく満たしており、安全性の面においても全く問題はない。

 この動物園で飼育されている動物も、元は同じ技術で生み出されたものだ。

 製造された食糧は楽園のあらゆる場所へ出荷されている。特に生存に必要な栄養素を封入した健康食は、ヒュペルボレオスの全家庭に無償で配給されているのだ。

 ヒュペルボレオスで飢える心配はない。実際、この二千年間、病で食事が出来なくなった者や、故意で食物を摂取しなかった者以外で、餓死者が出たという記録は存在していなかった。そういう観点で見れば、この国はまさに『楽園』であろう。

 この施設の存在は、外食産業の発展にも繋がっている。

 美食とは即ち快楽である。安定して栄養を摂取できる環境では、殊更により美味で華やかな食事が求められるものだ。故に、料理人達は皆、喪われた食文化の再生や、新たな調理法の確立に躍起になっている。

 より善い食材を。

 より好い食事を。

 誰もが求めるその声に応えるのは碩学の仕事だ。料理人とその客達の要望に応じ、製造する食物に独自の調整を加える。当然、相応の費用コストが掛かる訳だが、それでも『食べたい』者が多いのが現状だ。それこそ惜しみなく、幾らでも金を使うほどに。

 斯くして需要と供給の方程式は成立し、外食産業はヒュペルボレオスの経済の中核を担う一つとなっていた。


 閑話休題それはさておき


「ねえあれ見て! すごいおっきい! 首が長い! あれがキリンさんだよね! それであっちの説明不要なくらいデカアァァァァァいッ! のは、ゾウさん!?」

「そ~よ! お~はながながいわね~ん!」

「むむっ! そしてあっちの白黒でプリティーなクマさんは、まさか……ッ!」

「ンフフ、あらシャーロットちゃん、お目が高いわねぇ! そうよ、アレこそが我等がパンダ! 熊猫シェンマオちゃんよ! カッワイイでしょ~! アッチの売店でぬいぐるみも売ってるわよん! 見に行く?」

「行く~!」

「イイお返事嬉しいわ~! 元気良くて素直な娘だコト! 折角だからお土産とかも一緒に買っちゃいましょっか! 荷物はウチの宅急便で送っちゃえばいいから心配はご無用! 気にせずお買い物しましょ!」

「至れり尽くせりだね! わーい! ホァンさんありがとう! それじゃあ早速、ゴー!」

前进チェンジン~!」


「…………………………………………」


 既にすっかり意気投合しているシャーロットとホァン。きゃぴきゃぴとガールズトークに花を咲かせながら、施設を見て回っている。

 エドガーとオブレイは遠巻きに、二人の様子を眺めていた。

 頭痛を堪えているかのような、げんなりとしたしかめっ面のエドガーへ、オブレイは静かにくつくつと笑いながら水を向ける。

「はは。あの二人、もう仲良くなったようじゃないか?」

「……何が目的だ」

「はは。随分と剣呑な言い草じゃないか。彼女達のように、もっと気楽に愉しんだらどうだ?」

 剽軽にうそぶく。

 エドガーが向ける視線の鋭さが増すと、オブレイはやれやれと大袈裟に肩を竦めた。

「はは。なに、今日の所は別段、重要な用件などないさ。ただ君達と奴の顔を合わせておきたかっただけでね。今後は仕事は元より、でも対面する機会が増えるだろう。出来るだけ早く慣れて置け」

「そりゃまた、ぞっとしない話だ」

「はは。あまり重く考えないことだ。奴は見ての通り、見た目よりも善い人間だよ。

 真顔でそう嘯くオブレイ。

 エドガーはさり気なく顔色を窺うが、隣の人間が何を考えているのか――その本心については、ようとして知れぬままだった。

 無性に煙草が吸いたい、とエドガーは思った。

「……ところで。今日のだが、ありゃなんだったんだ?」

 懐に伸び掛けた手を無理やり押し留め、エドガーは話題を切り替えた。

「あんなお遊戯でスパイの素質なんざ計れないだろ。しかもそれを顔出しで全国に生中継するなんざ意味不明だ。何の意味があったんだ、アレ。……いや、まあ、我等がコンピューター様のことだから、意味なんかないのかも知れんが」

「はは。

 オブレイは断言する。

 だが、その根拠がエドガーには全く分からない。

「はは。まあ、彼等を御さねばならん立場のお前としては、少々頭が痛いだろうが」

「少々どころじゃねぇよ……」

「はは。まあ、愚息が迷惑を掛けるであろう点については先に謝っておこう。ただお前も知っての通り、本当に手が掛かるだろう問題児は他にいる訳だがな」

「…………」

 エドガーは無言でシャーロットを見る。


 問題児。


 それは、言うまでもなく―――


「―――アラン・ウィック。彼には、しっかりと首輪を付けておけ」

 優雅な笑みを絶やすことのないオブレイが、それらの全てを一切排して、重く厳命した。

 同居している黒い少年のことを、エドガーは考える。

 あれは例えるならば生きた爆弾だ。そして、狂犬である。間違いなくこの惑星ホシで最も危険な生き物だ。そんな彼を青空教会が狙っている。奪い返そうと躍起になっている。その結果起きたのが先の事件だ。

「青空教会を憎む彼が再び寝返ることはないだろう。だが、今のままでは危ない。何の拍子に爆発するか、全く見当がつかないからな。彼は対青空教会での戦闘においてこの上なく頼もしい兵器となるが、しかし、常に自爆の危険が付き纏う諸刃の剣でもある。―――

 オブレイが、告げる。

 今の風紀委員作業班の存在意義。それは、一つしかないと。

「お前達全員が、アラン・ウィックという兵器を縛る鎖なのだ。彼をこの楽園に留め置くこと自体はそう難しくはない。だが、このままでは、不要な損害を被る羽目になる。実際、先のイベントでは建物が幾つも吹っ飛んだ」

「……何割かはお前の息子と姪のせいだろ」

「はは。知らんな。話の腰を折るのはやめてくれ」

 空々しく咳払いをしてから、オブレイは話を続ける。

「以前の彼ならば、些細な挑発に乗ってあのような軽挙に走ることはなかっただろう。今の彼は暴走しているというか――たがが外れている状態なのだとは推測している」

 それは彼の妹であるシャーロットもまた指摘したことだった。

 今のアランは抑圧から解放された状態にある。

 その原因はエレナ・サスピリオルム・アルジェントの死――否、殺害だ。

 彼女はアランにとって師であり、母だった。最も身近な女性であり、そして理不尽な暴君だった。彼女がアラン・ウィックという爆弾の傍に居られたのは、単純に彼女がアランよりも強かったからだ。

 だからアランはエレナの言う事を聞いた。それこそ、犬のように従順に。

 けれど、彼女は死んだ。

 アランが殺した。

 故に、今のアランは危険なのだ。抑圧から解放された反動か、理性が緩んでいる。早急に新しい首輪を用意しなければならない。今はそういう話をしている。

「……俺にあの女の真似事をしろってのか? 冗談だろ?」

 無理に決まっている、と。言外に告げる。

 オブレイは「はは。だろうな」と頷いた。

「だがやって貰わねばならん。でなければ世界が滅ぶ」

「いや、荷が重過ぎんだろ!?」

 エドガーが声を荒げて言う。それは悲鳴に近かった。

 そんな彼を安心させるように、オブレイはエドガーの肩を叩く。

「はは。なに、心配するな。お前一人に重荷を背負わせることはしないさ。お前も知っての通り、風紀委員作業班の臨時講師は二人だ。彼女と協力して任務にあたれ。そうすれば何も怖くはないさ。散々脅すようなことを言った後でなんだが。そもそも、彼の制御は彼女一人で事足りるだろうしな。あまり気負わなくていい。お前は補佐を務めてくれればそれでいいさ。

 ―――……噂をすれば。丁度良く来てくれたようだな。顔を合わせるのはこれが初めてだったかな。では、紹介しよう。あちらの女性がお前の同僚だ、エドガー。仲良くしてやってくれたまえ」

「はあ!? おい、そういうのはもっと事前に……―――って、嘘だろ?」

 目の前に現れたを前にして、エドガーは驚愕に目を見開いた。

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