第8話空上刑罰ー2


 「ここが、僕たちのアジトさ」


 そう言って案内されたのは地下水道の一画にある、扉の前だった。その扉にはひらがなで『れじすたんすあじと』とポップなキャラクターのイラストと共に書かれている。カイトは何だが頭が痛くなってきたような気がしながら男に尋ねた。


 「よく、こんなのが見つからなかったな」

 「そりゃまあね。僕たち一回滅んだし、普通一回殺虫剤を撒いたところに、次の日にもう一度撒きに来ないだろ? この地下はあの戦争ではしらみつぶしに荒らされたが、今となってはエルロイド達も調査しない隠れ住むにはうってつけの穴場なのさ。……取り敢えず入ってよ。中で他の仲間がリーダーの帰還を待ってる」


 そう言ってソラが中に入ることを促す男。ソラはカイトに視線を向けた。カイトは仕方ないといった風に頭を掻くと目で入っても言いと合図を送る。ソラはそれを目にした後、ドアノブに手をかけた。


 「「お帰り! 俺ら(私ら)の救世主!!」」


 パンとクラッカーが鳴らされる、その音にカイトとソラは面食らいながらも周囲を見回した、飾り付けられた室内にはいくつかの武器と先ほどの男と同じ歳ぐらいの男、そして若い女がいた。


 二人はクラッカーをその辺に捨てるとソラの元に駆け寄る。


 「やっぱり来たね。言っていた通りだ(・・・・・・・・)」

 「おう、こんなに小さくなって、久しぶりだな! 俺とは砦の戦い以来か!」

 「え、あの……」


 ソラが困惑した声を上げる。そんなソラを得体の知れない連中から守るためにカイトが間に入る。

 「お前ら、何者かは知らないがソラに……」

 「おう、お前も同士か、こんな中でもフードを被って。さっさと取っちまえよ」

 「な! やめ……」


 制止する声も間に合わず、フードが外され、その中から父から受け継いだエルロイドの特長である長い耳が露わになる。それを見た二人が一瞬で警戒態勢に入った。


 「エルロイド……!」

 「【ノーマ】、あんたなんてやつを!」

 「二人とも落ち着きなって、例のリーダーのお兄さんだよ。お兄さん」


 それを聞いた二人は警戒の色を取った。女の方が思い出したかのように言う。


 「そう、あなたが……」

 「地球人の特徴を受け継いだ自分とは違い、エルロイドの見た目の特徴を受け継いだ兄って奴か」

 「お前ら俺たちの事情を……。本当に何者だ!」


 ソラとカイトが地球人の母【青沼尊(あおぬまみこと)】とエルロイドの父【ジェスター・スライ】の間に生まれたハーフだと言うことは、兄弟以外誰にも知らせていないトップシークレットな話しだ。そしてソラが地球人の見た目を受け継ぎ、カイトがエルロイドの見た目を受け継いだ。そのこともフードを被り隠し通してきたはず。それを知っている目の前の男達に不信感が募るカイト。それを見た、最初に案内した男は手を二回叩き注目を集めさせる。


 「ほら、いきなり話すから混乱してしまっている。全員集まってからと考えて、まだ何も説明していないんだ。まずは自己紹介から始めよう。僕の名前は【ノーマ・ルース】、元地球防衛軍士官で今はレジスタンスの一人さ。よろしくね」


 ノーマの自己紹介の後、残りの二人は目を見合わせる。女の方が頷くと残りの男が声を張り上げた。


 「俺は【クラック・ドルグ】。元地球防衛軍一般兵士で現レジスタンスだ。頭脳労働ならノーマだが、力仕事なら俺に任せてくれ!」


 そう言って力こぶを作るクラック。続いて残りの女が声を上げた。


 「私は【紗山流花】。元地球防衛軍衛生兵で現レジスタンス。お国柄、後方支援が主な仕事だけど、一応、侵略戦争を最後の方まで生き抜いたからある程度は戦えるわ。もっとも」


 そう言って流花は自身の腕を見せた。包帯を外すとそこには棒を突けただけのような簡易な義手が付いていた。


 「白い仮面の男に左腕をやられたから、戦力になれる保証はないけどね」

 「白い仮面の男!? まさか白仮面か、 よく生き残れたな」


 その内容に反応したのはカイトだった。直接戦ったカイトは白仮面の強さがよく分かる。片腕を失った状態では、到底、逃げ切れる相手ではないと思っていたので純粋な賞賛の声が漏れた。だが、その言葉に三人は苦笑いを浮かべる。


 「僕たちは誰も生き残ってはいないよ。僕たちは全員、少し前まで標本体(デコイ)だったんだ」

 「デコイ? なんですそれ。そう言えば白仮面も言っていたような気がしたけど」

 「言うより、見せた方が早いわよ」

 「……そうだね。二人ともちょっと付いてきてくれるかい?」


 そう言って再びアジトから出た一行はある場所に向かって歩き始める。


 「この時代からすると……たぶん百年前の話になる」

 「百年前!? それはいったいどういう……」

 「まあ、疑問はあると思うけど、一つ一つ聞いてたら時間がかかるから全て話してからでいいかな」

 「あ、ああ。わかった」


 カイトは不満な表情を見せながら引き下がる。それを見た流花が近づいてきた。


 「ソラのお兄さん、弟の前でかっこ悪い姿を見せちゃったね」


 流花が茶目っ気溢れる様子でカイトに突っかかる。カイトはその馴れ馴れしい態度に煩わしさを感じながら答える。


 「俺はカイトだ。第一いきなりなんだ。お前は。俺はお前達のことをまだ信用してはいないぞ、それはお前達も同じなんじゃないのか、何か理由があるソラはともかく、俺は全く知らない相手なんだろう?」

 「まあ、ノーマとクラックはどうかは分からないけど。私はソラのお兄さんのこと信頼しているわよ。今の貴方には分からないだろうけど、私は知ってるんだ。貴方のことを、ソラが私たちのリーダーになるずっとずっと前に日本で私は貴方に助けられた、フードを被っていて姿は確認出来なかったけど、貴方は確かに言ったわ。俺はソラの兄だと。その時からいつか恩返しがしたいと思ってたの。もっとも過去の世界……貴方からすると未来の貴方はもう死んじゃっていてそれは出来なかったけど、こうしてこの世界で再びあえて、不謹慎だけどうれしいわ。助けられた命の代わりに今度は私が貴方を守るから、今度は絶対に死なせないから、無事過去に帰ったら、過去の私にも貴方を救えるように言っておいてね」

 「なんなんだよそれ……」


 いきなり自分の知らない話しをされ、いきなり好意のようなものを受け手も正直困る。話しの内容から大体の事情は分かったが、何方にしても今の俺は何も知らないのだ。そうカイトは思った。そんな風にカイトがまごついている間に流花はウィンクを一つすると三人の方へと戻った。そうやって歩いている間にもノーマの説明は続く。


 「僕たちは三人とも白い仮面を付けた男、白仮面に破れた。それぞれ時期は違うけどね。共通していることは殺されなかったと言うことだ」

 「倒したのに殺さなかった? なぜ?」

 「理由は単純、僕たちを標本体にするためだ。標本体というのは簡単に言えば、エルロイドが地球人類という資源をより効率的に活用するためのものさ。知っているかい? エルロイドは歳を取らないらしい。正確には20歳前後で老化が止まるってことらしいんだけど。簡単に言えば不老の存在だ。そしてその不老を活かした科学技術によってほとんどの外的要因では死なない、単純に言えば治療すればどんなものでも直せる、擬似的な不死を実現した。エルロイドは自分たちの星がそうやって不老不死で人がいっぱいになって合法的にその人を減らすために侵略を繰り返しているらしい、こっちにしてみれば良い迷惑だよね。そしてそんなエルロイドだから、簡単に子供を増やして人口を増加させるわけにはいかないというわけだ、そこで出てくるのが僕たち標本体さ」


 そうノーマが言ったところで目的の場所に着いたのかノーマが立ち止まった。そこには三つのガラスを思わせる透明な巨大な管が姿を現した。


 「僕たちはこの中にいた、よく分からない培養液につけられてね。そうやってホルマリン漬けにされるように標本される。それが標本体さ、エルロイドはこうやって保存された標本体から様々なデータを取り出し、クローン人間を作る。それが複製体(レプリカ)。彼らは複製体を生産することで機械兵(ドロイド)達では出来ない、人で無ければ出来ない様々な労働に従事させる。そして使えなくなったら……」


 ノーマは首に手を当て横に切り裂くように動かす。


 「殺して捨てる。単純な話しだ、複製体は標本体がいれば幾らでも作れるんだから、少しでもガタが来れば、直ぐに消して新たなのに取り替えればいい。人権を無視しているが、これほど効率的なこともない。本当に、胸くそ悪い所行だよ」


 ノーマは吐き捨てるようにそう言った。


 「複製体は確かにコピーだ。オリジナルである標本体本人ではない。だが、それでも人だ。そのような行いが許される良いはずがない。だからこそ俺たちは人類全てが標本体となり、一度滅んだこの世界で再びレジスタンスとして活動を始めたのだ」


 決意を込めた口調でクラックが宣言する。カイトは一旦話しが終わったと判断してまだ話されていない疑問について問いかける。


 「標本体については分かった。だが、まだ重要なことを話していないぞ、お前達はどうやってその標本体から抜け出した。そしてソラとはどういう関係だ?」

 「そうだね、そのことについて説明しよう、標本体から抜け出した理由は機械の故障だよ。それによって僕たち三人は偶然にも……いや必然かな、必然的に外に出ることが出来たんだ」

 「必然?」

 「ああ、必然だ。なぜなら僕たちはその装置が故障することを知っていたのだから。理由は今までの話しを聞いていたら分かると思うけど……」


 そこでノーマはソラに向き直った。


 「ソラ、この未来での戦いに勝利し、過去に戻った後、地球防衛軍の英雄となった君から、この未来での話しを聞いたんだ。僕たちは、君たちから見れば未来の話しだが、過去に君とあっている。だからこそ、ここで君を待っていた。エルロイド達を倒し、この世界を地球人類の手に取り戻すためにね」


 そう言ってノーマは手をソラの前に差し出す。


 「さあ、共に戦おう、救世主(ソラ)」


 だが、その手をソラが握るより先にソラとノーマの間にカイトが割って入った。


 「悪いが、そんな話し、信じられない。未来の世界にタイムスリップした? 異世界に転送されるより荒唐無稽な話しだ。信じろって方がどうかしている。……それに未来で勝利してエルロイドを駆逐して現代に戻ったのなら、一緒に未来の道具を送れば良い。そうすれば過去の戦いだって勝利できたはずだ」


 それを聞いたノーマは悔しそうな顔をしながら言う。


 「僕もそうできるならそうすればいいと思うさ、だけど、どうやら出来ないらしい」

 「なぜだ?」

 「詳しくは分からないけど、タイムパラドックスって奴かな。過去から未来に送られてきた物は、既に過去で存在が証明されている。その延長線上にある未来でも問題なく扱うことができる……が、未来から過去に送った物はそうは行かない。未来は不確かなものだ、改変され上書きされる。未来から送った物は、それ自体の存在によって未来を書き換えるため、送った瞬間に時空の揺らぎによって存在が不安定になり消滅するらしい。だから未来から人員を遅れないし、兵器も遅れない。未来にいる僕たちが過去に対して出来ることは、未来の事実を知った君たちを無事に過去に送り返すことだ。既に過去に存在していて、未来に来たものを過去に送り返すだけなら問題なく行えるんだよ。そもそも過去の世界にいることが普通だからね。そして未来の世界で過去のもの……君たちが記憶したことは君たちの過去として世界に記憶される。過去の存在が未来に言ったと言う過去を消すことは出来ないのだから、この世界のことを忘れると言うことも無い。つまり、その時代の流れを変えることができるのはその時代より前の人間のみ。うーん。簡単に言えば、過去を変えられるのは過去の人間だけってことかな」


 「「「「……」」」」


 ノーマの説明に、全員が訳の分からないと言った顔をする。それを見たノーマは焦りながら言った。


 「ってこれ、ソラ、君が言ったことだからね!」

 「きっと僕は、今の説明をそのまま話したんだろうな……」

 「ちょっと! そんな無責任な!」

 「ま、まあいい。その話については信じよう。百歩譲ってソラとお前達が知り合いだというのは認めても言い。だが、お前達が本当にエルロイドと対峙しているかは分からない。……お前達が複製体で俺たちを罠にはめるために本人に成り代わってそう言っている可能性だってある」

 「兄さん、さすがにその言い分は無理があるよ。だってそれなら複製体の話しなんてわざわざしなければ良かったんだ」

 「だとしても、リスクは犯せない。騙されている可能性があるなら、それを調べて排除しないと、もし裏切られたらどうする。死んじまったらそれで終わりなんだぞ!」


 カイトはソラを諭すように言う。相手がいくらこちらを知っていると言ってもこちらは初対面なのだ、相手がどんな人物かも分からないのに信じ切ることは難しい。


 「それに、なぜ、ソラを救世主に祭り立てる。例え、ソラが過去では英雄をやっていたとしても今のソラには関係がない。お前達だけでレジスタンスとやらを続ければ良いだろうが、何も活動もせずに俺たちを待っていたことが、お前達が罠である何よりの証拠じゃないのか!?」

 「それは、ソラ、君と君のお兄さんしかエルロイドの兵器の使用を許可出来ないからだよ」

 「エルロイドの兵器の使用許可?」

 「これも実物を見せた方が早い。先ほどの部屋に戻ろう」


 そう言ってノーマは歩き出す。カイトは不満を覚えながらもそれについて行く。その道中、ソラはクラックに質問を投げかけた。


 「ねえ、クラックさん」

 「なんだソラ?」

 「ここが未来の世界で、君たちが僕と知り合いなのは分かった。そして兄さんが過去の世界で戦死扱いになっているのも分かった。……疑問なんだけど、それなら未来の僕は一体何をやって今、どこにいるの?」

 「あ~それは~」


 するとクラックは弱ったようにちらっとノーマを見た。それを受けたノーマは首を振る。


 「まだ、秘密だ。今はそれしか言えない」

 「何それ、私は聞いてないんだけど」

 「ふーん」


 クラックが詳細を秘密だと言ったことで、何かを知っているのだと思った流花がクラックを問い詰める。だが、クラックは口を割らず言葉を濁す。そうこうしている間にソラはカイトの隣にやってきた。


 「たぶん、話していることは全て真実だと思う。でも、何かをまだ隠している気がする。でもクラックさんのレジスタンスとして複製体を助けたいって思いは本物だと思うよ。だから信じてみてもいいと思う」

 「そうか、だけど、俺はまだ信じ切れない。ソラ、判断は俺に任せてくれないか?」

 「分かった」


 そうこうしている間に元の部屋へとやってきた。ドアに書かれた文字とイラストを見て流花が言う。


 「ねえねえ、ソラのお兄さん。これ可愛いでしょ、私が書いたのよ」

 「そうか、画力ゼロだな」

 「ちょっと、それどういうこと! せめてもっと言い方があるでしょ!」


 むー。とふくれっ面になる流花を無視しながら一行は部屋の中に入る。そしてノーマはそこに置いてある武器を拾い、壁に向けた、そして引き金を引く。


 <血族認証……確認、アンノウン。ビームライフルの使用を拒否します>


 だが、何も起こらない。それを見せてノーマは言った。


 「エルロイドの武器は、エルロイドの血を引く物にしか扱えないんだ。つまり、純粋な地球人類である僕たちはハーフの君たちと違い、そのままではエルロイドの兵器を利用することが出来ない。……悔しいけどエルロイドと地球の技術レベルの差は圧倒的だ。地球の兵器ではエルロイドを倒すことは難しい。……これがソラ君を救世主と呼ぶ理由であり、彼を待ち続けていた理由だよ。こうして武器を集めたとしても、エルロイドの血を引くものにゲスト許可を出して貰わないと使うことが出来ないんだ」


 そう言うとノーマは銃をソラに投げ渡す。ソラはそれを落としそうになるものの何とかキャッチした。


 「それはビームショットガンだ。リーダー。撃ってみて」


 言われた通りにソラが壁に向かって引き金を引く。


 <血族認証……確認、エルロイド。ビームショットガンの使用を許可します>


 すると発射されたビームが壁をえぐり取った。その威力にソラが目を丸くする。


 「現存する地球人に味方する、エルロイドの血を継ぐものは、過去未来通してもソラ。君だけだ、だからこそお願いする」


 そう言うと三人は土下座を始めた。


 「どうか、僕たちに、力を貸してください。地球人類復興の為の協力をしてください。お願いします。ソラ、君だけが僕たちの希望なんです」


 そう言った瞬間、流花がノーマを小突いた。そしてカイトを見ながら言う。


 「今はお兄さんもいるでしょ」


 ね! と同意を促すように言う流花。助けられたと言っていたが、自分と過去…自分からしたら未来だが、に何があったのだろうとカイトは思う。だが、そんなことは後回しだ。今は決めなくてはならない。此奴らを信用するのか、しないのか。


 (何方にしてもあの戦艦を倒せない限り、俺たちに未来は無い。そして俺たちの戦力じゃ、奴らには勝てない。完全に信用しきるわけには行かないが。人を見る目があるソラが信じてみても言いと言っている。取り敢えず今は協力し合った方が良いか)


 「ソラ。彼らと協力しよう。取り敢えず共にあの戦艦を倒して、その時の対応で本当に信じられるか決める」

 「分かったよ、兄さん」


 その言葉を聞いたノーマがうれしそうな顔をしながらソラに抱きつく。


 「さすが、僕のリーダーだ。そう言ってくれると信じていたよ」

 「俺は無視か……」


 ぐりぐりとソラに抱きつくノーマに白い目を送るカイト。正直、協力関係を結んだのは失敗だったかなと思い始めていた。


 ノーマはソラからやっと離れると、近くにあった布をはぎ取った。その中にはなんと小型の戦闘機がある。


 「戦艦に対する用意もこのように準備してあります。では早速乗り込んでエルロイドを倒しに行くとしましょう!」

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