第五章

「きゃああああああああああ!」

 悲鳴が聞こえた。東尾さんの悲鳴だった。

「どうしたの?」

 僕は本田さんを引き連れて、少し遅れて悲鳴の聞こえてきた部屋へと入る。

 そこはモニターがいくつもある部屋だった。

 モニターひとつひとつに今まで僕たちが通ってきた部屋が映し出されていた。

 悪趣味なことに、シャワールームも映し出された。

 もしかして、裸をまじまじと見られたことを知って東尾さんは悲鳴をあげたのか?

 ふとそう思ってしまう。

 けれど、違った。

 東尾さんたちは椅子の背もたれを凝視していた。鉄製の背もたれだった。

 その横にたれているのは、ボロボロになった長袖のシャツと、その袖から延びる――

「……ッ」

 干からびた腕が見え、僕は言葉を失う。

 誰もがそこに座った人物を見ようとしない。

 ゾンビ映画は好きでも腐乱死体は見たくないらしい。

 僕は椅子へと向かっていく。

「おいっ!」

「誰かが確認しなきゃ。次の部屋の扉は閉まってるみたいだし」

「でも、そのへんにあるとは限らないだろ」

「誰もが忌避しそうな場所に何かあると思うけど」

「その裏をかいてる可能性だってあるッス」

「要は見たくないだけ、って言ったらどうだい?」

「見たくない。あたしは見たくない」

「じゃあ、みんなは周りを探してよ。僕はあの椅子の辺りを調べてみるから」

「……頼んだ」

「刑事さんは手伝ってくれないんですか?」

「死体は何度見たって慣れない。それより、お前……随分と冷静だな」

「冷静? すごいビビってますよ」

 僕は寂しく笑う。

 そして僕は椅子に座っている死体を見据える。

 ブーンとハエが死体の周囲を飛んでいた。どこから現れたのかわからなかった。

 それでもハエが通れる隙間ぐらいはあるらしい。

 死体は随分とやつれ、そして腐ってはいるけれど、まだ生前の面影はあった。

「佐久間零次……」

 僕はボソリをつぶやいただけだけど、その声はみんなの耳に届いた。

「……まさか。……佐久間零次はこのゲームの支配者だろ?」

「だったら、見てみる?」

「いや、それは……。でも、まさか」

 海藤くんは納得ができないようだった。

「まあ、見ないほうがいいと思う」

 僕は気持ち悪くなって、目をそらす。

「結局、死体の周りにスイッチか何かあったのか?」

「いや、見当たらなかった。死体と椅子の間にあるとかだったら、意を決して誰かがやるしかないとは思うけどね」

「いやよ、そんなの……」

「誰だって触りたくないよ」

 葬式のときに最期の別れとして遺体を触るのとは違うのだ。

 佐久間零次の死体はすでに腐敗が始まっていて、素直に触りたくないと思わせてくれる。

「でも、周囲にはスイッチ的なのが見当たらないッスよ?」

「じゃあ、やっぱり……」

 僕はもう一度死体を見る。

「二江。お前がやれ」

 海藤くんがえらそうにそんなことを言ってくる。

 ちょうどそのときだった。

 ズズズズズ……

 という音とともに扉が開いた。

「どうなってんだ?」

「時限式、とかかな?」

「だといいッスけど。めちゃくちゃ怪しいッスよ」

「でも進むしかない。この先に何が待っていようとも」

 僕たちは決意して、進んでいく。

 監視ルームには朽ち果て腐り果てた死体だけが取り残された。

 僕が見た、佐久間零次の顔はどことなく、無念の表情をしていた。

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