第四章(3)

 にしても、まだよくわからない。ササガワリョウコの自殺と東尾さんが頼んだこと、それがどう繋がるのか……。

「流れ的に、海藤くんが自白すべき、なんじゃないかな?」

 僕はあえて言ってみる。

「俺は何もやってねぇ」

「……ササガワリョウコは、自殺なんかじゃなかった」

「おいっ! おっさん!」

「言わなきゃ出れないだろうが!」

「知り合いだったんですね」

「ああ、海藤一の父親は国会議員でな、犯人に気づいた俺は金と引き換えに証拠を隠蔽した」

「……」

 海藤くんは拳を握り締め、何も言わない。

「俺は事件ばっかり追いかけて女房にも逃げられた。酒とギャンブルで借金まみれだったから、ラッキーだったよ」

 にやりと八島さんは笑う。

「あんた、最低だよ」

「最低? そうだろうよ。刑事ドラマであるような警察のドロドロな部分を見ちまえば、誰だってこうなる」

「何があったんだ?」

「何が? そこまで自白する必要はないだろ」

 その通りと言わんばかりにランプの点灯が消える。

「次は誰が自白するんだ?」

 八島さんが面白がってそう告げる。

「僕は……」

「やめろっ!」

「やめない。僕はずっと苦しんできた。もう解放されたい。解放されたいんだ」

 三国くんは泣き叫ぶ。

「僕は泣き叫ぶ彼女をレイプした」

「おれもッス」

 僕は絶句していた。

「当時のおれや三国は本当に海藤が怖かったッス」

 四谷くんはこのとき初めて海藤くんを呼捨てにした。

「だから、そうするしかなかったんッスよ」

「仕方がなかったんだ」

 三国くんと四谷くんがどこにともなく叫ぶ。

 解放されたい、と三国くんは言った。

 それはきっと三国くんが罪悪をずっと抱えていた証拠だ。

 四谷くんだって、きっとそうなのだろう。

「その子が抵抗しなかったのは……」

「先輩っ!」

「ここまで来たんだ。言うしかないだろう? あとはお前と俺のふたりだ」

 北島さんはそう言って言葉を続ける。

「その子が抵抗しなかった……いや、できなかったのはクスリの影響だ」

「クスリ……?」

「ああ、もうそれだけでそれが何かわかるだろう? 微量なら興奮で済むが、過剰に与えれば……」

 そのクスリは有名人がたまに使って事件を起こすやつだった。

 死ぬとは思わなかった、だいたいの言い訳がそれだ。

「死ぬとは思わなかった」

 シンクロするように海藤くんが言う。

「ちょっとレイプして、痛い目に遭わせれば七瀬の気が晴れるだろうと思っていた」

 海藤くんの言葉を聞いて、最後のランプが消えて、扉が開いた。

「なんなんだよ、くそったれ」

 海藤くんがつぶやき、逃げ出すようにその場を去っていく。

 全員が焦燥していた。全員が疲れていた。

 罪の軽度はあれど、全員が罪人だった。

 次々と扉の奥に消えていくなか、僕は立ち止まる。

 七瀬さんが、海藤くんを唆し、海藤くんは、三国くんと四谷くんとともに、ササガワリョウコをレイプした。ササガワリョウコが抵抗できなかったのは、北島さんが渡したクスリが原因で、死因の一因はそのクスリと性交による過剰な興奮。そして八島さんは、その原因がわかってなお、金のために隠蔽した。

 じゃあ僕が見たまるで地獄を見たかのような、ササガワリョウコの顔は、なんだったんだろうか。

 いや、今はそれを考えている場合じゃないのだろう。

 僕はそのときのササガワリョウコに話しかけたりしなかった。

 だって、ササガワリョウコには――、

 いややめよう。僕がササガワリョウコに対して、何もしなかった事実は変わらない。

 僕もまた罪人なのだ。

「どうかしたの、二江くん」

「ううん。なんでもない、さきに進もう」

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