第三章(3)
「そ、そうか……もしかしたら……」
「どうしたんですか?」
「紙とペンがあったはずだ、用意してくれ」
「わかったッス」
「なんなんだ、いったい?」
「わかった、かもしれない。いや、たぶんこれで確定だ。ポケベルを使ったことがない、お前らには感覚が掴めないかもしれないが、ポケベルってのは数字を組み合わせて文字を作るんだ」
そう言って、八島さんは表を作っていく。
「ポケコトバっていう特殊な組み合わせもあるんだが、今回はたぶん使われてないだろう。それを知らないと解けない、なんてことになったら、暗号を作った側からしたら台無しだからな」
八島さんが作ったのは下のような表だった。
1234567890
1あかさたなはまやらわ
2いきしちにひみ(りを
3うくすつぬふむゆるん
4えけせてねへめ)れ゛
5おこそとのほもよろ゜
6AFKPUZ 16
7BGLQV 27
8CHMRW 38
9DINSX 49
0EJOTY 切50
「じゃあ、当てはめてみるぞ」
「待ってください。この80? の『切』っていうのはなんなんですか?」
「それは小文字と大文字の切り替えだ。8081と打ち込むと『ゃ』だな。そのまま81と打てば『ゃ』、80を打ってから81と打つと『や』だな。言葉では少しわかりにくいかもしれない」
「んな説明どうでもいい。一旦、当てはめてみろよ」
「最初は31ッス。これだと『さ』ッスね」
みんなが前のめりになって表に注目しながら、その横に書かれた『3131210401928085801325』に言葉を当てはめていく。
「次は私でもわかるし。次も『さ』ね」
「まあ、それはそうだろうな」
「で次は21で『か』だわ」
「そこまではいいけど04の『゛』はなんなの?」
「七瀬……少しは頭をひねろよ」
北島さんが呆れながらも説明する。
「これは濁点だよ」
「濁点……?」
北島さんの説明にピンとこないのか、東尾さんは疑問の表情のままだ。
「まるで為替を『ためかえ』って読んじゃう経済学部の生徒みたいだね……」
僕も思わず呆れ、おそらく東尾さんでもわかる説明をする。
「てんてんのことだよ。『が』とか、『じ』についてる」
「ああ、それを濁点っていうのね! へぇ~、そんな名前があるなんて知らなかった」
「常識だと思うッスけど」
「あんたが言わないでよ、バーカ」
「誰がバカッスか」
「あんたのことよ、バーカバーカバーカ」
「おい、もうやめろ」
子どもじみた言い争いを北島さんが制すると、ふたりの言い争いはピタリと止まる。
「つまり、前の『か』に濁点がついて、『が』になるわけだな」
「そうだ。ちなみに05だと半濁点になる」
「そんな蛇足はいいから、先に進もうぜ。ええと、次は……01だから……」
そこで海藤くんの言葉が詰まる。
「ささがわ……」
三国くんがおそるおそる声を出す。
「気のせいだろ……おい、次の文字はなんだ?」
「『り』だよ」
「……マジッスか」
「もしかして、僕たちをここに連れてきたのってアイツなのかな? アイツが生きていて……それで僕たちに……」
「うるせぇよ」
「さっきからなんの話をしてるんだ?」
『ささがわ』が、あの自殺した『ささがわ』だとして、三国くんたちが恐れている理由がわからない。
僕には『ささがわ』と三国くんたちの繋がりは何もわかっていない。
『ささがわ』の自殺の理由ですら、何もわかってないのだから。
「うるせぇよ! うるせぇ!」
興奮して、海藤くんは喚き散らす。
「刑事さん……」
本田さんが震えるような声で言う。
「このまま、暗号の解読をしてください」
「言われなくても、もうしたさ。暗号の答えは『ささがわりょうこ』だ」
どことなく震える声で八島さんはそう告げる。
その答えに全員が絶句する。
「なんなんだ、なんなんだよ。これは!」
「ねぇ、でも待ってよ。その暗号がはずれって場合もあるし」
「いや、それはないよ」
僕は冷たく告げる。
暗号を入れた瞬間、扉が開いた。
「誰だ、誰の茶番だ? 誰がこんなことを!」
「アイツだよ、アイツしかいない」
「そんなわけないッスよ。アイツは死んでるッス」
「でもさ……アイツってこういう問題とか作るの好きじゃなかった?」
「全員、落ち着け!」
八島さんの声で全員の言葉が止まる。
「何がなんだか俺にはわからない。『ささがわりょうこ』に何の意味があるか、俺にはわからない。だが、今はここから出ることが重要だ。そうじゃないのか?」
その問いかけで全員が八島さんを見る。
「行こう。扉の先に」
そう告げると八島さんは扉へと消えていく。
「……白々しい」
ポツリと誰かがつぶやいた。
それが誰なのかわからなかったが、その言葉には悪意が込められていたのは間違いない。
八島さんもまた、何かを知っているということなのだろうか、真意すらわからない。
疑心暗鬼になってはいけない。
こんな状況で誰かを疑うのは、とても危険のように思えた。
だから僕は何度も何度も言い聞かせる。
『ささがわりょうこ』
カギは彼女が握っている。
この館を脱出するとき、僕は真実をつかめているのだろうか。
八島さんに続いて、全員が先へと進んでいく。
最後に僕はもう一度だけ、その部屋を見た。
壊れたポケベルがぽつんとテーブルに置かれているのが印象的だった。
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