生産職は取り残された
渦巻 汐風
集団神隠し1-1
蝉が耳障りな程に鳴く蒸し暑い夏の日。
その日俺は神に出会った。
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暑い、蝉が五月蝿い。
これだから夏は嫌いなんだ、暑いだけで何の得もありゃしない。
どうして夏は存在するのか、なんて適当なことを考えながら独りで住宅街を歩いていた。
「あちぃ…」
今日の気温は37℃、熱中症になって普通に死ねる。
普段部屋から全くと言っていいほどでない俺にとっては地獄を見ているようだ。
ほら、その証拠に目の前が白く霞んで…
「あれ?ここ何処だよ」
気がつけば、ウンザリする程のうだるような暑さも、耳障りな蝉の鳴き声も、道路のアスファルトから立ち上る陽炎もそこには存在してはいなかった。
「なんだこれ、暑さで気でも狂ったかよ」
そんな事より早くクーラーの効いた涼しい部屋で西瓜を食べたい。
ばぁちゃんの作った西瓜を食べる為にこんなクソ暑い中畑仕事をして来たってのにこれじゃあクーラーにすらあり付けないじゃないか。
こんな状況なのに西瓜の心配をするあたり俺も相当参ってるな、なんて思いながら辺りを見回す、が何も無い、真っ白だ。
「ハハッ、ホント…マジで熱中症かな、幻覚だよなこれ」
眼をゴシゴシと擦って見るも一向に晴れない俺の視界。
眼の前には只々『白』が広がるばかり。
この時、俺は恐怖を感じていた。
最近ニュースでやっていた10代から20代の若い男女が行方不明になっていると言う事件を急に思い出したからだ。
その時は話し半分で聞き流していたが、まさかこの身に起こっている今の状況はもしかしたらこれと同じことなのかもしれない。
「ヤバイ、ヤバイヤバイどうすんだよこれ、完全に集団神隠しじゃないか!?」
そのニュースは「集団神隠し」と呼ばれ世間を賑わせていた。
話半分に聞き流していたとはいえ毎日ばぁちゃんやじぃちゃんが話をしていたら頭には少しぐらい残っている。
先程思い出していたこともその一部なんだが今完全に思い出した。
「あの事件は確か14歳の女子中学生から始まって、たしか順番に上がっていってこの前は24歳だから…」
今の俺の年齢は25歳、つまり。
「俺が次の被害者…」
『被害者ではなく、選ばれしものですよ「深青(みさお) 幸太郎(こうたろう)」さん』
声が聞こえた、突然に。
それは若い女性特有の張りのある声だった。
「な、なんだ!?いきなり声が!!」
『そう騒ぐでない、面倒じゃからの』
別の声が聞こえた、今度はしわがれた老人の声。
それは別々の方向から聞こえてきた。
その方向へ目を向けてみるも、依然として目の前の『白』は晴れない。
『探しても無駄じゃ、我らは姿を表さん、お前さんの前にはな』
『「神」たる私達があなたの前に姿を現す理由は皆無、よって貴方は私たちの姿を見ることもない』
交互に繰り返される声と声。
どちらが女でどちらが老人かはもう俺には分からなくなっていた。
だが、俺は声を振り絞り話しかけようとした、が
『貴方はそのままで結構です、要件は直ぐに終わります』
『じっとしておれ、話を聞いてもらうだけじゃ警戒しなさんな』
警戒しているつもりは全くなかったのだが、どうやら老人の声の主はそう取った様だった。
声が出せないのならせめて目線で、そう思い眼で意思を伝える
『では、話を』
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その話はすぐに終わった。
話というのはズバリ異世界へ行けと言う極単純でシンプルな話。
たしかに最近、異世界転移モノや転生モノは流行っているが、それが現実になるなんて誰が思うだろう。
あれは空想であるからこそ面白いというのに。
いざ現実になってみるとこうも恐怖を感じるものなのか。
だっていきなりこんな変なところへ来て、声が聞こえて、挙句の果てには異世界へ行けと言われているんだぜ?俺は普通の人間だ、こんな変な出来事に遭遇したことは無いから耐性なんてものは微塵もない。
いくつもの異世界転移物の主人公達は何故ああも簡単に別世界へと行けるのか、本当に地球に未練はないのか、家族に会えなくなるんだぞ?友達にも、身内にすら会えなくなるのにそんな安易に決定してしまっていいのか?
俺には親はいないけどじぃちゃんとばぁちゃんがいる。
ペットもいるしそれに仕事だってある。
今も仕事が溜まっている状態だったんだ。
仕事があるのに畑仕事していたことはこの際考えないようにするが、とにかく俺には置いていけない事ばっかりだったんだ。
でも、神は選択を与えてはくれなかった。
話すだけ話した後、俺は意見を伝える前に異世界へと送られてしまった。
そんな経緯で異世界へと送られた俺はその場にいた俺を除いた11人の人間達と異世界での生活を余儀なくされてしまった。
これは元の世界に未練しか残さなかった男の、異世界で必死に生き抜いていく物語だ。
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