第18話 ダーティインザダーティ! イカサマはしちゃいけません!

「く、配ります……」



 ここはニューヨークの何処かにある何処かの地下。そこにある一つの大部屋は張り詰めた緊張感で誰も近寄る事のできない場所になっていた。


 木製のテーブルとその両脇にあるくたびれた椅子。そこに腰掛ける二人は落ち着いて互いに視線を交し合うが、周囲に群がる男達に二人のような落ち着きは皆無だ。


 テーブルを境にして真っ二つに群集が割れている。テーブルに座る男二人の頭上では火花が見えそうなくらいメンチの切りあいが行われていた。


 真っ二つに分かれて集まっている白づくめと黒づくめの男達。服装から見ても、互いの険悪さがわかりそうだった。



 「んだったごるぁあああ! てめ、ディーラーが境界線っつったろぉがよぉぉ! 何テメェこっち来てんだよぉ! ぶっ殺すぞッ!」



 「ああ!? それはコッチのセリフってんだっこのダボがぁぁぁ! そっちがまもんねぇからこっちも近寄らざるえねぇんだろっがおらぁ!」



 テーブルを境というのは少し間違いだ。テーブルの中心位置でトランプをカットするディーラーが境界線になっている。



 「んだっとゴラァ! ブツブツいってっとぶち巻くぞんらぁぁ!」



 「やってみろってんだっこのウジん子がッ! どらぁぁぁぁ!」



 その境界線は紛争地域の国境に匹敵するほど緊迫していた。


 幾人かの男達がディーラーに両側から銃を突きつけているのだ。左右から腰、頬、頭と突きつけられ、ディーラーの命は今にもキレそうな男達に託されてしまっている。そんな状態でもトランプをカットできているのは、曲がりなりにもディーラーとしてプロを名乗っているからだろう。



 「やめろお前ら。恥をかきたいなら帰ればいくらでもつきあってやる。最近つまらん些事が増えたからな。イライラしてんだ」



 「ほう、その些事というのはこっちの事を指しているのか? それならばコチラも同じセリフを返したいところだが」



 テーブルには二人の男が座っている。ボスであるシラガネス=ネーギィーシーとペンタゴラ=ワダラは己の部下を諌めた。


 左に群がる白づくめのボス、シラガネス=ネーギィーシーと右に群がる黒づくめのボス、ペンタゴラ=ワダラはここでとある物を手に入れるためポーカーで対決しようとしていた。


 その理由はまず無駄な血を流さぬためだった。シラガネスとペンタゴラはこれまで何度も衝突し膨大な数の部下達を失っている。その犠牲は増大を辿っており互いにどうにかしたいと思っていた。


 そして、もう一つは決着の早さだ。こうしてポーカーといったゲームで一本勝負をすれば時間をかけずに決着がつく。以前この両組織で戦いが起こった時、決着まで一月以上の時間がかかったのを考えれば大幅に短縮できているのがわかる。


 ゲームという形式は互いにとって理想の勝負方法だった。



 「シラガネス。なぜお前はあんな物を欲しがるのだ? たしかにアレはレアな植物だ。今は亡きゲドシェン・藤原の遺産でもある。手に入れて売り払い、組織の資金でも作るつもりなのか?」



 「それはこちらのセリフだペンタゴラ。お前こそアレを手に入れてどうするというんだ? あの植物の価値がわかるようには思えんがな」



 「シラガネスよ。もうマフィアという組織が武力を維持すれば勝てる時代は終わってんだ。原始的武力維持を続ける古い世代と俺は違う。それを馬鹿野郎達に解らせるためには、藤原の遺産が必要なんだよ」

 「ほう。どんな内容か興味はないと言えば嘘になるが、まあいい。お前はお前だ。俺はあの植物で組織の可能性を広げようと思ってな。あの藤原の遺産は是非欲しい」



 二人はテーブル中央の隅。丁度、ディーラーの前に置かれている小さな鉢に入った植物を見た。


 腕ほどの長さまで背を伸ばした小さな緑樹だ。一見した所、それ以外特に変わった所はない。しかし、この緑樹を見る二人の目つきはただの緑樹を見る目つきではなかった。


 カードが一枚シラガネスに配られる。



 「目的を具体化する算段がついた。それにはアレが必要なんだ」



 同じくペンタゴラにも。



 「だから渡せと? ふん、アレをうまく使おうとしているのがお前だけと思ったか? 自分一人が閃きの持ち主だと思うなら、今すぐ滝に打たれて頭を冷やしな」



 ペンタゴラの言葉を最後に部屋は静まりかえる。カードが配られるにつれ、場の緊張が高まっているのだ。膝を震わすディーラーが今にも泣きそうな顔をしているが、突きつけられた銃のおかげと言うべきか悲鳴は出さずに済んでいた。


 カードが五枚配られ二人が手に取った。部下達は覗き込みボスに何の役が揃ったのか、もしくは何が揃いそうなのかを確認する。



 「おほおおおおおおお!」



 ペンタゴラの部下がたまらず喚いた。



 「こいつぁウチらの勝利だぜ! テメェら寝しょんべん垂らして悔しがる準備はできたかよ! ヒャハァァー! ヒッハッハッハハハ!」



 他の部下達からも下品な笑いが漏れた。腹を思い切り抱えて罵るように笑い,


これでもかとヒラガネス達を卑下した。



 「はぁ? 何いってんだ! それはこっちのセリフだ! 勝った気になってんじゃねよアホんだらがぁぁ!」



 再び罵倒が始まる。それは先ほどのようにキリなく醜く行われると思ったが。



 「さてシラガネスよ。そっちにどんな役が揃ったのかは知らねぇが、俺の手札は不動の強さを誇るといっていいだろうな」



 「ほう? ならどんな手札が揃ったか興味があるな」



 「では、一斉に公開といこうじゃねぇか」



 「いいだろう」



 部下達の罵倒がやみ、シラガネスの手札とペンタゴラの手札が机に公開された。


 ペンタゴラはスペードのロイヤルストレートフラッシュ。ポーカーでは最強といっていい役だ。



 「残念だったなペンタゴラ」



 「……何?」



 ペンタゴラの眉がピクリと動いた。


 シラガネスの手札はエースのファイブカードだった。ジョーカーを含んで成立する、ロイヤルストレートフラッシュを超えるポーカー最強の手札だ。


 だが、これは明らかにおかしかった。この場にはスペードのロイヤルストレートフラッシュとファイブカードが揃っている。


 そう、スペードのエースが二枚あるという事態が起こっているのだ。


 明らかなイカサマが起こっていた。



 「……おい、これはどういう事だシラガネス?」



 「どういう事だと? そんなのこういう事じゃないか。お前の手札より俺の手札の方が強い。約束通り藤原の遺産は俺がもらっていく」



 「待てよテメェ」



 立ち上がろうとするシラガネスにペンタゴラは静かに、そして“警告”する口調で言った。



 「お前……イカサマをしたのか?」



 「イカサマ?」



 苦笑してシラガネスは答える。



 「そんなの当たり前だろう。お前こそやっていたじゃないか。一週間前にディーラーに脅しをかけていたのはバレているんだぞ。これでは不公平だから俺も確実になるようにディーラーに根回しさせてもらった。それだけの話だ」



 ペンタゴラの部下達が一斉に銃を構えた。罵倒はない。ペンタゴラの命令を聞き逃さないように部下達が集中しているのだ。


 シラガネスの部下達も同じである。こちらも声はない。



 「それだけじゃねぇだろ。それ以外にも何かしねぇとお前が勝つ算段にはならん」



 ペンタゴラはこの勝負が始まる前、入念にディーラーへ脅しをかけていた。あのディーラーは自分の命が一番大事だと思っている典型的な小物である。鉛球を周囲に何発かくれてやるだけであっさり服従した。


 しかし、あれは嘘だったのだろうか。シラガネスが仕掛けた演技だったのだろうか。



 「俺はあんたと同じ事をしただけだよペンタゴラ。それでこの結果がおこった。これがどういう事なのかあんたにはわかるだろう?」



 シラガネスは緑樹に手を伸ばした。



 「つまり、あんたより俺の方が怖かったって事だ」



 触れた瞬間、ペンタゴラとシラガネスの間で銃撃戦が始まった。


 部屋内の狭い空間だ。何人かはすぐに死亡し、本格的な戦いはドアの外に出てからかと思ったが。



 「ぐあッ!」


 「なッ!?」



 「ぎゃああッ!」



 ペンタゴラ側のドアからシラガネスの部下達がなだれ込んできた。シラガネスはこうなる事を見込んで部下達を外で待機させていたのだった。



 「シラガネス! 貴様ッ!?」



 「マフィアが正々堂々と勝負なんておかしいだろう。そんなの何も面白くない」



 「クッ……シラガネスゥゥゥゥゥッ!」



 決着はすぐについた。挟撃されたペンタゴラ達は立て直す暇がなくすぐに殺された。シラガネスにとってペンタゴラは何度と戦った相手だったが、一つの組織がまた無くなったという結果以外に思う所はなかった。



 「後は任せるぞ」



 「了解でさぁ」



 緑樹を持って一人シラガネスは自分のアジトへと戻る。


 しばらく車を走らせ、とあるビルへとやってくる。その地下へとシラガネスは降りて行き目的の人物の元へと向かった。



 「おやおや。お早いお帰りですなボス」



 「例の物が手に入ったぞ」



 「おお! これですこれです! よく手に入りましたな」



 ボサボサの白髪が印象的な白衣の老人。リードル・パチェットは目の色を変えてシラガネスから緑樹を受け取った。



 「これで例の研究は進むのか?」



 「ええ、ええ。このゲドシェン・藤原の作った昏睡樹さえあれば二週間程で完成にこぎつける事ができます」



 「遅いな。一週間にしろ」



 「へへぇ~」



 昏睡樹を見て喜ぶリードルを横にシラガネスはソファーへやれやれと座った。


 シラガネスはマフィアの中でも一番武器の開発に力を入れており、様々な悪の科学者を雇っている。リードルはその中の一人で様々な薬物の開発を任されていた。


 相手を殺せる薬は当然として、特定の病気を植え付ける事のできるモノや、身体能力を爆発的に高めるものなど、色々な薬を造っている。見た目はただの変な老人だが腕はたしかでシラガネスの組織に多大な成果を与えている者の一人だ。


 昏睡樹はリードルの欲しがっていた材料だった。


 これさえあれば“解毒しない限りずっと眠り続けてしまう毒”を作る事ができる。


 ずっと開発が滞っていたモノなので、やっと完成させる事ができそうだ。



 「おお、そうそう。ボスに報告しなければならない事ができましてな」



 「なんだ?」



 「こちらへ」



 リードルに連れられ、研究室をシラガネスは歩いていく。この後、アオ・銀河博士に会いにいかねばならないので少し休みたかったというのに。

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