Second Line

淡月カズト

第1話 流行についていけない。

 夏も近づいてきた頃、太陽がさんさんと地面を照らしている。並木道には鮮やかな緑の連続。

 そんな中、駅前のシンボル的な大木の下で一人の成人女性が寝ていた。

 酔っ払ってここで寝てしまったわけではないことは、頭から大量に流れている血が教えてくれている。

 血の量から察するにもう死んでいるだろう。手には工具で使うようなカナヅチ、つまり鈍器。

 この光景は異常だ。

 当たり前だ、だって人通りのある場所に混じって生々しい死体があるのだから。

 でも。

 みんな何もリアクションを見せないで通り過ぎていく。

 汗を拭って通勤しているサラリーマンも、ギターケースを持って友達とわいわい喋りながら登校している女子高校生も、杖をついて散歩しているおじいちゃんも。

 誰もがみんな悲鳴や大声をあげることもなかった。きっと少し奇抜な看板があって目を一瞬取られるくらいの存在、それっぽちだった。

 死体がそれっぽっち。

 ……。

 俺、手城ユキは遠くの空を見上げる。

 初夏にふさわしい青空だったが、そこには奇妙な電柱。電柱の途中からロープがぶら下がっており、その先で成人男性の首を思いっきり絞めていた。おそらく電柱の足場から飛び降りて首を吊ったのだろう、つまり自殺だ。

 もちろんそんな姿もみんな気に止めていない。

 ……。

 俺も一般人と同じく気を止めないで過ぎ去っていく。背中の方では救急車のサイレンが徐々に近づいてきている。きっとさっきの死体の処理でもするために来たのだろう。救急車は今や看護師など乗っておらず、死体処理のバイトの人が乗ってるとか。このご時勢だと死体処理は儲かるらしい。

 そんな狂った日常を生きている。


 特に意味も考えず授業を受ける。そして特に意味も考えずに休み時間を過ごす。特に世間話する友達がクラス内にいるわけでもないので、机の上に腕をおいて寝たふりでもしておく。

 大体みんな話す内容が流行のモノばかりでつまらない。

 お前たちはどれだけ時代に流されているんだ。どれだけ軽い人間なんだ。どれだけ中身が無いんだ。

 恥ずかしく思わないのか。思っていないからそんな振る舞いが出来るんだろうな。俺はいわゆる「時代遅れ」だが、それを誇りに思っていると言っても良い。

 それでもやはり暇で仕方ないのでなんとなく周りの会話に耳を傾けてみる。

「ウチさぁ、来週自殺するんだよね~。山奥で練炭自殺。マジ楽しみだわぁ~」

 集団の中の女の一人が下品に笑いながらそんな事を楽しげに言っていた。自殺するなら勝手にすればいいのに。小学校高学年によくいた○○ちゃん一緒にトイレに行こうっていう通称・連れションのまがいものかよ。

 そんな醜い集団の中にさらに醜いチャラい男子集団が追加投入。

「え!? マジかよ! 俺も来週するぜ! マジで今から楽しみだわぁ~!」

 ……。

 本当に流行ってるんだな。どうにも理解出来ない。

 ていうかこの校舎の屋上から頭から飛び降りれば自殺出来るんだから今すぐやってくればいいのに。どんどん飛び降りて校庭に死体の海でも作れよ。その方が目障りがいなくなって俺としては助かるよ。


 少し前まではこんな異様な光景は存在してなかった。

 ごくまれにニュースで集団自殺が報道されたり、自殺掲示板がどうたらこうたらなんてこと程度だった。

 俺は自殺について特に何も考えていなかった。確かにこの現実には絶望しているし、死んでもいいかなとは常日頃から思っている。それでも自分から死ぬのは流行に乗ったと思われて敗北感に襲われる。

 この世界は絶望ばかりだ。

 色々な絶望を見てきた。自殺の原因の主であろうイジメとか。

 イジメはある意味不滅の生き物だと思う。みんながみんな仲良く楽しく笑って毎日を過ごしている姿なんて想像出来ない。みんな人間なんだからイジメなんて無くならない。

 きっとイジメられて自殺する人は色んな心情を抱いてその命を無くしていくのだろう。 

 それが今では周りで自殺自殺の連続である。一人でする人もいれば、友達、恋人、家族で自殺なんてケースも珍しくもない。

 俺が朝っぱらに見た死体はおそらく自殺した人だ。どうせなら俺の目に見えないところで自殺してほしいのが本音、でもそんなこと言ってられないのが今の異様な状況。


 放課後になり、俺はおもむろに学校の図書室に足を入れた。図書室は教室みたいに騒ぐアホ共がいないから楽園だ。

 俺の目当ての本はすぐに見つかった。親切にも特設スペースなんて作って大量に置いてあったから嫌でも目に入ってくる。

『死後の世界』

 それがこの本のタイトル。

 厚さにして普通の本の三冊分はあるだろうか。やたらと洋風な作りになっているこの本は元々海外で出版されたものであり、日本語に翻訳されて発売されたものだ。日本の他にも世界各国で翻訳されていて世界的ヒットを叩き出したベストセラーである。

 先週、とうとう我が学校の図書室にも入荷されたと聞いてなんとなくやってきた身分だ。

 世界で売れているベストセラーなんだから図書室でもすぐに全部貸し出されてると思ってきたんだが、全くと言っていいほど貸し出されてる様子はなかった。

 まぁ当たり前と言われれば当たり前だ。

 だって大体の人間はもう既に読破済みなのだから。今更読んでいない流行おくれは俺くらいしかいないだろう。それくらいのレベルで大流行したのだ。

 当然の如く俺はこの本を読もうとは思わない。

 その理由は単なる意地。他人から見ればとてもくだらない意地。その事でいつも俺は周りからバカにされる。流行遅れだの頑固者だの言われ放題。

 

 この本の中身についてザッと説明しよう。

 著者はアメリカの大手企業に勤める若手のビジネスマン、三ヶ月前に出版された。

 これだけの情報ではどこにでもある本にすぎないが、一つだけ前代未聞な点がある。

 そのビジネスマンは一度死んでいる。

 通勤途中に暴走したトラックに轢かれたとか。完全に轢かれて即死状態とかニュースで言ってたかな。

 しかしそのビジネスマンがなんと葬儀中に生き返ったのだ。そして生き返ってからすぐさまこの本の執筆に取り組んだらしい。寝る暇も食べる暇も惜しんで書き続けたこと五日間、この伝説のベストセラー本である『死後の世界』を完成させた。

 さらに驚くことに完成させた直後に彼は自室の窓から飛び降りて自殺したらしい。

 それだけ聞くと驚愕の事態だが、それは『死後の世界』を見ればみんなが納得した。『死後の楽園』にはその名の通り、死後の世界についてひたすら連ねられていた。

 最初に書かれていた文章は。


『Second Line is Paradise. 死後の世界は楽園だった』


 おそらく原文の最初が前者の英文なんだろう。

 翻訳すると、死後の世界は楽園だった、だな。


 この文章を筆頭に素晴らしいことをひたすら書き表しているらしい。

 全て人から聞いた話なので「らしい」としか俺は答えられない。その内容を知ろうとも思わないわけだが。

 こうして大ベストセラー本となったわけだ。どれほど魅力的に死後の世界を書けばこんなにバカ売れするんだろうな。

 そして皮肉な事にバカ売れすればするほど自殺者が増えていく。これからもきっとどんどん増えていくだろう。

 みんながみんな、楽園を求めて。

 きっと将来的には俺の周りからどんどん人がいなくなって取り残されていくのかな。その時はその時で一人で孤独に気ままに生きていくよ。俺にとっては雑音がない現実世界が『楽園』かもしれない。

 もしだ。もし俺がこの本の中身を目にしてしまったらどうなるだろう。

 楽園の良さを実感して今すぐに死を選ぶだろうか。それともこのまま生を選ぶだろうか。そもそも死することが生なのか。生することが死なのか。生き地獄という言葉があるが、まさに現実世界がその名の通りになってしまうのか。

 考えたくもない話だ。

 

 俺はそのまま図書館をあとにして行きつけの駅前の本屋へと向かう。少し気になっている本があるから見に行くだけであって、決してアレを買いに行くわけではない。

 たどり着いて一番先に目に入ったのがやっぱりアレ。嫌でも目に入ってくるんだから洗脳みたいなもんだ。みんな洗脳されているんだ。

 俺はそんな空気が嫌だったのでそそくさと目当ての本だけを買って逃げるように店を出た。実際逃げてるようなもんだ。

 さっさと家に帰ってベッドでゴロゴロこの買った本を読みたい。そのためには目の前にある駅に入って人ごみに揉まれながら電車に乗らないといけない。本当に帰宅ラッシュ時の満員電車はキツイ、出来れば避けたいが学校に遅刻してしまうので乗らざるを得ない。

 というわけで人が溢れに溢れてばかりのホームの黄色い線上で電車を待つ。線路には明らかに人が轢かれた血痕が生生しくこびり付いているがもちろん誰も気に留めない。みんな自分の携帯端末を無言で弄ってるだけ。どうせその端末で一緒に自殺しませんか、なんて掲示板に書き込んだり、友達同士で自殺の計画を立てているんだろう。

 あぁ気分が悪い。俺も気にしなければ気分が悪くないのに。

 俺は端末を馬鹿みたいに開くほうじゃないから今は開かない。適当に明後日の方向でも見ておく。考えることと言ったら今日の晩飯のメニューくらいだ。


 電車の揺れからやっと解放された。やはり外の空気は美味しいな。人がごちゃごちゃいる空間の空気なんて不味くて当然だけども、今を支配している空気は人生の中で一番不味い。

 もともと人が集って生み出されるものなんて欲望とかで汚いものしか出来ない。この世で一番怖い存在は人間で間違いないと思う。

 そんなバカみたいなことを考えながら団地の集まりの中を歩く。どこを見まわしても同じ色で同じ成分で同じ形をした団地しか見えない。ちょっと違うのは汚れ方くらいか。まるで周りの人間のようだな。

 所詮みんな同じ、みんな同じなんだ。あとは多少飾りが付いてるだけ。 

 また馬鹿な事を考えてしまった。考えても誰も答えてくれないんだから無駄なことこの上ない。

 適当に空でも見上げてみる。

 ちょっとだけ日が暮れてきて真っ赤に澄んだ空が見える。

 俺もこれくらい澄んだ心を持ちたいな……。

「ん?」

 思わず声に出してしまった。

 俺の真上には澄んだ空以外の物が確かにあった。それは時間が経つにつれてどんどん大きくなっていく。

 その間は短い時間だったけど、俺には長く感じた。人はそれを、走馬灯と呼ぶんだろうか。思えば俺はどんな人生を送ったんだろうか。

 小さいころの記憶はあまりないけど、昔から俺は性根が腐ったやつだったらしい。だからあんまり友達も出来なかったんだってさ。それが今でも響いているらしい。

 その根性の無さを叩き直したいがために母さんが空手を俺に習わせたんだけどさ。それがまた面白い話があって、初めて三日目の事だったかな。俺が……。


 グチャ。


「マジあいつウザいよねwwww……ねぇ、藍ちゃん」

「ん?どうしたー?」

「あれ、屋上から人が飛び降りてる」

「あー。飛び降り自殺かー。アタシ今週で二回見てるからねー」

「それじゃなくて、飛び降りたあと……」

「あ……うわぁ、あの男の人、飛び降り自殺に巻き込まれちゃったよ……」

「あの高さから降ってきた人間にぶつかったら、そりゃ死ぬよね?」

「マジ、このケースは見たことないわぁ。超レアじゃん」

「写真撮っとこっか♪」

「趣味悪ぅー」


 こうして俺の一生は終わり、『楽園』へと向かったわけだ。

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