オタクよ熱き恋をしろ、君の知識を使う時は今

東京美少年

第1話 鉄人とブラックオックス

「うちが映画館になるぞ」

 ある土曜日に父がこう言った。体には汗がしっとりと浮かび、ちょうど夏の訪れを感じ始めた時期だった。居間でネットをしながらニヤケ顏で何か調べてると思ったら、突然こんなことを言い出した。パソコンのデカイ画面には、これまたデカイと思われるスピーカーの画像が映し出されていた。ホームシアターのことを指しているのは分かった。

「もうあるじゃん、ホームシアター」

 僕が若干冷たくそう言う。僕が小学校2年生の時に、家にホームシアターが導入された。居間の壁の3分の2を覆うスクリーンと、巨大なレンズのついたプロジェクター。そして6.1ch、つまり前3個、後ろ3個のスピーカーと重低音用スピーカーが1個。当時の父は「家が映画館を」と豪語していた。

 映画館の音響は5.1chが基本だから、6.1chのうちのホームシアターの方が凄い、というのが父の論理だった。確かに音響は凄かった。重低音スピーカーが鳴れば家全体が揺れ、迫力を感じた。でもスクリーンの大きさは映画館の足元にも及ばない。子供ながらに、父を大ボラ吹きだと思った記憶がある。


「古い機材を全部新しくするんだよ」と父がドヤ顔で説明を加えた。僕もここぞとばかりに反論した。

「昔は映画館を超えたって言ってなかった?今回は越えないの?」

 父は苦笑いしするしかなかった。

「そんなこといったか〜?今の映画館は機材が凄いから無理だよ」

 こうして僕が高校2年生の夏の初め、うちのホームシアターが新しくなることに決定した。スクリーンは若干大きくなり、より自然に光を反射させる素材のものになる。プロジェクターも写りの良い、よりカッチリ解像するものになる。スピーカーは7.1ch、ちょうど映画館と同じになるそうだ。想像しただけで僕もニヤケてしまう。

 全てはAV機器と映画が好きな父のおかげだ(思春期の僕はAVという言葉だけでドキッとしてしまうが、こういう言葉なのだから仕方がない)。母は不満そうな顔をしているが、父のニヤケ面を見てついつい許してしまったようだ。「大きなお買い物なんだからよく選んでよね」と、それが家計を握る母のささやかな抵抗だった。


 この日の夜、これから廃棄されることが決定したホームシアターの機材で、最後の上映会を行った。窓を閉め切り、カーテンを引く。プロジェクターからの排熱対策としてエアコンをいれた。今年最初のエアコンからの冷風に、僕はますます夏を感じた。

「お前これ好きだったろ。これにしようか」

 父がLD(レーザーディスク)のボックスを僕に見せてこう言った。

「いいね。ブラックオックスの出る話がいいな」

 こうして鉄人28号を見ることに決定した。子供の頃から何度も見ている白黒のアニメ作品だ。父が半透明のビニールカバーからLDを出して、再生機にセットする。LDはDVDよりももっと大きな円盤で、表裏の両面が記録面になっている。虹色に輝くこの円盤を眺めるのが、子供の時から好きだった。LDの再生機は調子が悪く、何回かディスクを吐き出し、やっと再生が始まった。

 この壊れかけの再生機もこれを機に破棄するという。あらゆる作品がDVD化され、さらにはネット配信されている現在ではLDにこだわる意味はない。この鉄人28号も全話ネット配信されている。父はそれをしっかり確認した上で、LD再生機の破棄を決めたのだった。抜け目のない性格だ。これまで幾度となく僕を楽しませてくれたこのLDは、今後は再生されることのないコレクションとして棚に並ぶのだ。少しだけしんみりしてしまった。


「良いも悪いもリモコンしだい〜♪」という主題歌が流れる。鉄人28号はリモコンで外部から操縦するロボットだ。そのリモコンを悪人に奪われたら、鉄人は一転して悪の巨大ロボットになってしまう。

 実に示唆に富んだ歌詞だ。時としてアニメには深いテーマが示される。むしろ哲学的なテーマを含んでいてこそ良作となる。そういえばスパイダーマンの映画にも似たようなテーマがあったな。「大きな力には大きな責任が伴う」。少し違う気もするけど、ようは強大な力は使い方が大切ってことだ。

 僕の父は大きなお金をホームシアターに使った。その結果、僕は映画に限らず、古今東西のアニメ作品を見まくって、立派なオタクとなった。この力の使い方は果たして正しいのだろうか。良いも悪いも親しだい。今も昔も、オタクなんて歓迎された存在ではない。だが少なくとも、家族と仲のいい高校生に育った僕は、いい子供ではあるのだろう。

 などと考えているうちに、スクリーンでは鉄人がブラックオックスと組み合っている。今のアニメに比べたら作画も演出も下手くそだが、僕にとっては鉄人28号がロボットアニメの原点であり1つの到達点だ。

 鉄人以降、ロボットアニメには2体の魅力的なロボットが出てくる。鉄人に対するブラックオックス。ガンダムに対するシャアザク。エヴァで言えば・・・・いやエヴァはロボットじゃないから除外(エヴァは人造人間という設定だ)。ニルバーシュに対するジ・エンド。ライバルであり、時に仲間となる2体。不思議な因縁があり、似た者同士の2体。

 ここで思春期の僕は考える。僕にとってのブラックオックスは誰だろう。父には母がいる。祖父には祖母がいる。僕のソウルメイト、魂の片割れは、今どこにいて、いつ出会うのだろう。クラスメイトの尾崎さんがそうだろうか。それとも尾崎さんはシャアザクではなく量産型ザクなのだろうか。


 これは僕が、僕にとってのブラックオックスと出会う物語だ。彼女は僕に負けず劣らずのオタクで、想像していたよりも幾分か年上だった。

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