唯一性の二律背反

ごましお

第1話

 青い空、白い雲。眩しい太陽。その太陽を遮るように、翼の生えた女生徒がばっさばっさと飛んで行く。誰も彼もが笑顔を浮かべ、新たな出会いに胸を膨らませながら無駄に立派な、様々な彫刻で象られた校門へと吸い込まれていく。尻尾が生えた細身の男子も、鋭い牙が目立つ活発そうな女子も、背丈が他の2倍はあるかというような大男も、どいつもこいつもキラキラした目をしている。そんな異形同形、様々な形を持った人々がひとつの場所を目指して進む光景は、なかなかに圧巻だ。


 此処は、王立学院ゲヒルン。大国ケルパーの王都に位置する、青春を控えた男女諸君が、自分の未来を選び取りに訪れる、花の学び舎である。そして今日が、記念すべき新入生の入学の日なのであった。


 しかし――空上匝は憂鬱だった。文句なしに周りの生徒とは違うオーラを放っている。

この時間、この場所で他の皆と同じ方に向かっているということは、彼もまた新入生で間違いない。しかし、その足取りは重く、次々に後続の新入生たちに抜かされていく始末だった。

身長は一・八メートルほど。少しがっしりした体つきで、顔だって絶世の美男というわけではないが、そこそこに整っている。目付きは悪いが、見た目だけならそう悪くない、むしろ良いとさえ言えるスペックだ。これは普通ならば、より一層花の学院生活に期待を膨らませる所なのではないか、というところであるが、しかし、匝はその憂鬱そうな表情を崩さない。

覇気の無い足取りで校門をくぐり、溜息をひとつ。

そして、高さ五十メートルはあろうかというゲヒルンの校舎を見上げながら、

「……何で俺が……」

不服そうに呟き、自らの黒髪を掻いた。

その顔には、戸惑いと不安が浮かんでいる。

今からでも帰れないかな。……駄目か。そんなことをしたらボコボコにされてしまう。

突然校舎が爆発しないかな。可能性は、零じゃないはずだ――

などと、立ち止まって不毛なことを考えていた匝だが、ようやく自分の中で納得したのか、

「――ま、今更そんなことを言っていても仕方ないか……」

と、不承不承ながら校舎へと一歩を踏み出した。


が。


体に軽い衝撃が走る。慌てて前を見ると、一人の女生徒が尻もちをついていた。

「悪い、大丈夫か?」

ぶつかってしまったのだと察するが否や、匝は女生徒に手を差し伸べる。

「っ、ええ、大丈夫よ」

女性徒は軽く臀部を擦りながらも、匝の手に掴まって起き上がった。

手に掴まって、立ち上がる。それだけの単純な動きからも、滲み出る気品と優雅さ、のような佇まいが感じ取れた。もしや、どこぞのお嬢様とかなのだろうか?

機嫌を損ねなたら面倒だな、などの思考を巡らせつつ、

「すまん、ボーッとして前を見ていなかった……」

匝は改めて謝罪の言葉を口にしながら、初めて彼女をまともに――見た。

――その瞬間。匝は、何か名状し難い衝撃に襲われた。


腰まで伸びた、流麗で全てを反射するような銀髪。

凛々しい目、通った鼻。凛とした、を具現化したような端正な顔立ち。

地味な学院指定のスカートから伸びた、健康的な脚。

そして、そんな中でも自らの存在をきちんと主張する、暴力的な胸。

「ぉ……」

「いいわ、気にしないで。私も少し……って、どうかしたの?まだどこか汚れているところでもある?」

体の埃を払いながら彼女は尋ねた。

彼女の美貌を受けて、思わず無言になってしまった匝だが、彼女の言葉を受けて再起動する。

「い、いや、そんなことはない」

少し挙動不審気味になってしまった気もするが、彼女はさして気にしなかった。

匝はわざとらしく一つ咳払いを挟み、佇まいを直す。

「そう?ならいいのだけど。ところで……」

と、彼女はそこで言葉を切り、匝のことを下から上まで一通り眺める。

そして最後に匝と視線を合わせ、微笑んだ。

「あなた、新入生でしょ?私もよ。新入生同士、よろしくね」

「ああ、よろしく。俺は――」

そこまで匝が言いかけて、彼女は少し慌てたように、匝を制して言った。

「ああ、ごめんなさい。自分の名前も言わないで。私は、ミア・シュタルク。ミアでいいわ。改めて、よろしくね」

「よろしく。俺は空上匝。俺も、匝でいい」



ミア・シュタルク。聞き覚えがあるような、ないような。――いや、多分ない。

こんな娘と会ったことがあるのに、忘却するなど男児ならばあり得ない。

するとミアは微笑みを湛えたまま、改めて匝の体を見渡した。

「ええ、よろしく、匝くん。……あなた、軽く見た感じだと、インビジブルみたいね」

……やはりその話が来たか。先程までの幸福感が霧散する。

匝の憂鬱の原因であり、この学院に来た以上、いや、この世に生まれた以上避けては通れないその話題に、匝はため息をつきたくなった。

「ああ、ま、そういうことになるな。でもそういうミアも、インビジブルじゃないのか?」

ミアは答える。

「そう言われると思ったわ。でも一応、私はビジブルよ。変異箇所は――」

そこまで言ってミアはいたずらっぽく笑い、鏡のような銀髪をかきあげて言った。

「当ててみて?」

匝は困ったように頭を掻きながら言う。

「当ててみて、って言われてもな……」

ミアは、どこからどう見ても基本的に自分の体の構造と変わらないように見える。勿論、男女間の差はあるが。

そんな困った様子の匝を見てミアは言う。

「仕方がないわね。じゃあ、ヒントをあげるわ。私の体に、他の人にもあるけれど他の人とは全然違うところがあるでしょう?そこが答えよ」

そう聞いて匝は得心した。

「ああ!なるほど、わかった!」

それを聞いてミアは満足そうに頷く。

他の人にもあるが、他の人とは全然違う、ミアの体の場所。

言われてみれば、そんなところは一つしかない。何故気が付かなかったんだろう。

その「部位」に目をやる。うん、明らかに全然違う。

「それは――」

ミアは自分の髪を手で弄りながら匝の答えを待っている。

そんなミアに、今日はじめて披露される笑顔で匝は告げた。

「胸だな!」

「――」

凍った。自信満々で告げた匝だったが、場の雰囲気が確かに凍ったのは実感をもって感じ取れた。

ミアは、匝の発現と同時に自分の胸を腕で覆い隠し、無言でわなわな震えている。

「……ミアさん?もしかして、違いましたか?」

解りきったことを訊く。この反応を見れば、正解の訳がない。

さらに言えば、これが不正解であることは言う前から自明であったのだが。

「……っ!」

ミアの、髪の色がどんどん赤くなっていく。

さらに加えてミアは顔も真っ赤にしながら、

「……あなたが、まさか、変態だったなんて、気が付かなかったわ」

その言葉だけ絞り出し、髪も顔も赤くしたまま踵を返して校舎へと入っていった。


「――髪だったか」

その後ろ姿を見送り、匝は苦笑いしながら言った。

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