私に明日があるならば

私に明日があるならば

私に明日があるならば・・・

そんな書き出しの作文を提出しろとのメル友からの要望が来てしまった。

メル友はいわゆる小説家になりたいという人で、たまに小説を読ませてくれる。

そのかわりアイデアを出したり、感想を求められたりするけれど、全部面白いからどう感想したらいいか少し悩んだりする。

まぁとにかく、内容は自由らしい。何を言っているのかが分からない。

いつもの明日じゃない。

何がおかしくてそんな意味がわからない書き出しで自由に書けさ。

自由にかけるかっつーの。無理よ無理。

机の上にはパソコンと原稿用紙がある。

どうするかは分かっているだろう。私はググる。ググってやるのだ。

「私に明日があるならば・・・っと」


でない。出てこない。何かの文献でも無いみたいだ。

そもそもこの場合の明日ってなんだろう?

日付の明日ではないことは確かだ。

ぼーっとしていれば明日はある。というか、来る。

それは明日じゃない?

12時を迎える、日付を越える。

それ以外の明日・・・?

●ikipediaで調べてみる。 希望的観測・・・?

つまり私に希望とは何かを聞きたいのか?

ならば正直に専業主婦になりたいと書くのみだ。

それ以上でもそれ以下でもない。

たんとんたん、包丁をまな板にいつもよりぶつけながら、そう考えた。

私はいわゆるメイドというやつだ。

フリフリの衣装を着て、好きでもない客にご主人様と言う、アレだ。

最初の頃はメイドという職業に憧れていたのかもしれない。中身はどうであれ、フリフリの衣装を着るだけで小躍りしていた。今ではもう踊ることは絶対にない。

私はアイドルになりたかった。

切った野菜類を鍋に突っ込む。

つまみを少し上げ、とろ火にしてアクを取る。

冬。

窓も部屋のドアノブも冷たくなってしまう冬。

冬をどこかで感じてしまうときは鍋を作りたくなる。

何鍋でもいい。モツでもキムチでも。

今日はそんな「冬」を、メイドカフェで感じてしまった。

帰り、着替える時に座ったパイプ椅子が妙に冷たかった。

私に明日があるならば、アイドルになりたい。

こんな年でいいのかって言われるかもしれない。でも明日は年を取るための時間的経過ではないのだ。なんだっていい。私はアイドルになる。

猫の鍋つかみをはめて、ちゃぶ台まで持っていく。

部屋には宣伝のチラシや様々な書類が散乱していた。解雇通知書、ペラ紙一枚もその中に入っていた。

今日の鍋は鳥の水炊き。

ちょうど鶏肉が安売りしていたから、買ってみた。

うん、おいしい。

テレビは天気予報とかつまらないバラエティ番組しかやっていなかったから、仕方なくよくわからないバラエティを流していた。

アイドルが体を張って無理難題を解決する番組「無理なんだい!」。割とアイドルの女の子が可愛くて、視聴率はいいみたい、と同僚の女の子が話してたっけ。

いやー、あれは私できないわ。

若いって凄いわー本当に。

若い頃に一度だけ、アイドルのスカウトが来た。何の名前かは知らないけれど、こんな所にまで出てこれる事務所ではなかった気がする。

その時はただ何かになりたくて、名刺をもらうだけもらって、返事ができなかった。

そんなことを思い出すとすこし胸が苦しくなる。

電話、してみようかな。

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