第80話 上からの道

 暫く登ってみたところ、重大なことに気が付いた。

 これ、丸いストーンいくつか持って登ったほうが楽だったな。降りるときも楽だろうし。

 だからといって今更戻るのも浮いている石を取るのも厳しい。


「ゆーしゃさまー、どんな感じですかー?」

「おー……ってとくしま飛べたんだったな……」


 振り返るととくしまがふわふわと浮いていた。

 そうだよこいつに飛ばせればよかったんじゃん。今日は全く冴えないな。


「今更だけどとくしま、俺を運んでくれないか?」

「すみません今ちょっと仕事中なので」


 俺の専属メイドが俺の用以外に仕事なんてあんのかよ。

 そしてとくしまは俺より上の方へ飛び……なんでとくしまの足にシュシュがしがみついてるんだ?

 ずっと上まで行くのかと思ったら、俺よりも少し上辺りで止まり、はしご状のものへシュシュを掴ませた。


「おいそんなとこに置くなよ。通れないだ……」


 ぐぬっ、こいつ!

 シュシュのスカートは長めだが、ペチコートというかなんか骨組み的なもので大きく裾が開いている。

 だから俺が見上げると、必然的に中を見てしまうことになる。

 本来ならば影になり見えないはずなんだが、こいつスカートの中に魔法陣さんを仕込んでいやがり、ほのかな明かりで照らしている。


「ああっ、勇者様が私のスカートの中を覗いておられますわ!」

「俺が覗いたわけじゃねえぞ! お前が見せてるだけだからな!」


 すぐに顔をそむけたが、嫌なものを見せられてしまった。

 ……あれ?


 い、今のってガーターストッキングじゃなかったか?

 はっきり言って俺はガーターストッキング否定派だ。理由は単純で、ちょっとやりすぎ感があるからだ。

 だがそれは黒の場合。白だとそれを清楚感が打ち消してくれる。調和というやつだ。


 ちょっと……いや、とても見たい。だが相手はシュシュだ。そして見た目ガキだ。見る価値なんてない。

 しかし白ガーター様に罪はない。くっ、俺がこいつのことで苦悩することになるなんて……!


「勇者様、苦しんでますね」

「てめえのせいだからなとくしま! お前の仕事はなんなんだ!」

「当然、勇者様に撫でられることです」

「だったらなんだこのザマは!」


 俺が憤慨していると、とくしまが耳打ちしてきた。


 あの位置から飛び降りるわけにはいかないシュシュをこの場に捨てて行こうというナイスな作戦のため、あえてこうしているらしい。

 基本的に非力だから自力でこのはしご状のものを下ることもできないだろうし。


「それはグッドアイデアだ。後でまろまろしてやるからな」

「えっ、あ……えっと、ええ……」


 なんとも歯切れの悪い返事をしてくる。興味はとてもあるのだがあの姿になりたくないという葛藤だろう。


「じゃあその件は後回しだ。俺を連れて上まで飛んでくれないか?」

「はい。でしたら両腕を前に伸ばして下さい」


 よくわからんが、はしごから手を離すわけにはいかない。だからはしごから体を遠ざける感じに腕を伸ばした。

 するとはしごと体の隙間にとくしまは入り込んで来て、両腕の間から顔を出し抱きついてきた。


「なにをしている」

「エキヴェンです!」


 なにを言ってんだこいつは。


「お前それなにか知ってんの?」

「いえ。ですがちとえり様が教えてくれました」


 だと思ったよ。そもそも駅とか弁当の販売とかがないんだから意味なんてわかるわけがない。そもそもこれはただしがみついているだけだしな。


「ちとえりの間違った知識を鵜呑みにするな。これは全く異なるものだ」

「そうなんですか!?」

「男が手で体を支えてやらないといけないし、そもそも発音が正しくない」

「正式名を教えて下さい!」


 知りたいのかよ。てか知ってどうするんだよ。


「……ウェキヴェンだ」

「う、うえ……」

「下唇を軽く噛んで言うんだよ」

「ウェキヴェン!」


 もはや原型がない。

 よしこれでこいつのことはどうでもよくなった。


「もういいや。飛んでくれ」

「はいっ」


 とくしまはいつもの聞くに堪えられない言葉を発し、ふわりと浮き上がった。


「ちょ、勇者様! どちらへ!?」

「悪いなシュシュ、お前は自力でどうにかするか、人生諦めてくれ」

「無茶ですわ! 私、体力のなさだけは自信がありますわ!」

「んなもんに自信持つな! だったら最初からこんなことすんじゃねえよ。じゃあ諦めてここで一生を過ごすんだな。行けとくしま」

「う、うう……」


 とくしまが離れていったらシュシュが泣き出した。くっそ面倒なやつ。


「悪かったって。ほら、手を貸せよ」

「相変わらず甘過ぎですね勇者様は」


 仕方ないだろ。性分は変えられないんだよ。


 シュシュは袖で目をこすりながら俺に手を出して来たから引っ張り上げてやった。

 するとシュシュは俺の首の後ろへ手を回し、がっしりとホールドしてきた。


「捕まえましたわ! もう離れませんわ!」

「てめ、離せ……今はまずいか」


 今離したら結構な高さを落ちてしまう。この高さで水面に叩きつけられたら生きていけないだろう。ちとえりだったら問答無用で落としていたけどな。


「勇者様! 私、ドキドキしておりますわ! これはきっと、愛!」

「ちげえよ! これはつり橋効果ってやつだ!」

「私、勇者様につりばされているのですわ!」

「つりばしてなんかいねえよ!」


 なにが悲しくてエロガキをつりばさなきゃならんのだ。


「どうでもいいけど大人しくしてろよ。もしなんかしやがったらガチで落とすからな」

「それは遠慮願いたいので、暫しこのままにしておきますわ」


 そうそ、最初から大人しくしていやがれ。



 暫く飛んでいると、少し飛び出した岩の先にはしご的なものがないことに気付いた。

 つまりあの飛び出した岩が目的地なのだろう。


「とくしま、あの岩のところまで飛んでくれ」

「はーい」


 とくしまが岩に寄っていったところ、途中で気付いた。岩陰に穴がある。

 あれはなんだろう。通路的なものかもしれない。


 更に近寄ったら、そこには人影が……レクシー様じゃないか。


「あら? みんなは下の道へ行ったのかしら」

「そうみたいです。私たちは勇者様が気付いたので偵察に」

「ふぅん。オスジャリのくせに目敏いわね」


 もっと褒めてくれてもいいんだぜベイベー。なんなら惚れてくださいなんでもしますから。


「それでこの穴は一体……」

「ここからティモテ山の上に出られるのよ。そこから延びるティモテ山道を通ったほうが効率がいいみたいね」


 いいみたいっていうのも曖昧だが、レクシー様も詳しくは知らないのだろう。

 じゃあなんでここを知って……と思ったら壁に色々書いてあった。俺たちはそれどころじゃなかったから気付けなかったようだ。

 まあどっちにしろ俺には読めないんだけど。


「えっとですね、ティモテ山道を下って行くと山の中腹に腹宿はらじゅくという宿屋街があるみたいですよ」


 じゃあ今日はそこまで行って終わりだろうな。

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