第77話 ふたりの未来
「またこれか……」
「毎度のことね。いい加減諦めてね」
俺の眼下には、いつものやつがあった。そう、崖だ。
今度のやつもかなり高い。目測で50キロはあるだろう。もちろんそんなもの目測でわかってたまるか! こええよ!
今回行くとこは地球よりも重力が強い。つまり落ちたら絶望しかない。
「どうやって降りるんだ?」
「そんなもん飛び降りるに決まってるね」
「どれどれ……うりゃ」
ちとえりは絶望の声と共に奈落へ落ちた。落ちたっつーか俺が突き落とした。
「勇者様どうするんですか。私たち降り方知りませんよ」
「そうなのか。まあ大丈夫だ」
「……ですね」
ちとえりのことだ。もうじき戻って来る。第一あいつは空を飛べるんだからな。
「そうだとくしま。お前の魔法で俺たちを降ろせないか?」
「無理言わないで下さい」
「でもコムスメんとこで俺たち飛ばしたじゃん」
「重量的に駄目です」
今回は人数が増えるうえに重力が強いから駄目か。
「やっぱとくしまは役立たずだな」
とくしまは信じられないと言いたげな顔で口をパクパクさせている。
てか今の言葉はなんだ? 俺の声だと思うんだが、俺はそんなこと言ってない。
「勇者様、それは流石に酷いと思いますよ」
「いや俺は──」
「そうだなもっと役立たずのごくまろがいるしな」
くそ! なんだこの現象は! 俺の心の声が……じゃない、俺はそんなこと思ってもいない。
「あーやっぱちとえり様じゃないと使えないな。こいつらただのエロガキだしなー」
「……そこだ!」
「ふぎゃう!」
俺は声がする方向へ手を突っ込むと、見えないなにかを捕まえることに成功した。
「おうちとえり。なに人の声真似してやがんだ」
「誤解なのね!」
「誤解じゃねーよ!」
なにも誤っていない以上誤解ではない。全てはこいつが元凶だ。
「さあ降り方を白状しろ。じゃないと手を袋で縛ってからまた落とすぞ」
「し、知らないね」
なんだと? 話が違うじゃないか。
「お前以前行ったことあるんだろ」
「あるけどあのときは不正な方法で行ったね。ちゃんとした方法は知らないね」
「んじゃ不正な方でいいから教えろよ」
「いいけど勇者殿はどんな変身ができるね」
「やっぱいいや」
こいつはちとえりという生物であって人間じゃないのを忘れてた。同じ方法でなにかできるわけがない。
しかしそうなると他に……。
「レクシー様はご存知で?」
「当たり前じゃない。私は聖人様付きとして様々な国へ行っていたのだから」
よしビンゴだ。ということはあれだ。
「やっぱちとえりは役立たずだな」
「ふんぎぃーっ!」
ぶち切れ寸前だな。だがこれでいい。とくしまも満足そうだ。
「……またこれか」
「ですね……」
「文句言ってんじゃないわよオスガキ」
だってまた縦穴だし。これやるととくしまが枯れるんだよ。しかも足りないときたものだ。
そのうえこの穴は前よりでかい。直径で20メートル近くはありそうだ。
「ちとえり出番だぞ」
「ふん! 役立たずの私じゃなくてそこのポンコツどもでも使えばいいね!」
ちっ、拗ねやがった。
しかしちとえりクラスの人間がいなければ使えない通路なんて意味ないだろ。他に方法があるはずだ。
「レクシーさん、どうすればいいんですか?」
「少し待てばマルイストーンが来るからそれに飛び乗るのよ」
マイルストーンの聞き間違いじゃないよな。そもそもあれは物質じゃないし。
暫く待っていると、ふわふわとバランスボールくらいの玉がネット状のロープに包まれた状態で浮かんできた。
「あれがマルイストーンよ」
丸いストーンかよ。しかも複数浮いてるんだからひとり1つか。
「よしまずごくまろ、補助してやるから気を付けて乗れよ」
「あ、ありがとうございます」
ごくまろを抱き上げ、丸いストーンに乗せてやる。すると丸いストーンはゆっくり落下していった。
「ほらとくしまも」
「あの、できたらあっちの三角のやつに……」
「届かねーよ。ほら次シュシュ」
「私はできれば勇者様とご一緒で」
「面積考えろよ乗れねーよ。ゆーな、掴めるか?」
「いけるー」
よし粗方済んだな。
「あなたオスガキのくせに親切じゃない」
「だってなにかあったら嫌じゃないですか。レクシー様は?」
「じゃあちょっと手を借りようかしら」
レクシー様はバランスを崩さないよう俺の手を掴んだ。よっしゃ! 紳士作戦成功!
「さて最後は俺だな……ん? なんだ?」
下を見ると抱っこをねだる子供のように笑顔で両手を上げているちとえりがいた。
だからちとえりの襟首を掴み持ち上げ、丸いストーンへ叩きつけてやった。
「な、なにすんね!」
「お前は補助しなくても乗れんだろ」
「甘えたい年ごろね!」
「その歳で……」
いや甘えてくる年上のお姉さまとか超絶有りじゃね? もちろんちとえりを除く。
「……つーかこれ、バランス取るの難しくねえか?」
「そうですね……これ何時間も続けるのは流石に……」
玉の上に乗ろうとすると重量の問題で逆さまになってしまう。そうならないようにバランスを取るのだが、バランスボールの上に座るほうが楽なくらい難しい。
だからといってずっと逆さまでいるわけにはいかない。長さ40キロで落下速度を時速4キロと仮定したら、到着まで10時間だ。そんな長い時間ぶら下がってなんていられない。
「あの、勇者様」
「なんだよシュシュ」
「少々伺いますが、お小水を愛飲する趣味は──」
「ねーよ!」
突然なにを言い出すんだこいつは。
……このタイミングで言うということは、まさか。
「トイレ行きたいのか?」
「ええ。ですがこの場で出すのもどうかと思い、もしや勇者様なら飲んで頂けるのではと」
「お前は俺のことなんだと思ってんだよ!」
「ですが、想像してみて下さい」
そんなもん考えるまでもなく……。
俺のテクにお姉さまがメロメロ。いい感じでこれからというタイミングで、お姉さまがもよおしてしまう。途中でトイレ行きたいと言うお姉さま。だがテンションの上がったままの俺はどう答える。
……いやいやいや! それだけはない! 絶対! いや多分。きっと……。願わくば。
「や、やっぱねーよ!」
「ですが今、ふしだらな顔をなさってましたわ」
「そんなことよりどっかそこらの岩陰でやってこいよ!」
「嫌ですわ! 誰かに見られたらどうするのです!」
「そんときゃ手を振ってやればいいだろ」
「できるわけないですわ! 私は貴族ですわ!」
ううむ、貴族社会というのは面倒だ。誰もガキのトイレなんて見たくないってのに。
「てかお前、散々俺に対して見られたらやばそうなことしてきただろ」
「勇者様にならいいのですわ。なにせ最終的には責任を取って頂くつもりだったのですから」
そこまで計算してやってやがったのか。
「わかったわかった。誰かに見られたら責任取ってやるから岩陰でしてこい」
「お言葉頂きましたわ! 絶対に責任取って頂きますわ!」
シュシュは魔法陣さんを出現させ、なにやら加工すると一気に下降した。なるほど俺たちに見られたということにしたいのか。
「勇者様、今度はどんな責任の取り方をするのですか?」
「そうだな、今回は責任を取らない方向でいく」
「どうやってですか?」
「勇者としての仕事を盾に全てが終わるまで取れないと言い、それまでの間に責任が無効となるよう画策する」
「サイテーですね」
「ごくまろとの未来のためだ」
「す、すみません! 先ほどの言葉は訂正します!」
ちなみに俺とごくまろの未来は、俺がこの世界へ来なくなり終わる。
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