第75話 貴族の娘

「全く、酷い言いがかりね」


 ちとえりは憤慨している。気持ちはわからんでもない。ただこいつも地球へ行こうが行くまいがどっちでもいい立場なのを忘れていただけだ。

 しかしそれは表向きだけの可能性もある。とはいえ疑わしきは罰せずという言葉もあるし、やはり暫くは様子見に徹しよう。

 

「そんなわけでシュシュ、同盟は解散だ」

「嫌ですわ!」

「嫌って言われてもなぁ……」


 このとき気付くべきだった。ふたりだけという括りがなくなるのは嫌だと言っているのだろうと勝手に思い込んでいたのだが、シュシュの口元は何故か笑っていたんだ。


「この同盟は必要です! 解散はさせませんわ!」

「じゃあ俺だけ抜けるからひとりで頑張ってくれ」

「……お言葉、頂きましたわ!」


 突然シュシュが立ち上がり、俺を指さした。えっなんなの?

 周りをみるとみんなが俺に対し、こいつやっちまったな的な目で見ている。


「な、なんなんだよ一体」

「勇者様。同盟の一方的な脱退は重罪ですよ。極刑は免れません」

「一方的ってわけでもないだろ」

「乙が拒否しているのに甲が勝手に話を進めることは一方的です。同意なき同盟の脱退は世界裁判にかけられ、肉体どころかその魂まで刑を受けることになります」

「そんなことしらねえし!」

「ほう、勇者殿の世界では法で罰せられることを知らなければ人を殺しても罪にならないと?」

「いや人殺しは普通に犯罪だって誰でも知ってるだろ」

「えっ? じゃあ勇者殿の世界では同盟の一方的な脱退が問題でないと」


 くっ、理詰めで追い込まれた。そんなもの問題あるに決まってるじゃないか。


「だけど本来同盟というのは互いの署名が必要だろ。エビデンスをよこせ」

「海老なんてなんの役にも立たないね。それより重要なことがあるね」

「な、なんだよ」

「勇者殿が結んだ相手が貴族の家の人間だってことね」


 やっべ、そういやシュシュってばお嬢様だった。

 そうだよな、貴族社会であれば王が神で貴族は絶対な存在。平民程度の俺が一方的に同盟を脱退とか、確実に死罪を免れない。

 しかしそんな俺にも最後の切り札がある。


「わかった。じゃあ俺、もうここに来ないから。それで問題ないだろ」

「できるものならね」


 やけに強気だ。どういうことだよ。もう来なければいいだけの話だろ……ってそういうわけにはいかないじゃねえか!


「じゃ、じゃあとりあえず帰してくれ」

「ナニをイってんね。重犯罪者を城に送れるはずがないね」


 ……だよなぁ。極刑確実の犯罪者を単身で城へ送るアホなんているわけがない。

 つまり俺はここから自力でこいつらの国の城まで戻らねばならないわけだ。どう考えても無理じゃねえか。


「わかった! 俺が悪かった! 同盟は継続するから!」

「うふふ、それはやぶさかではありませんが、勇者様が除籍している間に条項が増えましたわ。満場一致でしたの」


 そりゃひとりしかいないから満場一致だろうよ。

 いやもうとりあえずこの場だけでも耐えて、今後来ないことにすればいい。頑張れ俺。


「んで、なにをさせたいんだよ」

「次に一方的な破棄あるいは脱退をした場合、すぐさま捕らえられ私の闇奴隷シャドウスレイブとなるのですわ」


 あ、今回はお咎めなしなのか。それならいいや。

 だがそれを聞いてちとえりは悔しそうな顔をし、ごくまろはシュシュへ殺意を向け、とくしまは羨ましそうな顔をしている。


「闇奴隷ってなんだ?」

「いわゆる未登録奴隷ね。奴隷は本来登録しないといけないんだけど、世の中には登録されていない奴隷もいるね。そいつらは奴隷法の適応外だからナニをしても問題ないね」


 この世界には奴隷未満がいるのかよ。


「てかそもそも奴隷ってなにしてもいいんじゃないのか?」

「あんたどこの野蛮人ね。奴隷にだって人権はあるね」


 ああそれはあるのか。

 詳しく聞いてきたところ、通常の奴隷に性的なことはできないそうだ。だが闇奴隷であればそもそも存在していない扱いなんだから問題ないと。


「なあとくしま」

「はい」

「お前って帝王の奴隷とかいう脳内設定だったよな」

「そうですよ」

「あんねえ勇者殿」


 俺ととくしまの会話に呆れた顔でちとえりが割り込んできた。


「なんだよ」

「11歳のがきんちょの妄想と現実を一緒にしないでね」


 俺の知ってるがきんちょの妄想とかけ離れ過ぎててわかんねえんだよ! 俺が小学生のころなんかせいぜいドラゴンに乗って剣を振り回していたくらいの妄想だぞ!


「そりゃ悪かったな。俺の世界のがきんちょはお前らみたいな色欲モンスターじゃないからわかんなかったんだ。それで──」

「ちょっと待つね! 今の暴言は取り消すね!」

「いいから黙れ。話進まねえから。これ以上口を開くとまろまろすんぞ」


 ちとえりは自分の体を抱きしめ足をもじもじさせて黙った。今後はこの手を使おう。


「それはさておいてだな、シュシュ。お前にしては随分と甘い措置な気がするんだが」

「そんなことありませんわ勇者様。私は常に愛情で生きておりますわ」


 つまり貸しってことか? 畜生、原因はこいつなのに。


「勇者様! そんなことよりも私と同盟組みませんか!」

「とくしま! 抜け駆けは駄目です! 勇者様、私とも同盟を……」


 くそっ、急に同盟が流行り出した。そんなもん全然楽しくないぞ。


「とくしまはすぐ脱退するつもりだろ?」

「はい! それで闇奴隷堕ちするんです!」

「よし却下。んでごくまろはなにがしたかったんだ?」

「当然、そこのメスブタから勇者様を守るためです!」


 いやもう同盟に戻ったし俺は次抜けなければいいだけだろ。特に困るところはない。


「うふふ、さすがごくまろ姉様。気付いてしまいましたか」

「このメスブタ! 私を同盟に入れなさい!」


 なんかよくわからんが、ごくまろはそれなりに俺のことをちゃんと考えてくれるから入れたほうが安心だ。


「わかった。俺が許可──」

「却下、いたしますわ」


 俺の言葉を遮るようにシュシュが勝ち誇った顔で言った。


「シュシュ、ここは意見が割れただけだ。その場合の解決策は──」

「割れていませんわ。却下が過半数だったので却下が通りましたわ」

「なんでだよ。俺とお前のふたりだけなのになんで過半数になるんだよ」


 ここでシュシュは堪えきれぬ笑みを顔から滲ませた。


「言い忘れてましたが、同盟の票は、貴族が2票扱いなのですわ」


 それを狙って俺を引き戻したのか!


「だけど貴族っていうのは基本世襲だろ。継ぐか功績でしか──」

「それは勇者殿の世界の話ね。この世界では貴族の子供も貴族扱いね」


 くっそ、世界の違いがこんなところで牙を剥くとは。こうなったらやむを得ない。


「ちとえり、知恵を貸してくれ」

「嫌ね! 私は勇者殿が落ちぶれていく様を見ていたいね!」

「このクソ……わかった。じゃあ俺の側についたられろんぬをしてやろう」

「く、あっ……。わかったね。とりあえず勇者殿は一度戻ったほうがいいね」


 どういうつもりかわからんが、ちとえりなりになにか意味があって俺を帰らせるのだろう。乗ったほうが賢明か。


「却下、いたしますわ!」


 俺がゲートを通ろうとしたところ、シュシュが割り込んできた。


「は? なにを?」

「今まだ帰らせるわけにはいきませんわ! だから帰るという申し立てを却下いたしましたわ!」


 くそっ、こいつ俺が帰らぬうちに色々とやらしいことをしてくるに違いない。

 しかしそれを聞いて顔をにやけさせたのはちとえりだった。


「シュシュ敗れたりね!」

「な、なんでですか!」

「勇者殿は勇者法で守られてるね! 勇者法第4545条、勇者の帰宅は本人の許可なく遮ってはならないね!」

「なっ!?」


 そんな法があったのか!

 畜生、そういうものを知ってれば、俺はもっと楽しい勇者生活を送れたんじゃないのか?


「てかそんなものあったらさっきだって俺を帰らせられたはずだろ」

「ナニをイってんね。勇者法第6969条、犯罪者に対する勇者権のはく奪に抵触するね」


 まあそうだろうな。勇者だからって好き放題やらせるわけにはいかないと。


 今回の一件といい、もう少し法とかを学んだほうがよさそうだ。

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