第51話 勇者のメイド論

「じょ、冗談じゃねえぞ!」


 ゴッデスジラがこちらへ向かっているっぽい状況で、俺たちはどう逃げればいいのかわからず混乱している。

 こんな暗闇の中で馬車を走らせたら危険だ。木に激突しかねない。だからといって明かりをつけたらバレてしまう。

 とくしまの魔法は強大だといっても所詮人間基準。何十倍ものサイズの敵に効くとは思えない。今あれをどうにかできるのは、ちとえりしかいない。


 だがちとえりの範囲魔法にはとんでもない欠点がある。

 もちろんそれはタウンストライクのことだ。そんなぽんぽん町を出されたらたまったものではない。

 それでもやらなきゃやられる。なんとかしてもらわねば。


「ちとえり! 何かないか!?」

「な、なんでもやっていいね?」

「まずなにするつもりか言ってみろ!」

「そ、そりゃあタウンストライクを……」

「やっぱりか! そこまで必要ないだろ! もっと穏便なやつねぇのかよ!」

「やってみるね」


 なにかを思いついたのか、ちとえりが体をまさぐりはじめた。本当に大丈夫なのか不安になる。

 


 いい感じと思われるほど興奮したちとえりは、空高く飛んでいく。しかし暗闇の中なため、すぐに見えなくなる。

 そして少しすると空がうすら明るくなる。超巨大魔方陣さんが現れたからだ。そのおかげでゴッデスジラの全貌が把握できた。

 ちょっと待て、聞いてはいたが、でかすぎんだろ。都心のビルかと思うほどのでかさだ。あんなものに勝てるわけがない。



「いくね! 微魔法、マルケスストライク!」


 ちとえりが唱えると、魔方陣さんから巨大な岩が現れ、それがゴッデスジラに向かって降りてきた。

 ゴッデスジラが100メートルという話だから、あの岩の直径はおよそ400メートルくらいだろうか。なんだ、ちゃんとできるじゃないか。


「ところでマルケスってなんだ?」

「侯爵のことですね」

「侯爵……? じゃああれはなんだ?」

「どこかの侯爵の屋敷の敷地じゃないですか?」


 ごくまろがさらっととんでもないことを吐く。今ごろ屋敷内は大わらわだろう。

 それはさておき、ゴッデスジラの腕は短く、頭の上まで届かない。まあ届いたところであれだけの岩を支えられるはずもなく、あっけなく押し潰されていた。少し哀れにも感じる。



「ただいまね」

「おいちとえり、ありゃあ誰の屋敷だ」


「んー、見覚えはあるね。多分巨人族の誰かの屋敷ね」


 巨人族ってことはシュシュたちの国か。中は大わらわどころか今ごろ重力によって身動きが取れない状態かもしれない。


「ちょっ、ちとえり様! なんてことをするのですか!」

「仕方ないね。こればかりは選べないね」


 シュシュの怒りはごもっともだ。確かシャ=セイン卿も侯爵だったし、こんなことやられるとわかったら気が気じゃないだろう。

 屋敷ごとよその国へ強制引越しだ。大量の荷があるからそう簡単に戻ることもできないはずだし、戻ったところで住む家もない。なんて酷い話なんだ。

 そのうえ重力で縛られているから身動きもできず、救助もない。


「大丈夫ね。中に誰もいないね」

「それならまだマシか。てか侯爵の屋敷だろ。誰もいないってことありえるのか? 空き巣とか入りそうだけど」

「あー、メイドとかは残ってるから大丈夫ね」

「いるじゃねえかよ!」

「勇者殿、メイドは人じゃなくて物ね」


 いやまあうん、そういう扱いであるという話は聞いたことある。メイドとは本来姿の見えない、歌舞伎における黒子のような存在みたいなものだという。

 脱衣所に立ったら服を脱がせ、風呂から出たら体を拭き服を着せる。貴族にとって空気が如く振る舞うのがメイドの仕事。みたいな話をどこかで聞いた気がする。


「んなこと言ったらごくまろととくしまどうすんだよ。俺のメイドなんだろ?」

「そうね。だから勇者殿は気兼ねなく性欲のはけ口にするといいね」

「しねえよ」


 俺はそういった貴族的な発想を良しとしない。そしてマンガのようなガキメイドも認めない。メイドというのは長年勤めることにより、主人の呼吸すら読み取れるようになって初めて完成されるんだ。つまり熟女メイドこそ至高であり、ガキメイドなんて芸妓における舞妓みたいなものだ。

 世間一般では舞妓のほうがありがたがっているようだが、俺からしてみたら舞妓なんて(笑)を付けていいと思う。芸妓こそ至高であり、つまり熟女最高。


「勇者殿、自分の世界に入ってるとこ申し訳ないけど、ちょっと話を聞いて欲しいね」

「なんだよ、ひとが脳内でひとり熟女談義を繰り広げてるってときに」

「勇者殿にとってはそれが重要かもしれないけど、こっちも重要ね」



 マルケスストライクとゴッデスジラのせいでどうやら道が塞がれてしまったようだ。迂回しようにも辺りは森で、馬車が通れるような隙間ではない。

 だったらとくしまにトンネルを掘らせればいいかという話にもならない。この状態で穴をあけたらゴッデスジラから様々な液体が噴き出し、俺たちはゴッデス汁まみれになる。


「つまりどうすりゃいいんだ?」

「引き返して別の道へ進むか、森を焦土と化すしかないね」

「いくらなんでも極端過ぎんだろ。もっと穏便な魔法ないのかよ」

「あんね勇者殿。とくしまがそんなに便利だったら勇者殿なしで魔王倒しに行ってるね」


 それは酷いだろ。とくしまだってがんばってんだ。ほらみろ、泣き出してるぞ。


「お前なぁ、自分の半分も生きてない子泣かすなよ」

「私は泣かしてないね。とくしまが勝手に泣いてるだけね」

「そりゃ屁理屈だろ。お前が余計なこと言ったせいで泣いたんだからお前のせいだ」

「ひ、酷いね……ぐす。そこまで言うこと……ひっく、ないのね……」


 こいつどこまで卑怯なんだ。さらっと俺を悪者にしようとしていやがる。


「年下に泣かされてんじゃねぇよ適齢期」

「だ、誰が適齢期ねこの……」

「おうなんだ元気じゃねえか」

「……ちっ」


 なんだかんだ言って、俺もこいつの扱いに慣れてきたものだ。将来的に全く役に立たないスキルではあるが。

 そんなことよりもこれからどうするかだよな。一番の問題は馬車が通れなくてはいけないといったところなんだが、穴を掘るわけにはいかないと。さすがにいろんな汁まみれになるのは勘弁して欲しいし。



「ああそうだ穴を掘ろう」

「勇者殿はそういうプレイがお好きね?」

「ああ。さっきの町で丁度剣を買ったからな。お前の穴を拡張してやるよ」

「ぐっ、勇者殿、言うようになったね。それより穴を掘るのは駄目だって言ったね」

「ああそうだな。だけど掘るのはこの岩じゃない」


 俺は地面を指した。

 地面から下をくぐり向こう側へ出る。これならゴッデスジラの体を貫くことなく向こう側まで穴を掘ることができる。ばっちりだ。



「そんなわけでとくしま、でっかい穴をあけてくれ」

「すみません勇者様、それはできません」

「なんだと?」

「えっと、私は拡張とかそういう趣味はないんですよ。拳が入るとか正直ぞっとします」


 なんてことだ。こいつの趣味趣向に合わない魔法は使えないということか。思った以上に扱いが難しいぞ。


「そんなこと言ったらいつまでも小指くらいしか入れられないぞ」

「モノが大きいせいで広がるのはいいんですよ。それは仕方のないことですし」


 今思ったんだが、11歳との会話であることを思い出したらぞっとした。ほんともうやだ。


「大体とくしま、勇者殿のフルパワーはとくしまの手首くらいの太さがあるね。拳を入れる気じゃないと入らないね」

「えっ!? そ、そんなに凄いんですか!?」

「ちょっと待て! なんでそんなことわかるんだよ!」


 測ったことないから正確なところはわからんが、確かにとくしまの手首と大差ないくらいはある。ほんとどうでもいい話だが。


「勇者様……実際のところどうなのか、見せていただけますか?」

「くっくっく。見たが最後、お前のお通じをよくしてやるぞ」

「あっ、その台詞いいですね! 早速使ってみます!」


 なんだかよくわからぬが、とくしまが乗り気になってくれた。


「えーっと……、よしっ。『ふん、そろそろ使えるようになったか?』『て、帝王様。もう私、ゆるゆるになってしまいました』『はっ、この程度でか? どれ、もっとお通じをよくしてやろう』『いっ!? 帝王様のはまだ大きすぎ……いやああぁぁ! 広がっちゃうううぅぅ!』」


 早速採用された俺の案は、どうやら前回の続きらしかった。暗闇の中、ゴリゴリという音と共に、地面から土が噴き出している。


「とくしまさ、帝王好きだな」

「はい。私の帝王様はとても私にやらしいご主人様ですから」

「一応お前の主人って俺なんだけど」

「ええ、だから帝王様は勇者様の姿恰好をしていますよ」


 こいつの脳内で俺はなにをしているんだ。やめてくれ。


 それから30分ほどでとくしまは大穴を開通させた。

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