第36話 後ろの穴掘り
「……なあちとえり」
「なんね?」
俺たちは今、無残にも押し潰された魔物の群れの前、つまり町の前で呆然としていた。
地面が深く掘り下げられていたせいか、町の門までは高さ20メートル以上ある。ここからじゃどうやっても入れない。
「どうしてくれんだよ、この惨状! きっと町は滅茶苦茶になってんぞ!」
「大丈夫ね。ちゃんとそこらへんもケアしてる魔法だから中の人たちは揺れすらも感じてないね」
中が無事だからいいというものではない。これからの生活どうするつもりだ。
「あれ、元に戻せないのか?」
「無理とは言わないけど無理ね」
無理っつってんじゃねえかよ!
「だけどあのままだったら確実に町は滅ぼされてたね。助かっただけいいと思ってね」
それを言われたらきついが、彼らは町から出られない状態、言わば強制籠城となってしまっている。
このままでは食料も水も尽き、大変なことになる。ただ死ぬのが少し先になった程度だ。
「町の人たちはどうやって行き来すりゃいいんだよ。このままじゃ枯れるぞ」
「うぬぬ、それじゃあ道を作るね。とくしま」
「はいっ。『や、やめて下さい領主様! いつもやさしかった貴方が何故』『やさしい? それは油断させるためだ』『そ、そんな……』『ふひひ。ではこちらの開発をさせてもらおう』『そ、そっち違う穴……ほじっちゃ嫌あぁぁ! 入ってくるううぅぅ!』」
とくしまの前の魔方陣さんから、ドリル状の光が放たれ穴を掘っていく。
「なあとくしま」
「はい、どうしました?」
「最近は尻なのか?」
「ええ、痛くなさそうなのに凌辱的で、まさに理想じゃないですか」
先日のごくまろのせいで新たな発見をしたようだ。ファッションMにとって痛くないというのは重要なのだろう。
「なに小さい子と卑猥な話をしているね」
「とくしまと一回り以上歳食ってるお前に言われたかねぇよ」
「こっ、このクソガキ! てめぇからケツの穴開発してやろうか!」
「だから少しは耐えるってことを学べよ!」
俺にそっちのケはない。お姉様に凌辱されるシチュエーションとか好きだが、折角出っ張ってるものがあるんだから入れる側にいたい。
「あの、そろそろ掘り終わりますけど」
「まだ掘られちゃいねーよ!」
ついうっかりと余計なことを言ってしまった。とくしまになにいってんのこいつという目で見られている。
「いやそのあれだ。ごくろうさんとくしま」
「ああはい」
雑な返事をされてしまった。全てちとえりが悪い。
そんなことよりもどこへ繋がっているのか確かめる必要がある。ちょっと入ってみよう。
穴の直径は4~5メートル。結構余裕がある。斜面は少しきついが、登れないということはないだろう。
手を前にかざし、魔方陣さんの淡い光を頼りに進んでいく。
するとちとえりたちも気になったのか、ついてきた。こいつらの魔法の明かりで見やすくなったのがいい。
「もう少し緩い傾斜にできなかったのか?」
「強度とか考えたら無理です」
補強してあるわけじゃないから仕方ないか。それにしてもそこまで計算して掘ってたとは、とくしまもなかなかやるな。
「それなら仕方ないな。だけどとくしまって万能感あるよな」
「えっ、そうですか!?」
「威力も調整できるし、様々な属性が使える。ひょっとして一番使えるんじゃないか?」
とりあえず褒めておく。こいつらはおだてておいたほうが扱いやすいということに気付いたからだ。
「あの、じゃあ勇者様っ」
「なんだ?」
「私と結婚してください!」
こいつ調子に乗り過ぎだ。今ならいけるとか勘違いされてしまった。
「それは無理だ」
「どうしてですか!」
「後ろでごくまろがすっごい睨んでるぞ」
ごくまろはどこぞのおバカな姉弟の姉くらいのしかめっ面をしている。それを見たとくしまがびびっている。
この2人がもし魔法で勝負したとしたら、確実にごくまろが勝つ。とくしまは威力があっても詠唱に問題がある。だから下剋上はできまい。
「あの、これはその、違うんですっ」
「とくしま。言いたいことはそれだけですか?」
ごくまろがご立腹な理由は多分自分は無能扱いされたのに、とくしまが褒められているからというのもあるだろう。
ごくまろにだっていいとこあるぞ。例えば……覗きが上手いとか?
決して褒められることじゃないな。
「おっと光だ」
魔法の光とは異なる、松明などの自然な光だ。結構歩いたな。
「おお、勇者様ではないですか」
出口辺りで、先日の兵士のひとりが俺を見て話しかけてきた。突然穴があいたから人だかりができているようだ。
「町は無事か?」
「無事といえば無事ですが、一体何がどうなっていることやら……」
町の外がいきなり崖みたいになってたら普通驚くよな。さてどう言い訳をするか。
「魔物の群れが町を襲おうとしてたんで、安全な場所へ転移させたね」
「そ、そうでしたか。さすがちとえり様」
ものは言いようだ。しかし安全な場所って、敵陣のど真ん中だぞ。
まあでも結果安全になったとも言えるか。
「不便になるとは思うけど、魔王を倒すまでこのままがんばってね」
「あっ、いえ、その……。そういえばその穴は下まで続いているので?」
「そうね。これを使えば町を出入りできるはずね」
出入りが1か所しかないのは不便だが、守るのには都合がよさそうだ。最悪油的なものでも流し込んで火をつけてもいいし。
「いやーいいことをした後は気持ちがいいね」
「最悪の一歩手前だけどな」
町人の無事を見届けた俺たちは、再び馬車での旅を続けることにした。
「てかさ、あれだけ大規模な転移ができんならお前が1人で飛んでって俺たちを召喚すりゃいいんじゃないのか?」
「それは危険ね」
ちとえりの転送────タウンストライクなどは、今まで行ったことのある場所からランダムで選ばれるらしい。今回はたまたま直近で行った町が召喚されたのだが、他の町の可能性もあった。
もしそれで俺たちがいる町を引き当てるまで唱えたとしたら大変なことになってしまう。やはりこいつの魔法は不便だ。
「勇者殿というか、異世界人の転送は楽なんだけどね」
「原理はわからんが、ようするに俺だけしかまともに転移できないんだな。やっぱりお前の魔法って……」
「なんね」
やばいやばい、もう少しで襲われるところだった。俺はちょっかいかけて怒らせ喜ぶ小学生と違う。
「もう少し自由度というか、勝手がよけりゃいいなって思っただけだ」
「うぬぅ、努力はしてるのね。感じにくい性感帯をいじってみたりして」
こいつなりに工夫はしているようだ。本来ならばテスト&エラーを繰り返したいところだろうが、魔法が魔法だけにそれはできないでいるのだろう。
「もっと小規模なものに絞れないのか? タウンだったらビレッジとか」
「あんね、村は人が少ないだけで土地としては町より広いね」
田畑も含むからか。しかも農業は国の要、失うわけにはいかないだろうし。
「もう少し考えてみるよ。それよりも早く寝ようぜ」
「そうね。勇者殿は朝までしかいられない不便な体なのね」
言い方悪いよ。来てやってるだけありがたいと思え。
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