第30話 反抗メイド
向こう岸に着いたのはいい。問題はここから町まで行くことだ。
川の幅がよくわからなかったが、上から見たときと比較するとかなり長く感じた。つまり町までもまた予想以上の距離があると思っていいだろう。
だけど一応予測をしておこう。凡そ10キロだ。
……なげぇな。歩きづらい草原だから時速2キロと仮定すると、5時間か。せめてもう少し草が短ければよかったのだが、ひざ上くらいある。
「勇者様」
「おうとくしま。ごくろうだったな」
「あの、お尻をぎゅっと……」
「おっとそうだったな……考えた結果、やっぱりやめた」
ちゃんと考えてやったぞ。だがその結果やめることにした。実に残念だ。
「なんですかそれ! 着いたらしてくれるって言いましたよ!」
「着いたら考えてやるってつもりで言ったんだよ。だけど、どう考えてもやることに否定的な俺がいてな、諦めてくれ」
とくしまがものすごい形相をして目で訴えている。そんなことされても困る。
「あのなとくしま、俺たちの冒険はまだ終わっていないんだ。むしろここからが本番だからお前の望みを適えている暇はない」
俺の正論はとくしまに届かない。これだから子供は面倒なんだ。
それはさておき、どうやって町へ行くかが問題だな。さすがに5時間も歩いたら重力の低いこの場所だからといってもかなりの疲労になる。
特にごくまろととくしまだ。ようやくここの重力に慣れてきたといっても、流石に何時間も歩けるだけの体力はあるまい。だからといってこの背の高い草原で機体に乗せたまま引っ張るというのは俺がきつい。
あとはシュシュが言うように、ここで機体を放棄して浮航水を使うくらいか。
浮航水の使い方を例えるならスキューバダイビングだ。あれはジャケットにエアを送り込んで、水と同じ浮力にするらしい。
スキューバダイビングなんてやったことないけど、そんな感じにすればいいんじゃないかな。若干沈み気味にすれば飛んで行く心配もないし。
「プランが固まったぞ。みんな手伝ってくれ」
「嫌です!」
誰よりも早く、とくしまが逆らってきた。頬を膨らませてご立腹アピールをしている。
「とくしま! あなたはご自分の立場をわかっているのですか!」
「う……勇者様のメイドです……」
「そうです、私たちは勇者様に逆らってはいけないのです」
どの口が言うんだと思いつつも、俺はごくまろに説得を任せてみた。
「……私がお仕えしたいのは、もっと誠実な勇者様です! こんな嘘つきじゃありません!」
悪かったな誠実じゃなくて。そんなことよりも凌辱願望はなんなんだ。このファッションMめ。
「とくしま、あなたって子は…………。まあちとえり様が見ていないことですし、大目に見ましょう」
「ちょっと待て、そんなんでいいのかよ!」
「えーっ、だってぇー、ちとえり様も見てないですしぃー、こんなところで頑張っても査定に響かない? みたいなぁー」
ごくまろが指先に髪を巻きつけつつ、鬱陶しいギャルみたいな喋りになってしまった。まさかこいつ、これが素なのか!?
いやかなり言い慣れていない感がある。気持ち悪い演技するな。
「おいごくまろ、無理して喋っても気持ち悪いだけだぞ」
「え、演技じゃありませんーっ。実はこれが本性なんですーっ。ぷっぷー」
「……どうでもいいけどマジで進まないと、こんな草むらで野宿することになんだぞ」
「あうっ」
こいつらは移動時、基本的に馬車で寝泊まりをしていた。だから積荷にはテント的なものがない。
そして本来ならばもう既に大巨人族の国の断面まで来ているはずだった。つまり途中で寝るつもりはなかったんだ。
「仕方ありませんね。勇者様、今回は許しますが、あまりとくしまをいじめないで下さい」
「善処するよ。んでさ────」
俺はみんなにこれからどうすればいいか伝えた。
まず機体を分解し、シートに浮航水の入った袋をくくりつけ、浮かせる。
浮かせるといってもぎりぎり浮かない程度にし、とくしまが斜め下へ向けて風っぽい魔法を放つ。これにより浮力と推進力を得る。完璧だ。
「この機体を草原で滑らすように動かすのはどうですか?」
「それだと草で隠れて見えない岩とかにぶつかったら壊れちまう。そんとき浮航水が漏れたらおしまいだ」
今の俺たちにとって一番重要なのが浮航水だ。これを無駄にしてはいけない。
だからシートを浮かせるのにも大量の袋へ少しずつ入れる。これでもし袋がやぶけたり、結んでいるロープに何かあっても被害を小さくできる。リスクマネジメントというやつだ。手間をかけてまでやる必要がある。
旅というものはとにかく水の確保が重要であり、俺たちも例に漏れず水を大量に用意していた。だから袋はいくらでもあったのが功を奏した。
「うーん、やっぱり勇者様の世界からいらした人はみんな賢いですね」
「そりゃな、魔法がない代わりにその他の分野が発展しているし、そもそも歴史が違う」
この世界の勉学、研究分野のほとんどが恐らく魔法だろう。それもまだまだ研究途中といった感じだと思う。
つまり科学分野がおろそかになっている。これでは発想が狭まってしまう。
「勇者様、この戦いが終わったら教師にでもなりませんか?」
「嫌なフラグ立てるなよ。そもそも俺はここに永住するつもりはない」
「そんな……」
「でもまあ、たまに顔を出すくらいなら──」
「玉から顔に出していただけるんですか」
よし平常運転だな。またこの世界へ来ることがあってもこいつらとは会わん。
だけど俺の心の拠り所予定である大巨人族の国へはちとえりに頼まないと行けないだろうな。世の中うまくいかないものだ。
やはりここは大巨人族のお姉様方にこいつらの国へ来てもらうのがいい。俺専用の館を建ててもらい、そこに住んでもらう。世界を救った後ならそれくらいの役得は必要だ。
「勇者様、いやらしい妄想はその辺にしておいて、そろそろ作業を始めませんか?」
「そうだな。んじゃ機体の分解をやろう」
そしてごくまろの魔法を主体に、半ば破壊に近い形で機体を解体していった。
「すっかり真っ暗になっちまったな」
「ええ。でもこれで先へ進むことができます」
見た目で言うと、風船を大量にくくりつけた湯船みたいな感じだ。よしこれをファンタジー号と名付けよう。
ちなみに今回の魔法担当はごくまろだ。とくしまでは威力がありすぎる。
ごくまろの魔法で優れている点は、詠唱速度の他に臨場感が不要といったところだ。基本盗撮魔だからこちらから何かをしてやったほうがいいというものはない。
「いきますよ。フォーカス、チーズ!」
ごくまろが構えた手の前にある魔方陣さんから、扇風機の強よりも強いくらいの風が発生する。するとファンタジー号はふわりと浮き、前進を始める。
「よーしよし、予定通りだ」
地上からおよそ2メートル。下は膝より高い草だから落ちても痛いで済むレベルだ。このまま無事に進めば1時間くらいで町の近くに着くだろう。
「ところで勇者様、ファンタジー号ってなんですか?」
「俺も生まれてない頃の話だからよく知らないんだが、なんでも大量の風船を使って海を渡った人がいるらしい。そのときに乗っていたのがファンタジー号だとさ」
何か別のものをネットで調べていたときに知った程度の知識だ。小学生の頃の話だからよく覚えていないが。
「なんにせよ、このまま無事につけばいいですね」
「だからそういうフラグ立てるのやめようぜ」
何故世界は何気なくつぶやいた言葉にさえ反応するのか。理不尽だ。
たまには何事もなく到着してくれよ。マジで。
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