第31話 新たなる勇者の称号

 俺の予想に反し、順調にファンタジー号は進む。気付けばもう町を囲う壁の近くだ。見張り台の松明の光がよく見える。

 そして何か賑やかしく動き回っている。門からもぞろぞろと兵が出てきていた。


 ……あれ、弓がこちらへ向けて引かれている。

 あっやばい。これは未知なる魔物が向かっていると勘違いされているみたいだ。


「おいまずいぞごくまろ、止めろ!」


 とにかくここは一度ファンタジー号を止め、徒歩で向かうべきだ。後ろを向いて風魔法を使っているごくまろに止まるよう指示した。


「どうかしたのですか?」

「多分俺たちを魔物と勘違いしてる。早く止めないと矢が飛んでくるぞ」

「わわっ」


 ごくまろが魔法を止めると、ファンタジー号は緩やかに降りていく。すると兵士たちが寄ってきて囲いこむ。


「待ってくれ、俺たちは────そうだシュシュ、お前が話をつけてくれ」


 シュシュはこれでも権力者の娘。きっとなんとかしてくれるはずだ。


「驚かせて申し訳ありませんわ。私はシュシュ=シャ=セインですわ」

「なっ!? セイン卿の……」


 兵士たちが慌てて武器を収めている。さすがセイン卿、この国では名が知られているみたいだ。


「それで、これは一体……」

「新型の移動機体のテスト中、不時着してしまいましたのですわ。これは残骸を利用した即席の移動機体。驚かせてしまったようですわね」

「あ、いえ……」


 隊長らしき人が畏まっている。ひょっとしたらいい具合に宿とかも手配してもらえるかもしれない。


「そちらの方々はお付ですか?」

「いえ、殿方のほうが私の夫──」

「ちょっと待ててめえ。何さらっと嘘つこうとしてやがんだ!」


 文句を言ったところ、また一斉に武器が俺を向く。げっ、マジで?

 ……そりゃ自分とこの貴族のお嬢様が巨人族──つまり他国の人間である俺に怒鳴られてたら守ろうとするわな。


「皆さん、武器を収めてくださいませ」

「し、しかしお嬢様……」

「この人は別国とはいえ、魔王を倒すため呼ばれた勇者で、私の夫となる人ですわ」


「おおっ、この者が!」

「勇者様でしたか! 失礼しました!」

「すげえ、勇者様がこの町にいらしたのか」


 先ほどとは打って変わって俺を尊敬のような眼差しで見ている。これこれ、これだよ。勇者の扱いとしてこれが正しいよ。


「セイン卿の御息女とご結婚するとは、なんという勇者か……」


 がやがやと騒いでいるなか、聞き捨てならない言葉が聞こえたぞ。シュシュてめぇ、どういう風に有名なんだよ。


「うっ、ううっ。噂に聞くセイン卿のお嬢様がとうとうご結婚を……。勇者様、どうかよろしくお願い致します……」


 泣き出している人までいるぞ。ほんとシュシュがどんな噂で塗り固められているのかとても気になる。

 しかもなんだか実は結婚しないんだと言える雰囲気じゃない。くそっ、仕方ない。この町にいる間だけでもふりをしておくか。


「そんなことより飯と宿が欲しいんだけど、手配してもらえないかなあと重りと紐があると助かる」


 ファンタジー号が飛んでいってしまわぬようにしないといけない。当分これが俺たちの移動手段になるだろうからな。


「今急いで用意させます!」


 数人の兵士が町の中へ走って行った。そういやまともな宿と食事なんて何気に初めてじゃないか? 楽しみだ。




 ────で、どうしてこうなった。


 いや、予想は少ししていたのだが、まさかと思って一蹴していた。それが実際になるとは思いもよらなんだ。


 現在俺はスイートルームにいる。シュシュと2人だけで。

 ごくまろととくしまはメイド扱い。そしてゆーなは子供だから2人と同じ安部屋に押し込められている。

 そしてこの部屋にはでかいベッドが1つあるだけ。


「まてシュシュ、早まるな」

「いやですわ勇者様。ここはスッウィートルゥーム。とびっきりスッウィートな夜を楽しむ部屋ですわ」


 スイートルームのスイートは甘いって意味じゃねえから! ええい寄るな! チクショウ、追い詰められてきてる。


「でもお前、酸っぱそうだし」

「なっ!?」


 俺の言葉にシュシュはよろよろと後ずさる。

 どんな果実でも未熟なものは酸っぱいんだ。最も甘く美味いのはやはり熟れた状態。つまり女性も熟れたところが最高に美味いに決まっている。

 美食家の俺としては、初めて口にするものに対してもこだわりを持つ。だから初体験は是非お姉様で!


「勇者様は女性に恥をかかせるおつもりですか!」

「お前の生き様がもう既に恥なんだけど」

「ええっ!?」


 ここの兵士たちの反応を見ればわかる。ちとえりも言っていたことだが、シュシュは巨人族と見れば見境なく股を開くらしい変態女として有名なのだろう。

 俺は別に処女へのこだわりはない。むしろいろんな経験を経てテクニックを手に入れたお姉様とか、極上のご馳走だと思っているくらいだ。

 ただしヤリガキは除く。あれはただ単にやってるだけだ。そんなものに微塵もときめかない。


「勇者様はひょっとして、私のうわさについてお気になされておられるのでは?」

「いや別に気にもならないし」

「……くっ」


 俺はシュシュどころか、とくしまやちとえりが誰とやっていても全く気にならない。

 ごくまろはあまり気にならない程度かな。

 だがゆーな、お前は許さん。お父さんとして、変な男と一緒になるだなんて認めない。


「勇者様、誤解ですわ! 私は確かに巨人族の男が好きですが、実際にイタしたことはまだありませんの!」

「へー」


 明日どうするかなぁ。このまま巨人族のところまで進むか、ここでちとえりを待つか。

 だけど待つのは得策じゃないな。ここにいるなんてわからないだろうし。

 あいつは万能じゃないんだ。これからは雑に扱うのはやめよう。


「あの、勇者様。聞いておりますか?」

「いんや」


 いて、いてっ。こらシュシュ、殴るな。

 俺は基本、フェミニスト気味だから女に殴られても殴り返したりしない。暴力はよくないぞ。

 とくしまとかをはたくことはあるが、小突くというか、かなり手加減をしている。

 これは攻撃というかツッコミの意味合いだからノーカンだ。

 だからシュシュにも暴力を振るわない。


「だがこれは暴力じゃない!」


 殴りかかってきたシュシュの手首を掴み、その勢いを利用して投げ飛ばす。落ちる場所はもちろんベッドだ。これで受け身ができなくてもノーダメージなはず。


「わ、わ……」

「あん?」

「私、勇者様にベッドへ押し倒されましたわ!」

「ちょっと待て!」


 押しても倒してもねえよ。勝手に解釈するな。


「どういうことですか! 勇者様!」


 突然ドアが開き、ずかずかとごくまろが入り込んできた。


「おいごくまろ」

「勇者様に何かあってはと思い、ドアに耳を当て聞いていたところ、とんでもない台詞が聞こえたので」

「盗聴してんじゃねえよ変態」


 覗きと盗撮以外に盗聴癖まであるのか。最悪だな。


「ち、違います! 私はそこの淫乱雌豚が勇者様に何かするのではないかと」

「言い訳はいい。何をしたって盗み聞きしていたことには変わらんからな」


 ごくまろはくやしそうな顔で俺を睨んでいる。事実をしっかりと把握し認めろよ。

 だけどごくまろが来てくれたのは救いだ。これでシュシュの魔の手から逃れられる。


「うふふ、ごくまろ姉様。私、勇者様にベッドへ押し倒されてしまいましたわ」

「そ、それがなんですか! 私なんか勇者様の勇者な部分を見たことあるんですから!」

「なんですって!?」


 なんでその話を今するんだよ。俺は基本全裸でないと出入りできないんだから仕方ないだろ。というかいい加減アレのことを勇者と呼ぶのをやめろよ。


「ち、ちなみに勇者様の勇者な部分はどのような……」

「それはもう、勇者のナニ恥じぬほどの立派な勇者でしたよ。例えるならば、そう、ドラゴン!」

「まあっ」


 おいてめぇらコラ。何物騒な話してやがんだ。シュシュ、お前この国がドラゴンの群れに襲われてるのを忘れたか?


「勇者様、お願いがございますわ」

「やだよ」


 どうせ見せてくれとか言うんだろ。残念だが俺に露出狂の気はない。


「そんな……。せめて咥えさせてくださいましっ」

「余計酷くなってんじゃねえか!」


 これがちとえりならば勇者やめると言うことで解決するんだが、こいつにそれは通用しない。そうなると寝静まった後がやばい。絶対に襲われる。


「ごくまろ、頼みがある」

「嫌です」

「そんなこと言わずに、なっ」

「……聞くだけ聞きます」

「一緒に寝てくれ」

「ふぁっ!?」


 ごくまろはやるなと言われたことならやらない賢い子だ。今までの実績もある。見事にシュシュ除けの仕事をやってくれるだろう。

 とはいえごくまろも一応俺と同じ年齢、年ごろの娘だ。さすがに拒否されてもおかしくはない。


「つっても無理にとは言わないけどさ」

「や、やります! 是非!」


 力強く拳を握り、ごくまろが決心してくれた。これで夜も安心だ。


「何故ですか勇者様! 私よりもその小人族がいいのですか!?」

「当然じゃん」

「勇者様……」


 あからさまにがっかりとするシュシュ。そして何故うっとりした顔をしているんだごくまろ。


「じゃあ俺は別の部屋を借りることにするから。行くぞ、ごくまろ」

「はいっ!」


 安部屋でもいいから空いてるといいな。

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