第17話 移動速度をどうにか

「とにかく被害状況を把握したほうがいいだろ」

「そうですな」


 俺と村長は先ほど襲われたときの被害状況を確認することにした。

 幸いにも死亡者はいなかったが、予断を許さぬ状態が1名いる。

 こういうときファンタジー的には回復魔法などがあるのだが、残念ながらここにあるのは傷口を焼いて止血するという残虐極まりない治療魔法だけだ。

 つまり俺たちにできることは何もない。よく聞く『本人の生命力次第』というやつだ。


「こういうことってよくあるのか?」

「魔物の襲撃ですかな? ここ最近増えていると聞きましたが、実際襲われるのは初めてのことで……」


 やはり平和というわけじゃなさそうだ。下は下で厳しい状態になっている。

 今でも俺から見えないところで誰かが襲われている可能性が高い。


「じゃあ俺たちは急ぐとしよう。ああそうだ、食糧とか売ってもらえると助かるんだが」

「勇者様、食糧なら充分もちますよ」

「俺たちが向かっている町が無事とは限らないだろ。補給はできるときにしておいたほうがいい」


 できれば俺を除く4人が1週間食いつなげるだけは確保したい。俺が日本に戻っている間に餓死とかされたら寝覚めが悪いからな。





「食糧も補充したことだし、そろそろ飯にするか」

「そうですね。私もお腹空きました」


 荷物に関してはほとんどが無事だったことが幸いし、かなり安く手に入った。

 かなりの空腹で、この場で食べてもよかったんだが馬車に戻ってゆーなにも食わせないといけない。俺は食糧を背負い、村長と別れた。



「あっ! 勇者様!」

「どうした?」


 とくしまが突然大切なことを思い出したように声を上げた。


「責任! 責任取っていただけるって言ってましたよね!」

「ああ。俺が責任を持ってお前の彼氏を見つけてやるから心配しなくていいぞ」

「そんなの責任じゃありません!」

「いいかとくしま。男の責任の取り方というのはいくつもあるんだよ」


 そう、責任の取り方なんて色々あるんだ。ひとつに固執してしまっては大切なものを見失うんだ。

 だけどそれも少々厄介なことである。

 なにせとくしまの性癖は色々とやばい。だけど実際に痛い思いをするのは嫌だと言う。それに見合う相手を探すのは大変だぞ。

 つまり俺はより難しい選択をしたと言える。それが責任というやつだ。


「そんなの納得いきません!」

「とくしま、それ以上は駄目です。私たちは勇者様のメイドで、主人の言うことに従わねばなりません。こちらから願いごとをするなんて以ての外です」


 ごくまろが俺の側につき、とくしまを咎める。

 そういや一応こいつらも俺の直属メイドなんだよな。話し方は丁寧でも横柄な感じだったから忘れてた。


「……ごめんなさい……」

「わかればいいのです。なので寝ている間にこっそり既成事実を作ってしまうのが最も効果的だと思います」

「はい!」

「はいじゃねえよ! その後どうするつもりだ!」

「メイドを辞めて認知していただきます」


 俺の側についたと思っていたごくまろは敵陣の工作員だった。

 寝ている間に何かしたらもう来ないぞと脅し、馬車まで戻ることにした。




「おーそーいーっ」

「わ、悪かったよゆんな」

「おなかすいたもーっ」


 俺たちが魔物と遭遇している間に起きたゆーなは、誰もいなかったことに酷くご立腹だったようだ。

 別に遊んでいたわけじゃないのにこの理不尽さ。これだからガキは……。


「今メシ作ってやるから待ってろ」


 面倒くせぇなと思いつつ、本日は黒スト様を履いているゆーなの足をガン見する。くっそ、ほんといい脚してやがるな。



「そういやとくしま、盗賊級ってなんだ?」


 俺は料理ができるわけじゃない。だから簡易的にサンドウィッチを作りつつ、さきほどの戦闘でのことを思い出しつつ尋ねた。


「えっとその、私の魔法は大きく分けて5つの等級があるんです」

「ほう?」

「一番下が男爵級、その次が領主級、王級、帝王級、それで一番上が盗賊級となっています」

「なんかいきなり位が落ちたな。なんでだ?」

「陵辱されて一番興奮するシチュだからです!」


 あ、駄目だ。こりゃあ永遠に彼氏なんてできないわ。俺ですらもう受け止められるキャパシティを凌駕している。


「ごくまろはほとんど詠唱一緒だよな。一番威力が出るのはどういうことを想像しているんだ?」

「それはもちろん、王様が村娘を陵辱している現場を捉えたときですよ」


 もちろんとか言われても全ッ然理解できない。

 というか、その陵辱されてんのとくしまじゃね? なるほどいいコンビだ。


「あっ、勇者様。私はからしバター多めがいいです」

「あいよ。とくしまとゆんなは?」

「からいのいやー」

「私も辛いのはちょっと……」


 お子様にはからしバターの良さがわからんらしい。


「勇者殿、私も多めがいいのね」

「おめーには聞いてねーよ。ごくまろ、ハムは薄めでいいよな」

「私は極薄数枚重ねたのが好きです」

「俺もそうだけどそんな技術無いんだ。すまんな。ゆんなととくしまは厚切りだよな?」

「うんー」

「よろしくお願いします」


 極薄切りは難しい。スライサーとかあれば別だけど、ナイフでそれをやる技は持ち合わせていない。


「私も厚切りがいいね」

「だからおめーにはきいてねえよ。ああハムカツとか喰いたいなぁ。揚げる方法がないけど」


 切り分けたハムを、からしバターの塗られたパンにレタスを並べ一緒に挟む。


「さっきから勇者殿、私に対して冷たいのね!」

「うっせえよ。戻ってこれんならさっさと出てきやがれってんだ!」


 あの程度でどうにかなるなんて誰も思ってないんだから、みんな一切心配していなかった。

 というかあれしきのことで何かあっちゃ困るんだよ。帰れなくなるしな。


 どれどれ、ふてくされてるちとえりの面でも見てやるか……なっ!


「お、お前誰だ!」

「それはさすがに酷いのね!」


 酷かねぇよ! てかお前の姿のほうが酷いぞ!

 また例の手か? いや仕込む時間なんて本当になかったはずだ。つまりこいつはちとえりのはず。


「あー……ちとえり様が謎になってしまいましたかぁ」

「えっ!? いや、確かにこれは……」


 どう表現したらいいのかわからん。謎になるってこういうことかよ。

 ゲル状ならスライムとかそういったことが言える。しかしこれはなんだ? 本格的に謎としか言えない。

 こいつを説明するなら……原案:ラヴクラフト、キャラデザ:ギーガー、日本語版挿絵:金子一馬、デフォルメ:佐藤元という経路を辿った感じ。


「まあでもほっときゃ治るだろ」

「そうですね」


「あんたら私の扱い酷いのね!」


 そりゃあちとえりだしな。こんなものだろう。しかしこの姿でどうやって食うつもりだったんだ。


「ちとえり、口はどこにあるんだよ」

「どっちの口の話ね?」

「飯の話だろ。それともお前の口は全て食えるってのか?」

「た、食べれるねっ」

「そーかそーか。じゃあ今後上の口で食うことを一切禁止するな」

「うっ、うっ……」


 泣いているのかいまいちよくわからんが、自業自得だ。

 それにしても、いい加減俺もこいつの扱いに慣れたものだな。

 ……だけどそれってつまり、俺が下品になりつつあるってことじゃないか? なんてことだ。


「まあいいや。普通に食っていいけど、せめて元の姿に戻れよ」

「わかったね」


 ちとえりは名状し難い物体を侵食するように元へ戻っていった。最初からそうしていろよ。きっと驚かせるためだけにあの姿をしていたのだろう。




「────で、余計な時間をくったことだし、さっさと行こうぜ」

「そうね」


 人助けをしていたんだから無駄な時間ではない。しかし時間がおしていることには変わりない。

 せめて速度がどうにかなればな。


「ちとえり、どうにか速くする方法はないか?」

「うーん……。あとは川を下るくらいしかないね」


 川下りか。速くはなるだろうが、酔いとか色々と大変そうだ。

 だけど馬とは違い、自然に流れているものだから休ませる必要もないし餌も不要だ。メリットは多い。

 しかしメリットが増えればデメリットも増えるのが世の常。転覆したり岩場に当たって壊れたりする可能性がある。

 あとはもし襲われた場合、逃げ場がない。上から襲われれば対処できても、船底から攻撃されたらお手上げだ。


「あとは……ごくまろ、とくしま。泳げるか?」


 振り返ると苦々しい顔をした2人が手を交差させ×を描いていた。

 上は重力が低いから、きっと水でもぷかぷかと浮いてしまうんだろうな。つまり泳ぐ必要がなかったと。


「ん? 重力……?」

「どうかしたね?」


 今更だが、重力が低い星に生物は存在できない。理由は単純で、空気を引き留めておけないからだ。


「お前らの国ってなんで空気があるんだ?」

「突然何ね。空気はあるからあるのね」


 答えになっていないが、こいつらの知識って言わばたまに召喚される日本人の知識を得る程度だ。それ以外は元の状態、つまり西暦1000年ちょっとくらいなんだろう。じゃあ聞いても無理か。

 そこで俺は仮説を立てた。上の世界で放出された空気は下の世界、つまり高重力が引き込んで、対流みたいに回っているのだろう。これなら納得がいく。

 特に勉強が好きなわけじゃないからこれ以上調べるつもりはないが、意外とバランスが保たれているのかもしれない。


「空気ってのは重力によって星に定着しているんだよ。だから低重力だと宇宙へ放出されるんじゃないかって思って」

「なんだそんなことね。だったら魔方陣さんが空気を押し返してくれているのね」


 俺の天才的ひらめきの仮説はなんだったんだよ! てか魔方陣さんマジすげぇわ。


「ひょっとしたら水も魔方陣さんが?」

「そうね。汲み上げてきてくれるのね」


 ポセイドンかよ。魔方陣さん万能すぎねぇか?

 だけどここは魔法が日常的にある世界だ。地球と同様に考えてはいけないことがよくわかった。


 それはそうとして、低重力か。これをうまい具合に利用して一気に先へ進めないだろうか。


「そうだ、グライダーだ!」

「胸板ー?」


 あれは空気抵抗と重力を利用して滑空するものだ。欠点として重量のあるものではできないが、この低重力であれば全員載せてバランスをとれるかもしれない。

 問題は高いところへ登る必要があるのだが、それは魔法でなんとかなるだろう。あとはどうやって作るかだな。


 うむ、無理だな。諦めよう。


「というわけでお前らも移動速度を上げる方法を考えろよ」

「それなら簡単ね」

「なんだと?」

「馬を死ぬまで鞭で打てばかなり速くなるのね」

「やめてやれよ! てか途中で馬死んだらどうすんだ!」


 こいつら傷口を焼いて止血させたり馬を死ぬまでこき使うとか発想が野蛮過ぎんだろ。


「まあこれも冗談ね。馬だって無料じゃないね」

「当たり前だろ」


「勇者様、飛空艇なんてどうですか?」

「飛空艇!?」


 なんだその素晴らしい言葉の響きは。

 空飛ぶ船、飛空艇。個人的には飛行船みたいな速度で空を進む感じだ。さすがファンタジー、わかってるな。

 やばい、超乗りたい。


「勇者殿、ワクワクしているとこ申し訳ないけど飛空艇は使えないのね」

「な、なんでだよ!」

「飛空艇はずっと進み続けないといけないのね。でも勇者殿は基本的に毎日帰るね」

「おぅふっ」


 そうだ、ちとえりの使える転移魔法は色々と制限がある。異世界ゲートと異なり服なども通過できるが、同じゲートを2度通らないといけない。そうしないと次のゲートが開けないんだ。

 つまり飛行艇で開いた場合、次に通ると空の上ということになってしまう。


 飛行艇に乗るためには長期滞在が必須になる。だけど乗りたい。


「ちなみに飛行艇が停まるための日数ってどれくらいなんだ?」

「大抵都市間移動だから、1週間くらい見ておくといいね」


 1週間かぁ……。

 別に皆勤賞を狙っているわけでもないし、可か不可でいったら可ではあるが、1週間はきついな。

 てかこの際学校はどうでもいい。一番の問題は親だ。。

 1週間不在とか、行方不明で警察を呼ぶレベルだ。それでひょっこり戻ったらミンチにされてしまうかもしれない。


「残念だあぁぁぁ」


 溜息と一緒に思いのたけを吐き出した。


「んー、まあ勇者殿がいない間にでも考えておくね」


 あまりのがっかり具合に、ちとえりが無駄なやさしさを見せる。

 だけど乗りたかったなぁ飛空艇……。

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