第16話 さらばちとえり
気付けばもう朝だ。
景色は下に来てもそんなに変わらない。森、山、草原。
だけどずっと壁ばかりのワットベーターよりは全然マシだ。風景ってやっぱり大事だと思う。
馬車の中ではごくまろととくしま、ゆーながまだ寝ており、ちとえりが何か本を読んでいる。
「いい空気だな……」
馬車の窓を開け、外を見ながらそう呟く。
科学の一切踏み込んでいない世界の空気だ。
電気どころか
ちょっと中二っぽいような気もするが、日本ではそんな場所がないから、少し気分がいい。
「勇者殿、すかしたのは謝るけどそういう嫌味は嫌なのね」
ちとえりが苦々しそうな顔でそう訴える。
その瞬間、俺の蹴りはちとえりの顔にめり込んだ。
「てめ、こんな閉鎖された空間で何しやがる!」
「仕方ないのね! これは生理現象ね!」
「堪えろよ! もうじき朝食で馬車から降りるだろ!」
さもなければ言わずに平然とし続けるべきだ。言葉にしてしまうと人はそれを気にしてしまうものだから。
「それにしても平和だな……」
「そうね」
暖かい日差しにのんびりと流れる景色。ずっとこんな感じだったら若者として駄目になりそうなほど平和だ。
「上まで魔物が来てたから、下はもっと酷い状態になってるかと思ってたんだが」
「そう言われるとそうね」
一番気付かなくてはいけない奴が気付いていなかった。俺たちが何処へ何しに行こうとしているのかも忘れてるんじゃないのか?
あそこまで侵攻していたということは、その手前が凄惨な感じになっていてもおかしくない。それなのにここはまるで日常そのままじゃないか。
「でも多分色々と大変なことになってるのね」
「なってるのかねぇ」
「多分勇者殿は勘違いしてるね。勇者殿が思っている魔物侵攻は、きっと尻の毛1本たりとも残っていない荒野になってる感じね」
「違うのか?」
「当たり前ね。連中は私たちを滅ぼすために存在しているわけじゃないのね」
うん? 魔物ってそういうものじゃないのか。
「つまりなんだ?」
「ようするに資源や住みやすい場所を得るための侵攻ね。そこで人間が邪魔なだけだから倒しているものだと思うといいね」
ああ、森とかに住む魔物とかなら森を焼き払うわけにはいかないわけか。
そういえば上の世界でも狙っていたのは町や村だけで、自然には手付かずだった。だから人が住んでいる町などが遠いこの場所は平和そのものなんだ。
「まてよ、ということはこれから先、町がちゃんと機能しているか怪しいんじゃないか? 補給とか大丈夫なのかよ」
「あまりよろしくないかもしれないね。これから先、まともに食事もできないことを視野に入れておいたほうがいいかもね」
俺は家で食えばいいから気にならないが、こいつらにとっては厳しいだろう。
特にとくしまとゆーなはまだ11歳で育ち盛りだ。きちんと栄養のあるものを摂取させる必要がある。
といってもとくしまは育つのか? 下手に育ってしまうと上の世界に戻ったとき、周りとの差を感じてしまうような気がする。
「な、なんだ!?」
道から外れた森の奥から、突然の爆発音。煙が上がっている。
「襲われてるかもしれないね」
「あんな何もないとこでか? さっきの話と違うぞ」
「きっと移動村ね。あれならどこへでも行けるね」
ここへ来たときごくまろたちが世話になったあれか。あれならば森の中にいても不思議じゃない。
本来なら街道を使って移動しているだろうけど、休むために水が手に入る場所の近くへ行ったのだろう。
「飯の前に救出しないとな」
「そうね。ごくまろ、とくしま、早く起きるね!」
ちとえりが2人を揺すると、ほどなくして半寝ぼけで顔を上げた。
「あー……おはようございますぅ」
「寝起きで悪いんだが、魔物の襲撃っぽい。大丈夫か?」
「いきますよぉー」
ごくまろは立ち上がり、よたよたと歩き出した。とてもだるそうにしている。
「2人とも寝起きはいいはずなんだが、今日はへろへろだな」
「仕方ないのね。重力のせいでずっと体力を消耗してるのね」
1週間やそこらで体が慣れるはずないからな。衰えるのは早いが、鍛えるのには時間がかかる。宇宙飛行士が
そんなわけで2人は走ることができず、ふらふらと歩いている。
「これじゃ間に合わねぇな。しゃーない、行くぞっ」
「わ、きゃっ」
俺はごくまろととくしまを抱き上げ、爆発のあった方角へ向けて走る。
「ずっこいのね! それ私にもやるね!」
「お前は自力で走れるだろ!」
遊んでいるわけじゃないんだ。余計なこと言うな!
「ゆ、勇者様っ」
「どうしたとくしま」
「あの、猿ぐつわ! 付けていいですか!」
さらってるわけじゃねえよ。そんなもの付けてどうするつもりだ。
だめだ、つっこみたい衝動にかられる。しかしこいつらを悦ばせるつもりは全くない。
「あの、勇者様」
「どうしたよごくまろ」
「で、できればお姫様だっこを!」
「両手塞がるだろ。とくしまどうすんだよ」
「そこらに置いてってください!」
俺はごくまろをそっと木の幹に置き、とくしまを抱え走った。
「あああごめんなさい! 後生なので連れて行ってください!」
こっちは遊びじゃないんだぞ。人の命がかかっているんだ。
現場に到着すると、まだ戦闘が行われていた。
魔物の数は不明だが、人の数は20から30といったところだろう。数人が負傷あるいは死亡している。それでも大多数が無事だったことで間に合った感がある。
「ごくまろ!」
「はい! フォーカス! ……チーズ!」
まずは先制。ちとえりの言葉に反応し、ごくまろが魔法の弾を魔物に打ち出す。すると両陣営ともこちらへ注目した。
「こ、小人族?」
「普人族ね! 私はちとえり、助太刀するね!」
「なんだとっ、あの変態魔道王の!?」
「勇者殿、魔物に加勢するね!」
「ほんとのことだろ、そろそろ認めろよ!」
いつも思うんだが、こいつ自覚無いのか? そして沸点が低い。
鬱陶しいんでちとえりに蹴りを入れ、ごくまろととくしまを降ろす。
「よしとくしま、やってやれ!」
「む、無理です!」
「なんでだ?」
「ギャラリーが多すぎます! これじゃあ私、
「難しい言葉知ってんな11歳。今更そんなこと気にすんな」
そういやこいつ、意外なことに恥ずかしがり屋なんだ。変態のくせに面倒なことだ。
「ですが、こんなたくさんの人に聞かれたらお嫁に行けなくなります!」
「えっ!? 行く気あったのか!」
「酷いです勇者様! 確かに性奴隷には憧れますけど、私は普通に結婚すると思います!」
「とりあえず憧れるところからやめておこうか。今はそれどころじゃないからとっとと詠唱しろよ」
「じゃ、じゃあ勇者様、責任とってくださいね」
「お、おう」
その途端、とくしまの目の色が変わった。
「言葉質は取りましたからね! いきます!」
またやっちまった! くっそぉぉ。
「『ぐひひひひっ、逃がさねぇよ!』『な、なによこの下郎! 離して!』『こんな上玉逃がせるかよ。どら、売る前に味見してやるかな』『だめええぇぇ! この下衆、そんなとこ吸っちゃいやあああぁぁ!!』」
「やばい! 盗賊級が来るね! みんな木にしがみつくね!」
「えっ、えっ!?」
よくわからないが、俺はごくまろを抱きしめ木に足をからめた。
その瞬間、突然空間が割れ、とんでもない吸引をはじめた。
「ぬ、おおおぉぉぉっ」
全てを吸い尽くすかのような空間の穴の吸引力。ごくまろが吸い込まれないようしっかりと捕まえておかなくてはいけない。
「あああああぁぁぁーっ」
ちとえりが吸い込まれた。まあいいか。
とくしまは穴を操作し、魔物たちをどんどん吸い込んでいく。
結果圧勝だった。もうこいつ一人でいいんじゃないかと思うくらいに。
「助かりました。ありがとうございます」
移動村の村長らしき人が代表として俺たちに頭を下げてきた。
「まあ、こういうときはお互い様だしな」
「そんなことはないです。それに噂の変態魔法、確かに凄まじいものでしたないろんな意味で」
とくしまは顔を赤紫にし、気絶してしまった。慙死寸前だ。
「ところで勇者様、あの、本当にとくしまとその……結婚なさるんですか?」
「するわけないじゃん」
ごくまろの問いに俺は素直に答えた。何故俺ががきんちょと結婚せねばならないんだ。
「ですが、先ほど責任を取るって……」
「責任持って旦那になる人を探してやるってだけだ。当たり前だろ」
ごくまろはほっと胸を撫で下ろした。
ちとえりととくしましか選択肢がなければ、そりゃあ当然とくしまを選ぶ。しかし世の中には他にも選択肢はある。だから俺はその他を選ぶ。
あれ、そういやちとえりは吸い込まれたままだな。
「おーいとくしまー」
今にも破裂しそうなほど真っ赤になっているとくしまを揺すってみる。しかし返事が無い。ただの変態のようだ。
「仕方ない、ごくまろ。さっきの吸い込む空間ってどこに繋がってるんだ?」
「謎空間ですね」
謎空間ってそのままだな。というよりもどこに繋がってるかわからないという認識でよさそうだ。
「入ったらどうなるんだ?」
「謎空間に入ったらですか? それはもちろん」
「もちろん?」
「謎になります」
だよなぁ。わかってたら謎空間じゃないもんな。
ということは、今頃ちとえりは謎になってしまったというわけだ。
……どうすんだよこの始末。
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