第18話

 ドンドンドン!

「瓢谷様! 瓢谷様はご在宅ではございませぬか!?」

 激しく門を叩く音。自らを呼ぶ声に、隆善は面倒臭そうに立ち上がると表へと顔を出した。その後から、何事か確認しようと盛朝もついてくる。

「何だ? 物売りなら間に合ってんぞ。あと、術比べを申込に来た奴は問答無用で呪い殺すと表に札を立てておかなかったか?」

 嘘か真か。物騒な事を口走りながら出てきた隆善に、門前の舎人とねりはあわわ……と言葉にならぬ声を発し、手をバタバタと意味も無く上下させた。可哀想に思えるほどの狼狽っぷりである。

「たかよし様……普段一体何やってるんですか……」

 呆れた様子の盛朝に、隆善は「何もやってねぇよ」と不機嫌そうに返した。

「相手が勝手に怖がってるだけだ。……で? 何用だ? その様子だと、凶兆があったから祓ってくれとか、そんな簡単な用事じゃねぇんだろう?」

 話を振られ、バタバタと手を振っていた舎人はハッとした。そして、青ざめた顔で、掠れた声で。「大変です……!」と話を始めた。

「蛇が……数えきれないほどの蛇がどこからともなく現れて小路を埋め、時には人々を襲っています! このままでは、京中が蛇の巣と化してしまうやも……。安倍晴明様亡き今、この京の危機を救えるのは瓢谷隆善様……あなた様しか……!」

「……それで? 今、最も蛇が出ている場所は?」

 隆善に問われ、舎人は「えっと、あの、その……」とどもった。どうやら混乱のあまり、肝心の現場がどこなのか。地名をど忘れしてしまっているらしい。これでは、収めに向かおうにも動けない。

 ……と、その時だ。

 パタパタと。白い鳥が飛んできた。よく見るとそれは鳥ではなく、鳥の形に折られた白い紙だという事がわかる。式神だ。

 式神は隆善のところまで懸命に飛んでくると、そこで力尽きたようにへにゃりと隆善の手の上に落ちてきた。そしてそのまま、くたりと動かなくなってしまう。術が解けて、ただの紙に戻ってしまったようだ。

 不思議な物を目の当たりにした、という顔で己の事を見る舎人を無視して、隆善は式神だった紙をひょいひょいと拡げていく。すると、拡げた紙にはただ一点。赤黒い血が付着していた。

「たかよし様、これは……!」

 身を乗り出し、サッと顔を強張らせた盛朝を、隆善は「落ち着け」と制した。

「紙の折り方が、比較的丁寧だ。切羽詰まってたら、紫苑がこんなに丁寧に紙を折れるわけがねぇからな。まだ、幾分か余裕はあるんだろ」

「……葵が折った可能性は……」

 紫苑が聞いたら怒りだしそうな発言を聞かなかった事にして盛朝が問うと、隆善は「無ぇな」と首を振った。

「この紙から漂ってくる術者の気配は、どう考えても紫苑のものだ。それよりも、こいつの気配を逆にたどれば、紫苑達のところに着く。どうやら、まんまと厄介事に巻き込まれたみてぇだからな。あいつのところへ行きゃあ、その蛇騒ぎとやらにも会えるだろ」

 そして隆善は、唖然とする舎人を他所にさっさと歩き出す。その後に、盛朝が続いた。

「何だ。手伝ってくれるのか、盛朝?」

「当たり前でしょう。京が危険な状態になっているのに見過ごすなんて、俺にはできませんからね。それに、紫苑や葵が危ない目に遭っているかもしれないのに、何もしないで帰ったとなれば、惟幸に呪い殺されかねませんよ」

 そう笑って、盛朝は腰の太刀を隆善に示す。チン、という鍔鳴りに、隆善は満足そうに頷いた。

「それは助かる。鬼をも一太刀で斃すと言われるその剣腕なら、紫苑と葵の助けなんかよりもよっぽど役に立つからな」

「御冗談を」

「俺は冗談で褒めたりしねぇよ。……軽口を叩くのは後だ。とっとと行くぞ」

 不敵に笑うと、隆善は狩衣の裾を翻して再び歩き出す。そしてそれに、盛朝が素早く従っていく。

 後には、事情が飲み込めず、どうすれば良いかと途方に暮れる一人の舎人だけが残された。

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