ひとかけ

金谷さとる

門扉

道をさ、歩いてたのさ。

青っぽい黒いアスファルト滲んだ白線の上を鮮明な黒いブレーキ痕。

何があったのかねぇと顔を上げれば薄水色に雲の残る空にぽかりと白い月が残ってやがる。

はぁと息を吐けばじんわり冷えを感じて咳き込む。

しかたなくマスクを引き上げ冷えた空気を吸い込まないように口元を数回撫でておく。

苦しいのは勘弁してもらいたいところだ。

あ?

うまくまとめろ?

ああ、無茶言っちゃいけない。

うまくまとめられる能力があれば底のすり減った靴を履いて咳き込みながら朝の道を歩いてないさ。

悪いことも多いが、悪いことばかりでもないんだ。安心しとけ。

胸が痛くなる朝の道にもいいコトってゆう奴は落っこってるもんさ。

例えば、そう古い木の門扉。

古びた歴史を大事にしてそうな宗教施設って奴だな。

多分、種別的には寺だろうな。

もちろん、ただの金持ちのお屋敷っていう選択肢だって残っちゃいる。

だがな、そのへんはぶっちゃけどうでもいいだろう。

門だ。

古い木の門扉は重厚な薄紅茶うすべにちゃや栗のような艶やかさでもなく、あせた、あくまで色褪せた墨色でな、ぱっと見にもヒビ割れうっすら隙間が覗くような門扉だ。

わかるか?

褪せた墨色。

黒でも灰色でもないどこか赤みもあるような……ああ、うまくまとめられるもんじゃねぇ。俺の知らない色名だろう。きっと。

この国には色の名称が多すぎるからな。

それがどうかしたのかって?

わからないのか?

ああ、わからんか。

真っ平らに隙間があるんだぞ?

そう、まるでそれは熟れた女の魅力というか、新しいものにはない色気って奴を感じるのさ。

ああ。

俺は身の程をわきまえているからいつだって見るだけさ。

その隙間から切り取られて見えるのはほんのひとかけらの無縁な世界さ。

俺の日常はそこへはいりゃあしねぇ。

入るとしたら、無縁仏って奴かと思うと世知辛いね。

ああ、やだやだ。

うっすら寂れた扉の隙間のむこうにどんな光景が広がってるかなんて実際見なけりゃわかりゃしねぇ。

いいか。

知る必要はないんだよ。

むしろ知ることは害悪だ。

お前、理想とした相手がぐでりっとした水揚げされた深海魚みたいな様子を見たら幻滅だろう?

もし、それを見てもイケるって思うんなら、ホンモノだから逃がさねぇようにな。

向こう側の真実なんてどーだっていいんだよ。

魅せられたならどこまでも魅せられればいい。

まぁ、適度な技巧は欲しいがね。

ほら色気とか、オモムキとかなぁ。

ああ?

若い方がいい?

初心な真新しいのも悪かねぇけどよ。

転がされるのだって悪かねぇ。

わからねぇか?

金かけて美しく保たれた胸の谷間やら後れ毛を整える手首の角度そっと俯き加減から誘うように潤む上目遣いの色香って奴が。

手練手管に長けた相手なら気持ちよく転がしてくれるだろうさ。

たとえ、騙されたとしてもさ。

いいんだよ。

それが上質な時間の対価って奴だろ?

心よい時間をくれたならよぉ。

裏切られんのは信じて選択権を棄てたからさ。

任せちまった対価だよ。

裏切られたって思うんならお前はまだ堕ちてねぇ。

興味を持てない相手に関心を置いてられるほど広い心はないのさ。

そう。

初心で真新しい色気はいささかまっすぐ過ぎて潰して汚したくなるのさ。

くっだらねぇ破壊衝動さ。

そうやって、トラウマを抱かせてたら、ほら俺を忘れられないだろう?

ああ。

俺はひどい人間さ。

それでも、自分の立ち位置は守りたいから遠くから見ているだけだとも。

手を出すもんじゃねぇって知ってるさ。

だからよ。

綺麗なモノは人に求めてねぇさ。

わざわざ近寄っていって隙間に張り付かなくてもその隙間はパッキリしていて夕焼けもかくやと言うオレンジの光景。

朝焼けが広がっていく。

心が呼吸しているさ。

はぁと息を吹けば、マスクの内側に空気がこもる。

アスファルトを踏み鳴らすランニングシューズのランナーが横を通り過ぎていく。


今日も黙々と一人歩く。


門扉を抱く白壁はところどころ縦にヒビ割れ上になるほど薄汚れてる。

朝。

俺は誰かと話すそんな妄想の中一人歩く。

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