第五章――【北風と太陽】編――

第1部

 広範囲に広がる、とある山脈の一区画に、外からは木々で隠されていて見えないが、人の隠れ住む里がある。

 木造の家屋が並び、大通りを品の良い和装に身を包んだ住人達と景気の良い声が行き交っていた。

 段々畑のような多段式の構造の、その丁度中央にあたる位置に、開けた広場の様な場所がある。

 パンドラ一行を伴ってアリスの魔宝具形態の一つ、トラベラーズダイヤルが現れたのはそんな場所だった。

「ム・・・・・・」

 トラベラーズダイヤルから上半身だけこちらの世界に姿を現したパンドラはそこで眼にしたこちらを見る住人達とどよめきに一瞬動きを止める。

「・・・・・・これは少々面倒な場所に出てしまった様だな」

 完全に新たな童話世界に降り立ったパンドラは、遠巻きにこちらへチラチラ視線を向ける住人達を一瞥しながら周囲の光景を見渡した。

 住人達の服装は先の桃太郎の童話世界の物と似通っていたが、いくらかこちらの方が小奇麗に見える。

 しかしその視線に、パンドラはどこか違和感を覚えた。

『スミマセン。出現場所を選べればいいんですけど・・・・・・』

「まぁ出てしまったものは仕方ない。これ以上ここで見世物にされるのはゴメンだ。情報を得られそうな場所を探すぞ」

『ハイ!』

 そう言って、先に歩き出したパンドラについていくため、アリスがトラベラーズダイヤル形態から人間形態に形態変化して後ろに付いたその時――

「!」

 そこから五歩も歩かない内に、パンドラは急速に接近する複数の生体波導を感じ取り、足を止める。

「どうしましt・・」

「何か来る」

 そこからアリスが返事する間もなく、パンドラとアリスから僅かに距離を開けて口元を覆い隠した黒服の集団が一瞬二人を取り囲んだ。

「ひっ!」

「何者だ。この里の住人ではないな?」

「見慣れない服装だ」

「外部からの侵入者か」

「侵入者だと? 奴等の仲間か!」

「奴等とは?」

「とぼけるな! あの妙なカラクリの軍隊の事だ!」

「パンドラさん、これって・・・・・・」

 カラクリの軍隊と聞いたアリスはピンと来たのか、パンドラの耳元に近づき尋ねる。

 そしてパンドラも全く同じ人物を想像していた。

「あぁ。我々はその〝カラクリの軍隊〟にある人物をさらわれ、ここまで追ってきた」

「フン、そんなでまかせを言って我々に取り入ろうとしても無駄だ。我等シノビにそのような小細工は通じぬ」

「何だと?(シノビ? 聞いた事の無い言葉だがコイツ等の事か)」

「大人しく我々と一緒に来てもらうぞ」

 シノビの一人がそう言うとアリスの腕を掴む。

「ちょ、待ってください。私達は敵では・・」

「黙って歩け」

 アリスの抗議にも聞く耳を持たず、二人があえなくシノビと呼ばれる集団の御用になりかけたその時だった。

「敵襲ー! 敵襲ーッ!」

「「!?」」

 後方からの突然の知らせに二人とシノビ達が同時に振り掛けると、竜巻の様な突風が地面を抉り、建物を粉々に砕きながら、住人共々巻き込んでパンドラ達の方へと迫ってきたのである。

「奴か」

「クソッ、こんな時に!」

 突風の正体に心当たりがあるのか、シノビ達は恐怖ではなく憎悪の表情をそれに向けた。

 シノビ達だけであれば、持ち前の機動力で、迫る突風を難なく回避する事が出来ただろう。

 だが今はパンドラとアリスという、動き回るには余りにも大きいお荷物を抱えている状態であり、また迫る突風の速度がシノビ達に考える時間を与えなかった。

「グォああああああッ!」

「うぁあああああッ!」

「グゥゥゥゥッ!」

「きゃあああ~~っ!」

 かくしてシノビの集団は、捕らえていたパンドラとアリスごと、その謎の突風に吹き飛ばされてしまったのである。

 だが、同時にそれはパンドラ達にとって到着後最大の好機ともなった。

 吹き飛ばされたパンドラは即座にフォースウィングを展開し、姿勢を制御する事に成功すると、アリスを半ば強引にブローチへ回収し、謎の突風に対して頭をフル回転させる。

「(アレの正体が何かは知らんが、とにかく風をどうにかしなければ・・・・・・アリスの魔宝具や手に入れたばかりの桃太郎でも、風は斬れんし分解も出来ん。この嵐のような状況下で使える力・・・・・・そうだ!)ドレスチェンジ!」

 次の瞬間、落雷がパンドラを包み込み、漆黒のゴスロリ服を紫色に、両腕と髪の毛を雷に変貌させると、両腕を背後で繋ぐ三つ巴模様の蓄電ユニット三対からなる放電攻撃を、謎の突風へ向けて浴びせた。

 すると障害物をものともせずシノビ達を巻き上げ吹き飛ばし、パンドラにその進路を向けていた突風がその動きを止め、揺らぎを見せたのである。

 ここぞとばかりにパンドラは立て続けに蓄電ユニットから放電攻撃を繰り出すと、間髪入れずに雷の髪の毛を叩きつけた。

 その甲斐あってか、里を蹂躪していた突風が止み、その中からクジャク模様の緑色の羽を両腕から生やし、頭にインディアン風の飾りをつけた少年が地面に横たわった状態で姿を現す。

「アレが突風の正体が」

『どなたでしょうか? ムーンフェイスの軍勢には見えませんが・・・・・・』

「なら童話主人公かもしれんな。近い状況だと赤ずきんの前例がある」

 もしそうであるならば、ここで止めを刺し、この世界での目的を即座に達成する事が出来るかもしれない。

 今までなら、童話主人公達はパンドラとの戦闘を経て即退却(もしくはこちらが戦闘離脱)していたため、先に彼等に関する情報集めを優先していた。

 だが、今回は違う。彼は今地面に倒れている。

 そして彼はこの里のシノビ達とも敵対していた。

 パンドラが止めに入らない理由は無かったのである。

「ムーンライトキック・・・・・・」

 パンドラは即座に右脚へ波導エネルギーをチャージしていった。だが・・・・・・

「ン?」

 恐らく里の奥から増援に来たらしい別のシノビ達が、片膝を立てて立ち上がろうとしていた少年を捕らえるべく飛びかかる。

 しかしその直後、少年は残る力を振り絞って再び突風を発生させると、自身に迫ったシノビ達を一人残らず吹き飛ばし、自身はその間に一瞬で里から姿をくらましてしまった。




―――――蝶々仮面パピヨンマスクのパンドラ 第三章 《北風と太陽編》―――――




《北風と太陽編――第2部へ続く――》

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