第二章――【赤ずきん】編――
第1部
パンドラが二つ目の童話世界で辿り着いたのは、星煌めく夜の下の、一面に広がる劫火の海と化したとある街の中だった――
金縁に彩られた菱形羅針盤の魔宝具、トラベラーズダイヤルの中からその姿を現したパンドラは、未知の敵、サイボーグ鎧武者軍団の襲撃を受けた際、それを率いるムーンフェイスに生みの親であるゲッコー博士を連れ去られてしまい、博士を助けるべく童話世界をめぐる旅を続けているわけである。
「これは、何事だ?」
その光景に、パンドラは思わずこれが地獄という所かと納得しかけた(もっとも、先のアリスの世界も大概だった訳だが)。
「パンドラさん、あれを!」
パンドラの問いに、トラベラーズダイヤル形態から人間形態へ姿を変えたアリスがある方向を指差す。
その先には、逃げ遅れた少年が一人、数体の鎧武者達に斬り殺されようとしていた。
「マズイ、行くぞアリス!」
「ハイ!」
アリスをスペードの魔宝具、スペードブレイダー形態へ変身させると、パンドラはそれを手に取り、背中に展開させたフォースウィングを羽ばたかせて少年と鎧武者達の間に割って入り、スペードブレイダーで鎧武者達の刀を受け止めて斬り刻む。
「「「!?」」」
突然のパンドラの出現に鎧武者達は一瞬、戸惑いを見せるが、すぐにそれを敵だと判断し、腰に下げていた小さな光線銃を取り出してパンドラへ狙いを定めた。
直後にそこから放たれた光線を、パンドラはその迷い無き剣捌きで次々と弾き返すと、瞬時に斬撃波で反撃し、瞬く間に鎧武者達を殲滅してみせる。
「……怪我は無いかね? 少年」
間一髪のところでその命を救われた少年には、例え紫の蝶々仮面で顔を隠し、やや不気味な風貌であるゴスロリ少女パンドラでも、スーパーヒーローにでも見えた事だろう。
「ありがとう! お姉さん強いんだね」
「コレの相手が出来るぐらいにはな。ところで我々が間違ってなければ、ここは童話世界の筈だが?」
「うん。ここは【赤ずきんの世界】だよ。でも……」
「でも?」
表情を暗くした少年に、パンドラは続きを尋ねた。
「あの変な鎧を着た奴等が現れてから、赤ずきんの姉ちゃんおかしくなっちゃったんだ。街の皆を攻撃するし、建物や自然まで壊すようになって……お願いだよ、赤ずきんの姉ちゃんを助けて!」
少年は藁にもすがる思いでパンドラのゴスロリ服のスカートを掴む(彼にとって恐らく初めてであり、そして唯一の鎧武者に対抗できる存在なのだから、当然といえば当然か)。
「ホウ、いいだろう。私もそいつに用があったところだ」
「ホント!? 絶対だよ?」
「家にでも帰って待っていたまえ」
「うん、じゃあねー!」
少年はパンドラに手を振りながら、駆け足でどこかへと去っていった。
『良かったんですか? あの子についていけば他の住民の方とかいるかもしれないのに』
「ただでさえ余所者に故郷を侵略、蹂躙され恐怖に震える住民共が同じ余所者の私を難なく受け入れるとは思えん。別の場所を探すぞ」
『分かりました』
それっぽい理由でアリスの同行案を拒否すると(おそらく子供が苦手だから全力で拒否したに違いない)、パンドラは別方向での捜索のため、背中にフォースウィングを展開し、飛び立つ。
空からこの焔にまみれた街【アルスフェルト】を見下ろしたパンドラは、そこに人っ子一人存在しない事に気が付いた(と、同時にこの時少年について行かなかったことを少し後悔した)。
そもそもこの現象が一体いつから起こっているものなのか、自分達が時期的にどのタイミングでこの世界(赤ずきんの世界らしいが)に現れたのか、全く検討がつかないパンドラは、生態波導感知の範囲を広げる。すると――
「! 何かいる。複数か」
波導魔法(フォースマジック)による生体波動感知能力で、前方に複数の存在を感じ取ったパンドラは、フォースウィングを羽ばたかせ加速する。
するとそこには、鋭い牙と爪を持ったオオカミの獣人達が氷属性の魔法を使い、何かと必死に戦っていた。そしてその相手は――
「鎧武者共だ。介入するぞ」
『はい!』
パンドラは一気に降下すると、鎧武者軍団とオオカミ人間達の間に割って入る。
「!? 何だコイツは!」
突然現れたパンドラにオオカミ人間達が戸惑う中(絶対に不気味な見た目のせいだ)、パンドラはスペードブレイダーから斬撃波と次々と繰り出し、あっという間に彼らの前で鎧武者達を全滅させてみせた。
「スゲェ、あれだけの数を一瞬で……」
「悪いがこちらの都合で介入させてもらうぞ」
『パンドラさん、来ます!』
「ム」
アリスの警告にパンドラが鎧武者達のいた方向へ向き直ると、そこへ更に遠方から焔の高エネルギー弾が飛来し、咄嗟に左手からフォースバリアを展開してこれを防ぐ。しかし、
「グッ!?」
高エネルギー弾はパンドラのフォースバリアに阻まれつつも、その勢いを無くす事無く、展開中のフォースバリアごとパンドラを後方へ吹き飛ばしたのである。
「なんという威力だ」
その威力にボヤきつつも、パンドラはその奥から何者かが歩いてくるのを感じ取っていた。
そんなパンドラの前方に、ワインレッドの髪とドレスに身を包むポニーテールの少女が、両手に大口径の銃を持って現れる(更に布で口元を隠していたので、どこぞのレディーズのようにおっかない上、肝心の頭巾は被っているのではなく後ろに降ろしていた)。
「あれは……」
「出やがった……」
「赤ずきんだ!」
―――――蝶々仮面(パピヨンマスク)のパンドラ 第二章 《赤ずきん編》―――――
「! ホウ、アレが」
『パンドラさん、次に彼女の攻撃が来たらスペードブレイダーで迎撃して下さい』
「? 君では有効なダメージを与えられないのでは無かったのか?」
パンドラはかつてアリスが言っていた事を持ち出す。
『そうです。【童話主人公の制約】で、童話主人公は童話主人公にダメージを与えられません。でもそれは向こうも同じです!』
「成程、制約を生かして相殺するか。悪くない」
そう言うと、パンドラは赤ずきんに向けてスペードブレイダーを構えた。
一発一発がまるでナパーム弾並の威力を有する赤ずきんの銃撃に対し、パンドラはスペードブレイダーから機関銃並の連射速度で斬撃波を放ち迎撃する(ちなみに威力は機関銃より遥かに強い)。
一発の銃撃に数発の斬撃波を叩き込む戦いは、パンドラの思っていた以上に早く終結した。
「!」
突然、二丁拳銃をしまい銃撃をやめたかと思うと、赤ずきんは掌から広範囲にわたり焔を繰り出し、自身との間に壁を作ると、踵を返し逃亡を図ったのである。
「に、逃げました!」
「フン、こちらの小手調べのつもりか・・・・・・」
遥か遠方に姿の小さくなった赤ずきんを見据えながら、パンドラはスペードブレイダーの光刃を静かに納めた。
『追わなくていいんですか?』
「初見で封印出来るとは思っていない」
「オイ、テメェら」
「!」
背後からの呼び声にパンドラは振り返るが、そこに好意的な眼差しは一つとして無い(あんまりである)。
「何だ?」
「助けてもらっといて何だが、生憎こっちは素性も分からねぇ奴に尻尾振れる程余裕は無ぇ。テメェは何モンだ? どこから来やがった?」
戸惑いと若干の敵意がこもった鋭い目でパンドラを見下ろすそれらは、そのどれもが二メートルはあろう巨体を誇っており(ちなみにパンドラも割と背が高い方である)、そのうちの一体は首周りにファーの様な体毛を有していた。
「パンドラというのが私の名だ。誘拐された生みの親の救出のために童話世界を辿って誘拐犯を追っている。先の鎧武者共はその誘拐犯の配下だな」
「何だと、さっきの奴らが? そうか、そいつぁ難儀だったな。俺達ゃぁ、この街を奴らの手から取り戻すべく戦っているレジスタンス組織【フェンリル】。んでもって俺がそのボスの【ガルル】だ」
パンドラが新たな敵ではないと分かったのか、先程までの険しい表情がなりを潜め、ガルルが穏やかな顔つきでパンドラに右手を差し出す。
「? ・・・・・・・フム」
差し出された右手の意味が分からなかったパンドラだが(恐らく流石のゲッコー博士もパンドラが握手する状況は想定していなかったに違いない)、何となく察した様子でガルルの手を握り返した。
「街外れに俺達の根城がある。詳しい話はそこで話してやろう」
「良かろう」
赤ずきんの世界における情報を何一つ持っていなかったパンドラは、ひとますガルルの誘いに乗ることにした。
フェンリルの面々に連れられ、パンドラは彼らの本拠地とも言える避難民の居住区画に辿り着く。
「すごい!こんなに沢山の人達が!」
人間形態に戻ったアリスは、生き残った避難民達でごった返す地下空間に目を見開く。
この空間に逃れてきた避難民達はまず、全ての避難民達を収容するべくその空間自体を大幅に拡大したのだ。
次に長期化するであろう避難生活に備えて、家は当然の事、露店や市場を設け、そこに新たな生活圏を築き上げたのである(本来生活圏でない所に生活空間を作り上げるというのはちょっと憧れる)。
かつて避難シェルターから始まった筈の場所は、今や一種の地下都市と化していた。
「これでも大分数が減った。平和だったころの五分の一だ……」
そう述べるガルルの表情は重い。
「あの鎧武者共が攻め込んで来やがった当初はまだマシだったさ。あの頃は赤ずきんの奴も俺達と一緒に戦ってたからな。だがアイツが鎧武者共に捕まっておかしくなっちまってから状況が一変した! そっからひと月で避難民の大半がやられてこのザマよ……」
「ほう! 奴一人寝返っただけでそれ程の被害が出るのか。流石童話主人公だな」
「でもあんなに強かった赤ずきんさんがどうして洗脳されちゃったんでしょう?」
「そりゃあ一緒に戦ってたグランマが目の前で奴等に殺されちまったんだからな。呆然とした隙を突かれて捕まりもするさ」
「そんな……」
それを聞いて、自らも仲間を鎧武者達に殺された事を思い出したアリスは、目に涙を浮かべた。
「次に俺達の前に現れた時にはもうあんなだ。自分の町である筈のアルスフェルトを文字通り火の海に変えやがった。俺達はレジスタンスとしてこれに必死で抵抗したが、奴の力は凄まじく、揃って返り討ちよ……」
「……」
「それでまずはともかく鎧武者共をブチのめしていくしかねぇってなって、後はお前等も見ての通りだ」
「フム、大体分かった。ところで……」
一通り話を聞き終えたパンドラが、ある一つの疑問を口にする。
「話の中で出てきたグランマというのはいったい何者だ? 赤ずきんの奴と大分近しいようだが?」
「グランマってのは赤ずきんの育ての親さ。赤ずきんをガキの頃から育て上げて銃の戦い方を教え込んだ張本人だ。それだけじゃねぇ。アルスフェルトの発展に昔から尽力してきた街最大の功労者よぉ」
「そんなにすごい人だったんですか!?」
「あぁ。だからグランマは今でも俺達アルスフェルトの住人の心の中に生き続けてんのさ」
しみじみと語るガルルだったが、ただ一人、パンドラだけがその言い回しに違和感を覚えた。
「? 死んでいるのに生きていると?」
「そうだよ。なんか変な事言ったか?」
「生憎だが、こう見えて人間や生物の類ではないんでな。私には生死の概念が備わってないのだ」
「ハァ!?」
「人間を模して作られただけの魔法そのものといったところか」
「魔法……だと?」
「如何にも」
「パンドラさんには私から説明しましょう!」
「ホウ?」
「例えばその人が亡くなっても、その人の残した意思とか、関係のある物や周りの人達に残した影響っていうのは、ずっと存在し続けたりするんです。心の中に生きてるっていうのは、そういう事です」
「ホウ、そんな概念があるのか。よく分からん事を考えるものだな……」
「今すぐには理解出来なくても、これから先の旅の中で少しずつ分かっていければ、それでいいと思います」
「フム……」
単純な命の有る無しや、その生命力とはまた別の《他者から見た生と死の概念》の一端に触れたパンドラは、人工物である自分にとっての生と死について考え始める事になる。
戦場での戦闘を主目的として生み出されたパンドラにとって、人工物としての自分の生と死とは何かという疑問の答えに行き着くのに、そう時間はかからなかった。
「私にとって生きる事とは戦い続ける事だ。言い換えれば世界が戦いを必要としなくなった時こそ私の死になる訳だが、君にとっては何だ?」
「えっ? う~ん・・・・・・私も、童話主人公として【作られた側の存在】です。ただ、童話主人公と言っても、具体的に何をすればいいのかもよく分かりません。童話世界の中心的存在であり続ける事なのか。それとも童話世界の平和を守り続ける事なのか。内容によっては、童話主人公として私はもう死んでいるのかもしれません。ただそれでも、今は一人のアリスという人間として、パンドラさんを助け続ける選択をした事に、後悔はしてないつもりです。・・・・・・答えになってないかもしれませんけど」
「そうか、そうだったな・・・・・・期待している」
「任せてください」
パンドラの言葉に、アリスは確かな強い眼差しで以ってそれに応える。だがその時――
《赤ずきん編――第2部に続く――》
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