最終部

「ようやく見つけたぞムーンフェイス。ゲッコーはどこだ!」

「遅かったな。彼はもうこの世界にはいない」

「何?!」

 その言葉に、パンドラは一瞬既にゲッコー博士が殺されてしまったのかと背筋を凍らせる。

「今頃、次の童話世界にいる私の部下が、更に次の童話世界へ身柄を移すべく運んでいる所だ」

「次の童話世界だと? 直接アジトに帰れない訳でもあるのか?」

「答える義理は無いな!」

 そう言うと、ムーンフェイスは腰に装備していた刀をゆっくりと抜刀し、背部のメインブースターと全身のバーニアを吹かして、急接近しつつ斬りかかってきた。

「イェァァァァッ!」

「フン」

 彼の刀も他の鎧武者達同様、スペードブレイダーの光刃で斬り刻んでやろうと考えていたパンドラは、手にしていたスペードブレイダーでムーンフェイスの攻撃を受け止めようとする。しかし、

「何っ!?」

 刀ごと斬り刻む筈だったスペードブレイダーの光刃は、何故かムーンフェイスの刀に阻まれていた。

「フン、他の鎧武者共と同じ様に斬り刻めるとでも思ったか? 一緒にしないでもらおう!」

「グウッ!」

 力任せに振り払ったムーンフェイスに吹っ飛ばされるパンドラ。

「君の剣では斬れんよ……」

 そしてムーンフェイスは腰のもう片方に装備していた小太刀を居合斬りの要領で抜刀しながら再び接近し斬りつける。

 それに対し、パンドラは咄嗟にスペードブレイダーから左手を離し、フォースバリアを展開して小太刀の攻撃を防いだ。

 だが、ムーンフェイスは更に両爪先からビームサーベルを展開し、左足のビームサーベルを使い、回し蹴りの要領で斬り込む。

 しかしパンドラはフォースウィングを展開して僅かに浮遊すると、右脚を前蹴りの如く突き出し、ムーンフェイスの左脚そのものを踏み止める事でビームサーベルの到達を防いだ。

 ところがムーンフェイスは一瞬、全ての刃を引き僅かに距離を取ったかと思うと、次の瞬間止められていた左脚の足首の動きを駆使し、蹴り上げる形でパンドラの右腕を一瞬で斬り飛ばしたのである。

「グウゥッ!」

 斬り飛ばされたパンドラの右腕がスペードブレイダーを握ったまま地面に転がり、ムーンフェイスは大刀でパンドラを左肩から斜めに斬りつけ、更に小太刀でパンドラの腹部を刺し貫いた。

「ウグッ!」

『パンドラさん!』

 スペードブレイダーを握っていたパンドラの右腕が黒い霧となって消滅し、人間形態に戻ったアリスは、顔面蒼白になりながら、ムーンフェイスが大刀を引き抜いて距離を取るのと同時にパンドラの下へと駆け寄ろうとする。

「動くな!」

「!」

 パンドラの首元に大刀の刃を突きつけながら発したムーンフェイスの一声に、アリスは思わずその歩みを止めた。

「下がっていろ」

 搾り出すように出した声で、パンドラはアリスに離れるよう指示する。

「でもパンドラさんが……」

「問題無い」

 そう言ったパンドラは、腕を斬り飛ばされ腹部を刺し貫かれたにもかかわらず、僅かに前かがみになったのみで、倒れるどころか膝をつく様子すら無く、斬り飛ばされて失った筈の右腕を瞬時に再生してみせた。

「!? ……ブクブク」

 そのあまりの超常的な現象に、アリスは脳が理解するよりも早く白目をむき、泡を吹きながらその場に倒れる。

「なっ、倒れる奴があるかクソッ!」

 パンドラは気絶したアリスをスペードブレイダー形態に変化させながら呼び寄せると、起動状態で構えた。

 それと同時にムーンフェイスは刺し貫いていた小太刀をパンドラから引き抜きつつ、バックステップで距離をとる。

「……貫かれた筈の穴を塞ぐどころか、腕まで再生させただと!? ……化物めぇっ!」

「それで貴様を倒してゲッコーを奪還出来るなら……安いものだ!」

 腹部の傷を一瞬で塞ぎながらそう言うと、パンドラはスペードブレイダーを手にフォースウィングを羽ばたかせ、ムーンフェイスへと斬りかかった。

 対するムーンフェイスはパンドラの攻撃を小太刀で防御すると、そこから大刀で反撃に出る。

 この大刀をフォースバリアで防いだパンドラへ、ムーンフェイスが右足先に展開したビームサーベル繰り出し、パンドラは大刀を防いでいたフォースバリアの防御をそちらに回した。

 学習能力が無いのかと心の中でほくそ笑んだムーンフェイスは、先と同様、フリーになった大刀でパンドラの左肩を突き刺す。

「ぐうっ!」

「二度も同じ流れで一撃をくらうとは・・・・・・とんだポンコツだな!」

「いや、これでいい」

「何?」

 それまで勝利を確信していたムーンフェイスが表情を一変させるのと同時に、パンドラは右脚に変換したフォースエネルギーを集中させていった。そして……

「ムーンライトキック」

 そこからフォースエネルギーを凝縮させた右脚で、ムーンフェイスが大刀を引き抜いて後退するよりも早くその左脇腹へ回し蹴りを叩き込んだ。

「グゥオァツ!? ……グ、馬鹿なこの私が……魔法如きにッ……!」

 その直後、ムーンフェイスの身体は爆発四散し、その身体を構成していた堅牢な装甲と無数の精密機械の破片が辺りに散乱する。

「グッ……ンンッ!」

 パンドラは自分に突き刺さったままの大刀を引き抜くと、それを地面に投げ捨てた。

『パンドラさん、あの……』

「分かっている。すぐに街へ向かうぞ」

『はい!』

 城を駆け下り外へ出たパンドラは、スペードブレイダー形態だったアリスを人間形態に変化させる。

 しかし街へ出たパンドラ達を待っていた光景は、それまで抱いていた希望をことごとく打ち砕くものだった。

「あぁ皆……」

「酷いな……」

 建物という建物は大きく荒らされ、住人という住人は全てそれまで蔓延っていた鎧武者達に殺されており、その血の海にアリスは涙を浮かべ、流石のパンドラも表情を険しくする。

 それでもパンドラには、微かに残る生存者の生体波動が伝わってきていた。

「どうしたんですか?」

「まだ生存者が残っている。これは……何人かで集団になって隠れているのか」

「どこにいるんですか?」

「一番近いのは……」

 パンドラは全神経を研ぎ澄まし、感じる生体波動の詳細な位置を特定していく。

「こっちだ」

 パンドラはそう答えると同時に、すぐさま建物を飛び出しだ。

「ほんの数メートルだな」

 続けてアリスも建物を出て、パンドラの方へと駆け出す。

 そして数件隣の建物の前で立ち止まった。

「……この建物の中からだ」

 それを聞いたアリスは、中へと駆け込み、探し回りながら必死に呼びかける。

「誰か! 誰かいませんかぁ!?」

「…………」

 アリスに続いて建物に入ったパンドラも、周囲を見渡した。

「少し探せば見つかる様な場所なら、奴等にとっくに見つかっている筈だ。という事は……」

「隠し部屋!」

「この位置は地下だな」

 そこでアリスとパンドラは、手分けして散乱した物をどかし、何か怪しいものは無いかと、部屋中をくまなく探し始める。やがて――

「見つけたぞ」

「!」

 パンドラが部屋の一角にあるドアのフロント部分に、本来見かけない妙な仕掛けを発見し、それをいじったところ、仕掛けが作動したらしく、部屋の床一部が大きくスライドした。

 そしてその中から地下への入り口をパンドラ達に示したのである。

「いくぞ」

「はいっ!」

 階段を駆け降り、アリスが目の前の飛びらを叩いた。

「開けて下さい! アリスです。助けを呼んで来ました。もう外に敵はいません!」

 アリスの呼び掛けから数秒、無音の状態が続いたかと思うと、突然の物音と共に扉が開き、中から数人の住民達が顔を出す。

「おぉ、アリス、アリスじゃないか! 無事だったんだね」

「はい、別世界に助けを呼びに行ったんです。……でもっ、皆が……皆がっ……」

「アンタが、アリスが呼んだ助けなのかい?」

「如何にも。ここの世界を襲った鎧武者共のリーダーに、私も生みの親をさらわれている。それを取り戻すためにこのアリスと契約してここへ来た」

「何と……そうかとうとう契約を」

「はい。でももう少し早く来れていれば……」

「全ての者を救う事など出来はしない」

 涙し膝から崩れるアリスに、パンドラはそっと諭すように言った。

「そんな……」

「だが、自分の手が届くほんの少しの者達を救う事なら、我々にも出来る」

「パンドラさん……」

「その我々の手が届く場所で、助けを待っている住民はまだいる筈だ」

「……そうですね」

 涙を拭い、アリスが強い眼差しを取り戻したのを確認すると、パンドラは次の生体波動の気配を辿る。

「この奥だ」

 別の建物にて位置を特定したパンドラは、とある本棚の前に立った。

「でもこんな大きな本棚、動かせないですよ?」

「だがこの奥なのは間違いない。何か仕掛けがある筈だ」

 二人が本棚に隠された仕掛けを探し始めてから、さほど時間を要する事無く、アリスによってその仕掛けは発見される。

「ん? ……あっ!」

 アリスが声を上げた直後、本棚が前方にせり出し、そして扉の様に開くとその向こうに隠されていた空間から、幾人かの住民達の姿が確認出来た。

「皆さん、無事ですか!」

「アリス?」

「アリスだ!」

「おぉてっきり奴等に殺されてしまったのかと」

「良かったです……皆大きな怪我は無さそうで」

「あぁ、急に黒い鎧の奴等が住民達を斬り捨てたのを見て、慌ててここにいた奴らだけでもと皆でここに逃げ込んだんだ。物置状態のシェルターだったけど、まさかホントにシェルターとして使う事になるとは……」

「そのお嬢ちゃんは誰だい? 見慣れない顔だね」

「てゆーか、仮面付けてるから顔なんて分からないけど」

「この人は私が外の世界から連れて来た救援の人で、契約主です」

「契約!? アリス契約したのか?」

「そのおかげで侵攻していた鎧武者共は全て始末した。だがここの他にも、お前達と同じ様に生き残り、助けを待ってる人間達がいる。手を貸してくれ」

「あぁ、分かった」

 助け出した住民達の協力を取り付けたパンドラとアリスは、街中の隠れ潜んでいた住民達を全て助け出す事に成功すると、皆で亡くなってしまったキャラクター達のために、彼らの墓を町の郊外に建てていく。

「ところで……」

 その最中、パンドラはある疑問に行き着いた。

「はい?」

「今回の襲撃、かなりの数が死んだ筈だが、中には重要なキャラクター達も少なからずいた筈だ。彼らがいなくなった今、この世界はどうなる?」

「……亡くなった人は帰っては来ません。ですが、【別個(べっこ)同位体(どういたい)】が生まれ、そのポジションを引き継いでいく事で、この世界は保たれます」

「別個同位体?」

 初めて耳にするワードに、パンドラはその詳細をアリスに尋ねる。

「はい。例えばウサギAさんが亡くなると、同じウサギ族ではありますが、完全な別人であるウサギBさんが生まれ、その子が立派にポジションを引き継げるようになるまで皆で守るんです」

「成程、非常に類似しつつ、記憶や人格を別とした後釜が生まれる訳か。だが、今回死んだ全員の別個同位体が育つまでは待ってやれんぞ?」

「どういう事です?」

「奴等はサイボーグと呼ばれる人工物だ。修理・製造が遥かに容易な上、私を倒し損ねている以上、このままここに居座り続けていれば、奴等は再びこの地を戦場にするだろう」

「そんな……それが本当なら、早く移動しないと」

「ムーンフェイスの奴は、ゲッコーを次の童話世界から更に次の童話世界へ運んでいる最中だと言っていた。どういう原理か知らんが、奴等も直接アジトへは運べんらしい。それに私はゲッコーを人質にとられている身だ。いずれアジトへ辿り着く事が確定している以上、奴等からすれば童話世界の数だけ私を迎撃出来るチャンスがあるという事になる」

「て事は……」

「上手くいけば奴等がアジトに運び込む前に追いついてゲッコーを奪還出来るかもしれん」

「……分かりました。あの人に一言挨拶しに行かせてください」

 そう言うと、アリスは立ち上がって生き残った仲間を仕切っている一人の男を指差した。

「あぁ」

 駆けよっていくアリスにパンドラもついていき、アリスが男に早々にここを起つ事を告げる。

「えっ? そんな……まだお礼も何もしてないのに……」

「あまりゆっくりしていると、今度は我々への報復で鎧武者共がくるかもしれんのだ」

「ごめんなさい。ホントはもうちょっと皆と一緒にいてあげたいけど……」

「そうか……分かった。くれぐれも気を付けてな」

「はい。急ぎましょう」

 挨拶を終えると、アリスはパンドラに出発を促した。

「あぁ頼む」

 パンドラの要請を受けたアリスが、目の前で金縁の施された紅色の菱形方位針へと変身する。

「クルーズジャンプ」

 トラベラーズダイヤルの針が回転を始めながらパンドラへと迫ると、パンドラはその中へと身を潜らせていった。




《第二章――赤ずきん編に続く――》

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