第4部

 石で出来た円形の屋内に突如トラベラーズダイヤルが現れ、更にその中からパンドラがその姿を現すと、その地面にそっと足をつけた。

「ここは……?」

 初めての異世界の光景に、パンドラは周囲を興味有り気に見回す。

『トランプ城の地下です。ここからパンドラさんのせか……っっ!?』

 言葉を途中で止めたアリスに、移動しながら続きを尋ねようとしたパンドラだったが、地下の部屋を出た所でその原因を目にした。

「! ……知り合いか?」

「イヤぁぁぁっ! ウサギさぁん! 夫人さぁぁぁん!』

 ブローチから飛び出し、血の海の中で横たわるウサギと侯爵夫人の元にアリスは泣き崩れる。

「あああああああああん!」

「酷い損傷具合だ。これが死んでいるという事なのか?」

「……えっ?」

 唖然とするアリスに、パンドラは更に質問を続ける。

「生憎、私は戦闘を目的に永久的に稼働し続けられるよう作られた身だ。それ故にその・・・・・・死という概念をよくは知らない」

「そんな……」

 何でもないような様子で淡々と話すパンドラに、アリスはショックを隠しきれない。

「それで死とは具体的にどういう状態をさすのだ?」

「それは……」

 言葉に詰まるアリスをよそに、パンドラは腰を落とし、ウサギと侯爵夫人の目をそっと閉じる。

「意味はよく分からんが、昔、同志が動かなくなった時に、ゲッコーがこうしていたのだ。そういえばあの時もそうだが、コイツ等からも生体波動を感じない。死というものになった生物は皆そうなのか?」

「……そうですね。パンドラさん風に言うならそうです」

「ふむ。……ん? だとするならこの感覚は――」

「生き残りがいるという事か?」

「ふぇ?」

「城の外だと思うが、鎧武者達がサイボーグである以上、この世界の生き残っている住人達である可能性は高い」

 アリスは目に涙を浮かべたまま、既に立って周囲に神経を研ぎ澄ませているパンドラを見上げる。

「どうやら我々には悲しんでいる暇はまだ無い様だぞ……」

[……あ‶い]

「生き残りがいるなら、一刻も早く鎧武者共を殲滅しないと取り返しのつかない事になる」

「……グズッ、まだ生ぎでる人がいるなら……戦わないと!」

 そう言って涙を拭いながら立ちあがったアリスは次の瞬間、トラベラーズダイヤルとはまた別の魔宝具へと変身した。

 それはトランプのスペードを模った漆黒の短剣の様な物で、所々金色の装飾が施されている。

『この先は鎧武者達が沢山いる筈です。素手で戦うのは危険ですからこの【スペードブレイダー】を使って下さい』

「了解した」

 パンドラが手に取ると、スペードブレイダーは刃(葉)に当たる部分をV字に展開させ、中から黄色い光刃を展開した。

「ほう、面白い」

 不敵な笑みを浮かべると、パンドラは急ぎ階段を駆け上がり、城内への侵攻を開始する。

「! 何ダ貴様!」

「どこに隠レ……!」

「敵シュ……!」

「殺セェ!」

「侵入者ダ!」

 出会い頭に次々と紙の様に斬り捨てていくパンドラに、城内の鎧武者達も異変を察知し、つ次々と駆け付けてきた。

『スペードスラッシュ!』

 アリスによってスペードブレイダーの必殺が発動すると、そこからパンドラに斬りつけられた鎧武者達に巨大なスペードが刻まれ、爆散していく。

 そしてそれと同時にトランプ城から警報の鐘が鳴り響き、パンドラ達が一階に到達した時、同時に街に広がり蔓延っていた鎧武者達も続々とトランプ城へ舞い戻って来た。

「チッ、数が増えたな」

『こんなに増えると、かえって近付かれた時に危ないです。魔力を込めて振り抜いて下さい。斬撃波を飛ばして距離の開いてるうちに倒してください』

「了解」

 アリスの指示に従い、パンドラがスペードブレイダーに魔力を込めると、その光刃の輝きが強まり、振り抜くと同時に、三日月型の斬撃が鎧武者の一団を捕らえ真っ二つに切り裂く。

 だがその損害を補い、かつ余りある程にその数を増やす鎧武者軍団は、最早スペードブレイダーで対処出来る域を越えていた。

「マズイな……フォースカノンを使う」

 そう言うと、パンドラは一旦スペードブレイダーを口に咥え、両手から無尽蔵の魔力より変換したフォースエネルギーを胸部中央へチャージしようとする。だがその時、

『ま、待って下さい。お城まで壊れちゃいます!』

「なら黙って斬られろと?」

『いえ、私はまだあと二つの魔宝具形態を残しています。ここはその内の一つを使いましょう』

「何?」

 その直後、スペードブレイダー形態だったアリスは一瞬で全長数メートルを誇る、紫のクラブがあしらわれた白き巨大ハンマーへとその姿を変えた。

「剣の次はハンマーか」

『この【クラヴィティハンマー】は、【重力波動】と【反重力波動】による二種類の攻撃が出来ます』

「ほう、引力と斥力か」

『まずは反重力波動で敵を一掃しましょう!』

「よし」

 パンドラはクラヴィティハンマーを構えると、襲い来る鎧武者の軍団に向かってそれを振り抜く。

 すると、クラヴィティハンマーのヘッドから放たれた反重力波動は、連続した輪状のエネルギー波となって鎧武者の軍団に打ちつけられ、彼等を一瞬で周囲の壁や建造物に叩きつけると、その圧力で鎧を粉々に砕いてみせた。

 しかし、流石はサイボーグの軍団というべきか、後続の一団は目の前の状況になど目もくれず、次々と刀を手にパンドラへ斬りかかる。

『重力波動を使って、引きずり込みます。ハンマーを前へ!』

「了解」

 アリスの指示通り、パンドラがクラヴィティハンマーを前方に向けると、ヘッドの中央から球状の重力波動が放たれ、今度は空中で静止した。

 次の瞬間、重力波動による空中の一点へ鎧武者の軍団が吸い上げられ、巨大な鉄屑の球体を形成していく。

 更にそこから重力の中心へと鎧武者達を引きずり込み、ベキベキと音を立てながら、吸い上げた鎧武者達を圧縮して球体を小さくしていった。

 やがて大玉転がしの玉程にまで縮小した鉄屑の球体は、中心の重力波動が解かれて落下し、地面でバラバラに飛び散る。

 ところが、クラヴィティハンマーによって放たれた二回の大規模な攻撃を以ってしても、流石に鎧武者達の数をゼロにする事は出来ず、城の外と上階から次々と新たな鎧武者達が湧き出てきた。

「ええい、埒が明かん!」

『必殺を使います。発動と同時にハンマーを振り上げて叩きつけて下さい!』

「了解」

『クラヴィティインパクト!』

 アリスが必殺を発動させると同時に、パンドラはフォースウィングを展開して空中へ飛翔し、クラヴィティハンマーを振り上げる。

 すると周囲の鎧武者達を無数の重力波導の球体が包み込んだ。

 そして反対側の面から反重力波動を発しながら、その勢いも相まってパンドラはクラヴィティハンマーを思いっきり振り下ろす。

 その直後、無数の重力波導球に覆われていた鎧武者達は一斉に圧縮され、弾ける様に潰れると中から爆炎を覗かせて消滅した。

「床にクレーターが出来てしまっているが?」

『フォースカノンなら間違いなくお城ごと崩れてますよ』

「フン」

 やっとの事でその場にいた鎧武者達を殲滅する事に成功したパンドラは、クラヴィティハンマーを再びスペードブレイダーへ形態変化させると、上の階への侵攻を再開する。

 それに際し、パンドラはわざと狭いルートを選んだ。

 まだこの先にどれだけの鎧武者達が潜んでいるか分からない。

 その上で先のように広い場所で無数の敵に囲まれてしまっては、その度に殲滅に手間取り、侵攻の足が止まってしまう。

 例え多数の鎧武者に遭遇しても、攻撃ルートが大きく限られる狭所を選んだのは、その事態を避けるためであった。

 そうして遭遇した鎧武者が十人にも満たない様であれば直接斬り刻み、またそれ以上であれば斬撃波か大型波導弾で吹き飛ばし、殲滅しつつ侵攻速度を維持する。

 最上階に辿り着いたのはそれから間もなくの事だった。



《アリス編――最終部へ続く――》

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