第2部

「ン?」

 その時、パンドラは遠方から急速に近づいてくる生体反応を感じ取り、足を止めた。

 波導魔法の使い手は、自身の生命力を糧に魔法を発動するだけでなく、その生命力に密接に関わる性質上、周囲に存在する生命体の命の波動、すなわち【生体波動】を、種を問わず感じ取る事が可能である。

 生体波動は指紋と同じで、パンドラは種レベルから、一度目にすれば個体レベルまで識別する事が出来た。

「どうしたパンドラ?」

 パンドラの異変に、ゲッコー博士も足を止め振り返る。

「生体波動が七つ、こちらに近づいている。内一人は人間だな。後は馬だ」

「馬が六頭に人間が一人? 一体何だろうね?」

 パンドラの報告にゲッコー博士も不思議に思い、パンドラと同じ方向に目をやった。

 すると、頭に顔と同じ大きさのリボンをつけたブロンドヘアの少女が、そのバニーリボンを大きく揺らしながら、必死の形相で手綱を握り(というより馬に振り落とされないように踏ん張りながら)こちらへ迫って来たのである。

「と、止まってぇ~止まってクダサぁぁぁ~~いっ!」

 こちらに気付いた様子のその少女は馬に向かってそう叫ぶと、馬が速度を落とした隙に慌てた様子でそこから飛び降りた。

「キャッ! アタタ……あっ、あ……あのっ!」

「何だ」

「先程、大きな光線を放っていたのは貴方ですか?」

「そうだが、それがどうした?」

「お願いです、助けて下さい!」

「! 何だと?」

 見知らぬ少女からの突然の要請に、パンドラも戸惑いを見せる。

「見た事無い鎧を着た怖い兵隊さんが、急に現れて私を襲ってきたんです。お城の兵隊さんも殺されちゃって、仲間達が食い止めてくれてるんですけど、どこまで持つか……お願いです、助けが必要なんです。大勢の兵隊さんを相手に出来る強力な助けが!」

 バニーリボンの少女はその肘まで袖をまくった白いシャツから伸びる細い手でパンドラの両腕をガッシリと掴みながら、大量の涙をこぼし訴えた。

 標準よりやや細めに設計、製造されたパンドラよりも更に華奢な身体を震わせるその様は、あまりにも突然降りかかった恐怖をその身に刻み、目を逸らしたくなる程の悲痛な現実に直面させられた事が窺える。

 だがパンドラとゲッコー博士には、まるで彼女の身に何が起こったのか理解しきれない。

「殺された……他者によって活動を停止させられたという事か。しかし何故……」

 少女の故郷に突如として現れた異形の兵隊が、少女を狙い、城の兵士を殺したらしい事までは判明したが、一体何がどうなってそのような事態に陥ったのか、そして少女はそこから如何にして逃げ延びてこれたのか、パンドラ達には分からなかった。

「も、もう少し詳しく教えてくれないかな?」

「いやゲッコー、そんな暇は無さそうだ」

「ヒャッ!」

 恐る恐る尋ねるゲッコー博士を制止したパンドラは、後方から少女を追って来たらしい五頭の馬を目にする。

 正確にはその五頭の馬にそれぞれ跨った五人の鎧の兵士達を。

「……(妙だな、生体波動が馬からしか感知出来ない。一体何者だ?)、アレが君の故郷を襲ったとかいう奴等か?」

 本来、感知出来る筈の鎧の兵士達から、生体波動を感知出来ない事に違和感を覚えながら、パンドラは少女に確認する。

 それに対し、少女はパンドラの影に隠れながら無言でうなずいた。

「成程……パンドラ、コイツ等は【鎧武者】だ」

「鎧武者? 何だそれは」

 聞き慣れない名詞に、パンドラはゲッコーへ詳細を促す。

「ボクも文献でしか見た事は無いんだが、遥か東の国に、極めて重く堅牢な鎧に全身を包んだ異形の軍隊がいると……彼らは鍛え上げた肉体で以ってその鎧の重さをものともせず、【刀】という湾曲した剣を用いて敵を斬り伏せるそうだ」

 そう述べるゲッコー博士をよそに、鎧武者と呼ばれる者達は、馬に跨ったまま腰からその刀を抜刀し、パンドラ達を取り囲んだ。

 それと同時にパンドラが少女を庇う様に鎧武者達と対峙する。

「ソイツを大人しく引き渡してもらオウ。断ればどうなルカ、分かっていルナ?」

 鎧武者の一人が、刀の切っ先を向け、ゆっくりとパンドラに迫った。

「悪いが……全力で拒否する!」

「!」

 次の瞬間、パンドラは瞬時にフォースバリアをドーム状に展開すると、無尽蔵の魔力から変換したフォースエネルギーを一気に衝撃波として周囲一帯へ解き放ち、取り囲んでいた鎧武者達を馬ごと吹き飛ばしてみせる。

「…………!」

 鎧武者達と一緒に吹き飛ばされた馬達は即座に起き上がると、皆一目散に元いた馬小屋の方へと逃げ去っていき、その場には倒れた鎧武者達だけが残された。

 そして鎧の中から妙な音を出しながら一人、そしてまた一人と起き上がると、全員が腰の刀を抜刀し、パンドラへと斬りかかる。

 対するパンドラは、フォースウィングを展開し羽ばたかせると、左から迫ってくる一人目の懐に一瞬で踏み込み、刀を振り下ろす暇すら与えないまま、右手に作り出したフォースボールを、その胴部分に叩き込んで打ち砕いた。

「! ……グ、ガ」

「! これは……」

 更にフォースボールの勢いを止めず、そのまま鎧武者の腹に大穴を開けたパンドラは、その感触とそこから散る火花にまたも違和感を覚え、その中身に驚愕する。

「サイボーグだと!? 科学派共の仕業か!」

「! そんな、サイボーグは噂じゃまだ実験段階の筈……」

「あの、何なんですか? その……サイボーグとか、科学とか……」

 聞き慣れない言葉に、少女はゲッコー博士へその意味を尋ねる。

「科学っていうのはね、魔力を持たない人が、それを豊富に持つ魔法使いや賢者と同等かそれ以上に高度な行いを出来るように生まれた分野なんだ。ここ数年で急激に成長している新しい技術なんだよ」

 ゲッコー博士が少女の問いに答える間に、パンドラはフォースウィングを羽ばたかせて急加速し、二人の傍を通過して反対側から迫って来ていた二体目の鎧武者に対峙した。

 二体目が刀を振ると、その斬撃を左手から展開したフォースバリアで受け止め、同時に右手で生成していたフォースボールを頭部へ打ち込み、木端微塵にする。

「魔法が使えない人でも魔法使いと同じ様な事が……すごい」

「サイボーグっていうのは、機械……うーんと、科学技術のカラクリで作られた人工的な人間の事さ。だがここまで人間に近いレベルの物はまだ実現できてない筈だ」

 それまで以上に、恐れつつも興味深く鎧武者軍団を見つめるゲッコー博士の表情からも動揺は消えない。

 休む暇無くパンドラは、少女の正面から迫る三体の鎧武者達を確認すると、フォースウィングを羽ばたかせて瞬時にアリスの前へ守る様に立ち塞がり、変換したフォースエネルギーを胸部中央でチャージした後、フォースカノンを発射した。

「チッ、一体だけか……」

 三体の内、左右の二体はフォースカノンを運良く回避し、中央の三体目だけがまともに浴びて、その身をみるみるうちに溶かしていく。

「凄い、あの鎧の兵隊を一瞬で……」

 そこから接近した最後の四体目と五体目による斬撃に対し、パンドラは両手から手の平より少し大きい程度のフォースバリアを展開すると、それぞれ片手で受け止め握りしめた。

「「!」」

 更にそのまま握り潰す様にそれぞれの刀をへし折ると、折れた切っ先を掴み取り、二体の頭部へと突き刺す。

 頭部から電流を発しながら、ウゥゥゥゥゥンと低い音を鳴らし、機能を停止したのか、二体の鎧武者はその動きを止め崩れ落ちた。

「これで全機撃墜……ン?」

 鎧武者達を全て倒し、ゲッコー博士と少女の下へ戻ろうとしたその時、パンドラは遠くから何か聴き慣れない噴射音が超高速で接近しているのを耳にする。

「科学派の新兵器か?」

 音の方に目を向けたパンドラは、そのシルエットで直感的に狙いが少女であると判断すると、即座にフォースウィングを展開して一瞬で少女の下へ戻り、少女を抱き寄せフォースバリアで庇った。

 次の瞬間、噴射音の正体とパンドラのフォースバリアが一瞬接触し、パンドラに物理的な衝撃をもたらすと、今度は聴き慣れた声が空中へと遠ざかっていくのを感じ、顔を上げる。

「ゲッコー!」

 するとそこには、先程までの灰色の鎧武者達と非常によく似た漆黒の鎧武者が、身体中に配置されているらしいバーニアを吹かしながら、小脇にゲッコー博士を抱えていた。

 しかしその兜には、他の鎧武者達には見られなかった、満月と三日月型の角飾りが施されており、鼻や口元はパンドラですら一瞬、人間かと思う程である。

「……(生体波動を感じない。コイツもサイボーグか!)」

「我が名はムーンフェイス、魔法世界とその文化の根絶を目的とする我が主、ツクヨミ博士の命により、この男を拉致し、貴様を排除する」

「何だと?」

 先の鎧武者達より流暢な言葉で不穏な事を述べるムーンフェイスに、パンドラは目を軽く細めた。

「【童話世界】を蹂躙の後支配し、【童話主人公】を我らが傀儡としたのもそのため、そこの童話主人公【アリス】以外はな」

 パンドラは、ここにきて図らずも名前の判明した少女、アリスの方に一瞬目をやると、再び視線をムーンフェイスの方へと戻す。

「童話世界と童話主人公だと?」

「本来、そこのアリスを連れ帰り、洗脳を施す予定だったが、最重要目標であるこの男と貴様がいるなら話は別だ。先にコイツは頂いていくぞ」

 そう言うと、ムーンフェイスは何の機能を使ったのか、突如何もなかった筈の空間にホールを開け、その中へとゲッコー博士を抱えたまま入っていった。

「待てッ!」

「返してほしくば、童話世界を辿って我らの世界まで追いかけてくるがいい」

 すぐに奪還しようと、フォースウィングを羽ばたかせて飛翔しホールに迫ったパンドラだったが、そのギリギリの所で完全に閉じてしまい、失敗に終わる。



《アリス編――第3部へ続く――》

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