蝶々仮面のパンドラ
ギュラ ハヤト
序章
「ハァ……ハァッ……」
少女は追われていた。
緩やかな平野の真っただ中、全速力で走らせる馬の上から後ろを振り返ると、百メートル程後方に、同じく馬に跨った全身灰色の鎧武者が五人、こちらへ迫ってきている。
ブロンドヘアを風になびかせ、頭頂部の巨大なバニーリボンを揺らしながら、重厚そうな鎧に身を包んだ異形の軍隊に追われる恐怖にギリギリの所で踏ん張りつつ、少女はアテの無い逃走劇を続けていた。
「アレに捕まったら……」
少女は自身の故郷に鎧武者の軍団が現れた時の事を思い返す。
*
いつもと変わらない筈の一日の終わりにその異形の軍隊が現れたのは突然の事だった。
街の端、メインストリートの始まりに、空間に穴を開けて現れた彼らは、腰に差していた湾曲した剣を抜くと、その場にいた住民達を次々と斬り殺し、メインストリートを進軍しながら施設を次々と占拠。
そしてとうとう街の中央にある城へ攻め込んだのである。
その時、丁度城でのお茶会に招かれていた少女は、袖をまくった白いブラウスに青のスカート、茶色のブーツといった格好で、それぞれが持ち寄ったお茶に舌鼓を打っていた。
しかし、自体は風雲急を告げる事になる――
「皆様お逃げ――グアァッ!」
突如、城のトランプ兵が部屋に飛び込んで来たかと思うと、後ろから追ってきた何者かに湾曲した剣で一刀両断にされ、その場に崩れ落ちたのだ。
「うわぁぁ~!」
「きゃあぁっ!」
そこから鎧武者の集団が部屋になだれ込んだ段階になって、ようやくお茶会の出席者達は全員、自分達が未知の軍団の襲撃を受けた事を察する。
「アリスはどこダ、ココにいるのは分かってるゾ!」
「えっ?」
その未知の軍団が何のためにこの城を襲ったのか、その目的を知るのに鎧武者の言葉は充分過ぎる程だった。
「お前かアリスカ。我等が主の野望のタメ、お前にはその傀儡となってもらウ!」
「ひッ!」
「アリス逃げろ!」
お茶会仲間のウサギが鎧武者達に飛び掛り、アリスは仲間達と共に別の出入口から部屋を飛び出た。
「待てぇ!」
投げ飛ばされたウサギをギリギリで受け止めたアリスは、突然降りかかってきた恐怖から逃れるため、得意の重力魔法を使い、反重力波で仲間ごと自分を浮遊させる。
そして新たに出した反重力波を推進力として、イモ虫男、帽子屋、ネズミ婆、侯爵夫人といった面々と共に反発飛行で飛び立ち、その場から離れる事に成功した。
「この先の角を左だ!」
「はいっ!」
「そこの階段を降りろ!」
「了解です!」
「その先を真っ直ぐだ!」
「はいっ!」
「右の階段を降りるんだ!」
「分かりました!」
ウサギの指示に従い、仲間ごと城内を飛び回るアリス。しかし……
「前から来るぞ!」
反発飛行で通路を直進する最中、前方から迫る別の鎧武者の部隊と遭遇してしまった。
「こ、来ないでくださ~~いっ!」
アリスは右手を前に突き出すと、迫る鎧武者達を拒否するように反重力波を繰り出し、突き飛ばす。
「今だ。突破しろ!」
「は、はいっ!」
鎧武者達が機能停止した隙を突いてその場を切り抜ける事に成功すると、アリス達一行は城内を更に下へ下へと下っていった。そして……
「ああっ! 入り口にあんなに沢山……」
一階まで降りた一行だったが、そこには既に無数の鎧武者達が跋扈していた。
「構わねェ、このまま降りて階段の裏に回りこめ!」
「えっ? はいっ!」
階段の裏に一体何があるのか? 何も聞かされていないアリスだったが、ウサギの指示を信じて一気に階段裏へ回り込む。
「降ろしてくれ」
アリスが言うとおりに抱えていたウサギを降ろすと、ウサギは壁から何かを探すような動作をした後、その一箇所を押し込んだ。
すると、突然目の前の床が左右二つに割れ、中から地下へと続く隠し階段が現れたのである。
「こんなの初めて見ました」
「そりゃあ、本来なら行く必要も無ぇ場所だからな」
「奴らが来ますわ!」
公爵夫人の警告の直後、入り口にいた鎧武者達が一斉に湾曲した剣を抜き、取り囲んだ。
「ええいっ!」
しかしアリスは両手から反重力波を放ち、これらを壁に叩き付けて押し潰す。
「やるじゃねぇか!」
「うぅ~こんな使い方する事になるなんて……」
それまで戦いと無縁の暮らしを送ってきたアリスは、己の内にある苦い感覚を拭い去れない。
「急ぎましょう」
「あぁ」
再び鎧武者達が来ないうちに、アリス一行は現れた地下への階段を駆け下りていく。
「ここは?」
階段を降りた先のさほど広くも無いその空間の中央で、空間そのものに人が通れる程の丸い穴が開いており、その周りが更にガラスの板で覆われていた。
「ここは遥か昔に現れた【ホール】と呼ばれる物を隔離、封印してる場所だ」
「この世界でもごく一部の家系にしか伝えられてない事よ」
「ホール……」
アリスは目の前の中に向かって渦巻く穴を見つめる。
「正直、この穴ぼこの向こうに出口っぽいモンがあるって事以外は何も分かってねェ。こっから見える以外の事なんざ、おっかなくて検証すらする奴もいなかったしな」
「これどこのままここに残ってもあの軍隊にやられるだけ」
「だったら一か八か、オメェをこん中ブチ込んででも逃がすしかねェだろう」
「逃がすって……皆はどうするつもりなんですか?」
「どうするって俺たちゃ、ここで奴等を食い止めんのさ」
「そんな、危険過ぎます! 私が残った方が……」
「これしか方法がねぇんだ、早くしろ!」
「童話主人公のあなたさえ生きていれば、この世界が滅ぶ事は無いから……」
「助けだ。向こうで俺達を助けてくれる強ェ味方連れて必ず戻って来い!」
そう言うと、ウサギはアリスをホールの中へ突き飛ばす。
「ちょっ、ひゃあ~!」
ホールの中に落とされたアリスは、上下左右が分からなくなる程グルグル回転しながら向こう側の穴へと向かっていった。
「ああああああああああ~~~~あうっ!」
出口らしき穴から転がり出たそこは空中だったらしく、そのまま民家の馬小屋へと落下する。
「あたたたた……」
頭を押さえながら、アリスはヨロヨロと立ち上がった。
「お、おいアンタ大丈夫か? 一体どこから……」
「これお借りします!」
「あっ、ちょっとこらっ!」
その場に居合わせた馬主の男の制止を振り切り、馬に跨ったアリスは一目散にその場を後にする。
「泥棒~~!!」
「あ、後でお返ししますのでぇぇ~~!」
そうしてアリスが去った少し後、
「ひっ!」
同じホールから、湾曲した剣を腰に下げた灰色の鎧武者が五人、その重厚さを感じさせない身のこなしで綺麗に着地し現れた。
「そこの馬、使わせてもらうぞ」
鎧武者の一人が湾曲した剣を抜き、刃先を馬主の男に向けながらゆっくりと迫る。
「わ、分かった。分かったからどうか命だけはっ……!」
馬主の男がそう言うと、残りの四人の鎧武者達はそれぞれ別の馬の乗り込み、それを確認した最後の一人も、向けていた剣を納めて残った馬に跨った。
「よし、行けぇっ!」
最後の一人が号令をかけると、五人の鎧武者達は一斉に馬を走らせ、腰を抜かした馬主の男を一人残して去っていったのである。
*
「誰か……誰か助けて……」
迫り来る未だ逃れられない恐怖に、少女は悪い夢であって欲しいとばかりに目をつむる。
その時だった。
「!」
前方の彼方から高エネルギーの砲撃音が聞こえ、少女は前を見上げる。
距離にして一キロ程は離れていたが、小高い丘の上に、その上空から山吹色の大規模な魔粒子ビームが放たれていたのだ。
「あれは!」
あそこで何が起こっているのか定かではない。
だがあの魔粒子ビームを放ったのが何者であろうと、アレなら今も後ろから追って来ている鎧武者達を一掃出来るに違いないと少女は確信し、馬を加速させた。
第一章へ続く
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