短編集

終末禁忌金庫

第1話 鍋とビールと雪景色

○鍋とビールと雪景色


「あ」「え」「お」

 12月12日。大阪は天王寺。バカ3つが、雁首を揃えた。三者三様、間抜けな面を晒して。むろんのことであるが、事前に示し合わせたたり、連絡を取り合ったりしていた訳ではない。まったくの偶然。鉢合わせたのである。

 冬の候。3人寄らばなにができる。冬に人が集まれば、いったいなにをすればいいのか。

 雪合戦? 馬鹿を言え、大阪に雪なんて降るもんか。雪だるま作り? 人の話を聞いていなかったのか、君は。

 あとひとり。あとひとりだ。3人では、少し物足りない。もうひとり、いれば。

 冬の日。こたつ。4人。ここまでくればピンとくる諸兄もいることだろう。麻雀? やはり君は大馬鹿者のようだ。違法賭博は犯罪なんだぞ。

 そう、そう、そうだ。なべ、鍋である。英語で言おうとも、NABE。日本の誇るべき伝統文化である。難しいことを考えず、鉄製の容器に野菜と肉の類と出汁とを放り込んで、くつくつにたてる。そうすれば、ほうら、出来上がりだ。

 さて、ここで問題だ。残るひとりを誰にするのか。ああ、あいつにしようか。いや、あいつ潔癖のケがあるから、やめておこう。ならばあいつか? いや、あいつもダメだ。私はあいつの食事をしているところが嫌いなんだ。食い方が汚い。普段は、気の良いやつなんだがね。

 さあて誰にしようかしら。あいつもよそう、こいつもよそうと考えている内に、はたと気がついた。私はなんて愚か者なんだ。私は先ほどから、いったい誰に話しかけているというのだ。

 君がいるではないか。君なれば、私としては申し分ない。まあ、何度も言っていることを再三繰り返すのは、ひとつ気恥ずかしいのだが、私は大変君を気に入っているから、一緒に食事をするのは大変気分が良い。彼らからしても、君ならば、気安いことだろう。

 4人そろい踏みだ。4という数字は気持ちが良い。こたつは4辺であるし、座るにも心地が良い。仮に、五角形のこたつがあったとしても、私はそれをこたつとは認めないだろうが。

 しかるに、だれかの宅を借り上げる必要がある。ついでに調理用具一式も。ここから一番家の近いのは私ということになるが、なにぶん、台風一過のように散らかっているから、おすすめはしない。君たちが、この寒空の下、半時間以上、諸手をこすり合わせていたいというのなら、話は別だが。

 三谷か、あるいは黒澤か。ああ、君の答えは聞いていないよ。ワケを私の口から説明させる気はさすがにあるまい。

 あれこれ話す内に、三谷の家で決行することになったが、彼の家はあびこ駅にある。御堂筋線に乗り込んで、かたこと揺られ、到着すると同時に、まずは二手に分かれた。一方は三谷と黒沢で、さしもの三谷も、他人を突然自宅に上げる準備はしていなかったようで、先んじて、部屋の整理整頓をしたいと言い出し、黒沢もそれに手を貸す次第となった。残るは、君と私だが、まあ、言わずもがな、我々は食材の買出しである。

 あびこの商店街は本当に規模の小さなものだが、4人が鍋をしようと思えば、十分な買い物ができる。白菜、もやし、春菊、しめじ、ああ、しいたけも入れておこうか。嫌な顔をするんじゃない。肉は鶏と豚でいいだろう。かつて、私の知り合いに、塩鍋に対して牛肉を買ってくるなどという愚行を犯した人間がいたが、そもそも鍋に牛ということ自体がアンマッチであるように思えるが、君はどうかしら。

 ともかく、材料を買い揃えた。あとは、……。

 そういえば、大切なものを忘れていた。鍋に欠かせぬもの。ビール。日本酒という御仁も多かろうが、私は、断然ビール党である。やつらも多少量飲むであろうし、君もずいぶんな大酒飲みだから、ケース1つまるまる持って行くくらいのことはすべきかしら、あるいは、なにかしらほかの酒でごまかす手立てもある。

 などと、ビールの前で固まって考え込んでいると、君はすっとビールケースをかつ上げるものだから、私も、ちょっと頷いてみせた。

 三谷宅に着くと、既に用意は抜からず机の上に揃っていて、あとは食材を刻んで出汁と放り込むだけ良い。あとの作業は2人がやってくれるというもんで、退屈しのぎに鍋にちなんだウィットに富んだ小気味良い小噺が、君の口から飛び出してくることを期待している。ああ、なに? 噺家の真似事なら、私のほうが得意だろう、って。なにをおっしゃるウサギさん、生意気なウサギは鍋にして食うのがよろしいか。冗談だ。ま、退屈に変わりはない。先にビールでも開けていようか。

 乾杯。鍋以外に、乾き物でも買ってくればよかったか。

 とはいえ、ビールだけではあまりにも暇を持て余す。半分ほど空けたビール缶を指で弾いて、無聊をかこつ様子を見せつけ、君の目をじっと睨めつけてみせるが、君はやはりてんとした顔のまま、あくびひとつ噛み殺すものだから、私もついつい観念して、寝転がろうとして、しかし狭い室内、どんと後ろの壁に背中をぶつけて、面白くなく、ついつい口を尖らせてしまった。

 あ。ゆき。

 一瞬、白々しく君が私の名前を呼ぶものだから、何事かと耳を疑ったが、君の視線は私を捉えておらず、私の少し上、窓を見つめて逸らさない。首だけ動かしてその先を追ってみると、

 小さな、雪のひとひらが、窓越しに映った。

 なるほど、雪か。

 大阪で雪が降るなんて、珍しいもんだ。この調子だと積もることはないだろうが、少し、うきうきする。

 うきうきついでに、ひとつ思いついた。せっかくだ、君も聞いていくといい。


 ゆきげしき。ビールひとつで。けしきばむ。だれおもうかな。ゆきかうとし。


 字足らずか。ま、このくらいの雪の量じゃ、少し物足りない、ということで、一件落着といこうか。

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