透子の理由
@aida
第1話 まわり道(前)
私はただ、ぼんやりと歩いていた。
大学での講義を終えて駅に向かっていた私は、ふとアパートにそのまま帰るのをもったいなく感じたので、まわり道をすることにした。駅周辺の、騒がしい繁華街を抜けて、気の向くままに歩いていく。
私は空を見上げた。先ほどから降り始めた雨は、一向に止む気配をみせてはくれない。雨雲はやけに堂々と、あたり一面の空を占拠していた。傘でも買おうかと、ふらりと近くのコンビニに立ち寄り、ビニール傘を購入した。私はさっそくビニール傘をさして歩き出した。しかし数百メートルは歩いただろうか、思いのほか傘が重く、じゃまになったので、それを道端にぽつんと設置されていた、自動販売機の隣にあるペットボトル専用のゴミ箱に押し込んだ。ついでに自動販売機で缶コーヒーを買う。私はその場で缶コーヒーを飲み干して、空き缶を同じゴミ箱に捨てた。
これといった行き先もないまわり道であったが、不思議と私の足取りに迷いはなかった。それから、しばらくの間、雨に濡れながら歩いた。繁華街の喧騒はすでに遠く、あたりを見渡してみても人の姿はなかった。私はスマートフォンで時刻を確認する。夜の十時。街頭はあるものの、数は少なく、頼り甲斐はなかった。三日月と半月のちょうど真ん中くらいの月が雨雲から見え隠れする。空の写真でも撮ろうかとスマートフォンをかかげてみたが、やめた。写真を撮ったところで、それを見返すことは、きっとないだろうから。
「ふう、」
私は肩にかけていたバックを地面に置いて、小さく伸びをした。ずいぶんと歩いた気がする。気がするだけか。日頃、運動不足気味だった私にとって、これはいい運動になったのではないか。私はコートの中に手をもぐらせ、近ごろ気になる脇腹のあたりをつまんでみた。脂肪は相変わらずそこにあった。ちくしょう。私はバックをまた肩にかけて、もう少し歩くことにした。背中がじんわりと汗ばんでくる。私は額に浮かんだ汗を手の甲で拭った。汗ではなく雨だったかもしれない。もう三キロくらいはイッたのではないか。あ、距離ではなくて、体重の話ね。私はそんな淡い期待を抱きながら、まだ歩く。
こうして長いこと夜更けに歩いていると、私がまだ幼かったころ、よく祖母に連れられて夜の散歩にでかけたことを思い出す。母は病弱であったため、妹の出産の際には入院を要した。そうなると母なき家には仕事で日中空ける父と、私しかいなくなる。私はまだ小学校に入りたての年齢であり、とても危なっかしかったので、遠くに住んでいた母方の祖母が、出産予定日の二ヶ月ほど前から私の面倒を見にきてくれていた。父と祖母を交え、三人で夕食を終えた後、母不在の寂しさを紛らわすために、祖母は私を夜の散歩に連れていってくれた。だいたい夜の九時くらい。今となってはどうとも思わない時刻だが、当時の私にとって、真っ暗で、人っ子一人いない公園は新鮮で、少しばかりの恐怖の対象だった。ふふ。祖母がこの場にいれば、あの頃と全く一緒。夜の散歩だったのに。私は道に転がっている小石を、靴の先で小突いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます