59 行方不明1

 一週間の出張が終わった。

 今回の目玉だった、どんぐりマウスと丸太キーボードは久志の予想以上の人気で、KONNOのブースには常に人だかりが出来ていた。

 あまりの人気ぶりから、これまで取引のなかった複数の企業から、ぜひ直接話を聞かせてほしいと打診があったため、展示会終了後も各企業との打ち合わせなどで予定よりも大幅に出張期間が延びてしまったのだ。


「お疲れさまでした。これ、松本くんに渡してください」


 駅の改札を出たところで、芹澤が久志に白い紙袋を差し出した。


「これは?」

「松本くんにお土産です。出張先にあったお店限定のコーヒーゼリーです」

「――何? コーヒーゼリーなんていつ買ったんだ? そんな暇なかったはずだが」

「出発前から予約していましたので」

「は? 予約って、どういうことだ」

「ここのお店、人気があるので予約しないと買えないんですよ。今だと、だいたい二か月待ちですね」

「二か月……って、そんなに待たないと買えないものが、なぜここにあるんだ?」

「展示会の日程がわかった時点で予約しましたので」


 唖然としている久志に芹澤が平然とした調子で答えた。

 恋人である久志を差し置いて、夏樹にと大好物のコーヒーゼリーを用意するだなんて、芹澤へ久志が恨めしげな目を向ける。

 たが、コーヒーゼリーに罪はないし、夏樹もきっと喜ぶはずだ。

 夏樹のために何も用意していなかった久志は、芹澤の用意したお土産をとりあえず受け取ることにした。夏樹に渡すときに自分からだと言えば問題ない。


「わかった。それじゃあ、私から渡しておく」

「久志さん、ちゃんと芹澤からだと言ってくださいよ。まさかとは思いますが、ご自分が松本くんのために用意したなんて言われないですよね?」

「なっ……ま、まさか、そんなこと言うわけないじゃないか」

「それを聴いて安心しました。それではこれを、松本くんにくれぐれもよろしくお願いします」


 なんとも気まずい気持ちで、久志がコーヒーゼリーの入った紙袋を受け取る。


「あの……、もう解散でいいんでしょうか?」


 久志が紙袋を受け取ったのを見計らって、山下が芹澤へ声をかけた。


「ああ、すみません。そうでしたね。それではここで解散しましょうか。専務から何かありますか?」

「今回は予定よりも日程が延びてしまったが、皆の協力でなかなか良い結果が出せた。お疲れさま、これからもよろしく」


 久志の言葉に各々が「お疲れさまです」と挨拶を返し、その場は解散となった。


「芳美、お疲れさま。やっと二人の時間だ――おいで」


 両手を大きく広げた野添が芹澤へ向けてにっこりと微笑みかける。


「さて、色々と買いすぎて荷物が増えてしまいましたね。こんなことになるなら宅配で送ればよかった」


 思った以上に荷物が増えてしまったことに芹澤はため息をつき、携帯を取り出しながら、両手を広げて待っている野添の横を通りすぎた。


「芳美? 照れているのかい? ああ、そうか。早く二人きりになりたいんだね――待って、そんなに急いで……芳美は本当に照れ屋さんなんだから」

「あ、山路くん? 悪いんですけど、手伝ってもらえませんか?」

「またそうやって……俺の嫉妬心を煽っているんだね」

「思ったより荷物が増えてしまったんですよ。車で来てもらえると助かります」

「その冷たい横顔も素敵だ」


 芹澤のすぐ側にぴったりとくっついている野添を、携帯を耳に当てたままの芹澤が横目でチラリと見た。


「うん? 何?」

「――うるさい虫が纏わりついて鬱陶しいので急いでください」


 芹澤はそう言い捨てると携帯をポケットにしまい、早足で駅の出口へと向かった。


「芳美、ちょっと待って。俺の声が聞こえないのかい? 芳美!」


 ほとんど手ぶらの野添よりも芹澤の足の方が数段速い。

 話の噛み合わない二人連れの姿は、あっという間に見えなくなった。


「君たちも疲れただろう。今日はゆっくり休むように」


 久志が山下ともう一人の営業課の社員に声をかけると、二人はありがとうございますと頭を下げた。


「専務もゆっくり、されてください」

「そうさせてもらうよ」


 久志の意識は、すでに自宅で待っている夏樹のもとへと移っている。

 挨拶もそこそこに、久志がタクシー乗り場へと向かう。


「さて、僕も帰らないと。あんまり待たせちゃ可哀想だし」

「あれ? 山下、彼女いたの?」


 同僚からの問いかけに、山下はただ笑って答えた。

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